• HOME
  • 八ヶ岳西麓が育む個性豊かなワインを求めて

八ヶ岳西麓が育む個性豊かなワインを求めて

長野県の茅野市、富士見町、原村の3市町村は「八ヶ岳西麓ワインバレー」を形成し、標高900〜1200mの冷涼な高原が新たなワイン産地となりつつあります。ここでワインづくりに取り組む双子の姉妹を訪ね、この地を満喫するスポットをめぐりました。
01

八ヶ岳西麓にワイン用ブドウが根づくまで

02

八ヶ岳は長野県と山梨県をまたいで南北にそびえ、標高2899mの赤岳を最高峰とし、北の蓼科山から南の編笠岳まで約21kmにわたって2000m級の山々が連なります。特定の8つの山ではなく「たくさんの山」という意味でその名があるといいます。

西麓にはなだらかな火山麓扇状地が広がり、山からの川がいくつも流れ、富士見町を分水界にして、宮川に集めた水は諏訪湖へ流れ込み、立場川は東へ向かって流れ出ます。火山体は水が浸み込みやすく、多くは地下水となり、古来、耕作に必要な水に恵まれる地域は限られていました。

03
原村「キフタトワインズ」のぶどう畑にて。東に八ヶ岳、南に南アルプスを望む豊かな自然環境に恵まれている

太古に起きた火山の噴火は溶岩流をもたらして良質な黒曜石を生み、縄文時代には黒曜石の一大産地が形成され、多くの集落が置かれました。今も旧石器時代から縄文時代にかけての遺跡が数多く残り、「縄文のビーナス」や「仮面の女神」と呼ばれる土偶も出土して、長年にわたって豊かな縄文文化が花ひらいたことを伝えています。

今の茅野市、富士見町、原村あたりは「山浦地方」と呼ばれますが、中世には荒野が広がり、「神野(こうや)」あるいは「原山」とも呼ばれる諏訪神社の御狩場で、神聖な地として人が住むことを禁じられました。

近世には高島藩によって新田開発が行われたものの、水不足は深刻で稲作に向かず、畑作が主。坂本養川(ようせん)が尽力して山浦地方のあちこちに「堰(せぎ)」と呼ばれる水路が作られます。さらに近代以降、地下水の開発やため池の造成など、かんがい事業が進みました。

04
キフタトワインズでは八ヶ岳西麓の地に合う品種を試しながらシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・グリなど10種ほどが植えられている

標高900〜1200mの高原地帯は、年間を通して降水量が少なく、夏はカラリとして涼しく、冬は雪が少ないものの寒さは厳しい。こうした冷涼な気候を生かして、戦後にレタスや白菜、キャベツやセロリなど高原野菜の栽培が大きく発展し、カーネーションなどの花栽培も盛んになりました。

そして近年、注目を集めるのがワインです。数年前までは涼しすぎてワイン用ブドウの栽培には不向きとされましたが、温暖化の影響もあって、冷涼な気候に合う品種が栽培されるようになり、長野県の中でもっとも新しい産地が生まれつつあります。

2020年には原村がワイン特区の認定を受け、翌年には茅野市と富士見町を加えた八ヶ岳西麓ワイン特区に広がり、「八ヶ岳西麓ワインバレー」が形成されました。2022年からワイナリーの建設が続き、2024年には原村に5軒目のワイナリーが竣工しています。

双子姉妹の個性が光るキフタトワインズ

05

原村の「キフタトワインズ」は、八ヶ岳西麓ワインバレー5軒目のワイナリーとして2024年に竣工しました。キフタトは、父の日達俊幸さん、母の貴子さん、双子の姉妹・桐子さんと楓子さんの名前の頭文字から名づけられました。醸造を担うのは姉の桐子さん、1998年生まれの若き醸造家です。

俊幸さんと貴子さん夫妻が営む「原山農園」は、ほうれん草栽培の傍ら、2015年からワイン用ブドウの栽培にも取り組みはじめました。桐子さんは大学でのインターン先にワイナリーを選び、「ワインづくりは面白い」と感じるようになったといいます。

大学卒業後は山梨県のワイナリーに週2〜3日勤務しながら家業を手伝い、その傍ら1年をかけて山梨大学ワイン科学研究センターのワイン・フロンティアリーダー養成プログラムに通い、ワインづくりに関わるあらゆる知識や技術を身につけました。

06
姉の桐子さん。標高1015mの畑にて。「原村は夜温がかなり下がり、8月でも平均18.9℃くらい。だからブドウの実は酸を残したまま熟成が進みます」

一方の楓子さんは、高校生の頃からバンド活動に打ち込み、卒業後はアルバイトをしながら好きなことをする道を選びました。ほどなくバンドは解散し、もともと絵を描くことやものづくりが好きだったこともあり、「geek zombie(ギークゾンビ)」のアーティスト名で創作活動をはじめました。

当初は家業を手伝いながら作品づくりをしていましたが、独特の世界観をあらわしたイラストやフィギュアはSNSやイベントで人気を集め、各地で定期的に個展や作品展を開催するようになりました。「両親が元気なうちはいいけど、姉ひとりでは限界があり、いずれ自分も農業をやる日が必ず来る。だから今はやりたいことをやろう」、そう考えて今は創作活動に専念しています。

07
委託醸造のファーストヴィンテージ2020から楓子さんが手がけてきたワインエチケットが、ブドウ畑の作業小屋に飾られている

原山農園では2019年にブドウの初収穫を迎え、高山村のマザーバインズに醸造を委託。その後も中川村の南向(みなかた)醸造東御市のカーブハタノなどへ委託醸造を重ねながら、2024年9月にいよいよ自社ワイナリーが完成し、桐子さんは研修先のニュージーランドから帰国後、初醸造に挑みました。

目指すのは、旨みがあって身体に染み込むようなワイン。そのために不要なものは添加せず、かといって雑菌で汚さず、そして磨きすぎないことを心がけたと桐子さんは言います。そのワインは2025年にリリースをむかえ、そして間もなく2回目となる醸造がはじまります。

08
右奥のドレッドヘアの女の子のイラストは「RED D RED(カベルネ・フラン2023)」のエチケット。ベリー系の香りに、ほんのりスパイシーな味わいが、描かれたファンキーな女の子と重なる

ワインエチケットを手がけるのは楓子さんです。ギークゾンビの作風は押さえつつ、自分なりの解釈でワインの特徴やその背景をあらわしたというエチケットは独創的です。

インパクト強めの絵に販売店から苦言を呈されることもあるそうですが、かつて自分が選んだ中古CDのように「ジャケ買いするワインがあってもいい」と楓子さんは言います。おかげで若い人の集まるイベントや首都圏の飲食店では好評を博しています。

09

桐子さんは子どもの頃から自然や農業が好きで、畑仕事の合間に八ヶ岳を見上げては「いいなあ」と感じ入る。楓子さんはアトリエに閉じこもって創作に没頭し、インスピレーションの元となる悪夢を求めて怪談を聞きながら寝入る。

光と影ほど対照的なふたりですが、自分たちの生まれ育った土地への愛着は同じ。涼しく過ごしやすい気候と、豊かな自然環境が気に入っています。

桐子さんは豊かな自然と対峙してワインづくり、楓子さんは果てしない想像の世界と対峙して作品づくり、それぞれに打ち込みながら、桐子さんによる堅実な造りでクリアに仕上げたワインは、楓子さんが手がける個性的なエチケットに包まれて、これからも多くの人を魅了していくでしょう。

KIFUTATO WINES(キフタトワインズ)

https://kifutato.stores.jp/
住所|諏訪郡原村払沢12642-1
備考|ワイナリー訪問不可、直販はオンラインショップのみ

10

八ヶ岳西麓ワインバレーのワインを買うなら

11

八ヶ岳西麓ワインバレーには現在、キフタトワインズのほかに茅野市のオレイユ・ド・シャ、原村の八ヶ岳はらむらワイナリーと水掛醸造所、みね乃蔵、合わせて5軒のワイナリーがあります。

これらのワインがそろうのが「たてしな自由農園」です。茅野市と原村に直売所があり、地元の農家300余名が手塩にかけたみずみずしい野菜や果物が季節ごとに並びます。

農産物以外にも長野県内の特産品をさまざま集め、お酒のコーナーにはキフタトワインズを含めた八ヶ岳西麓ワインバレーのほか、塩尻市や東御市などのワインが豊富にそろいます。

12

たてしな自由農園には、八ヶ岳西麓ワインバレーの各ワイナリーのワインがそろう

13

808 Kitchen & Tableのデリコーナーでは、八ヶ岳西麓で作られるチーズやハム、レバーパテなどが並ぶ

農産物直売所の建物と隣り合って「808 Kitchen & Table」があり、カフェレストランでは直売所で取り扱う野菜や果物を使ったメニューが提供されています。テイクアウトコーナーでは地元牧場の牛乳を使ったソフトクリームやフレッシュジュースを買うことができます。

焼きたてのパンが香るベーカリーにはセレクトショップが併設し、チーズやハム、ソーセージがそろい、ワインコーナーには、こちらにも八ヶ岳西麓ワインバレーのワインが置かれ、キフタトワインズのワインも並んでいました。

たてしな自由農園 原村店

https://www.tateshinafree.co.jp/
住所|諏訪郡原村上里18101-1
連絡先|0266-74-1740
営業時間|9時〜17時30分(冬季は9時30分〜17時30分)
定休日|5〜12月は無休、1〜4月は水曜

14

808 Kitchen & Table

https://www.tateshinafree.co.jp/808kitchen/
住所|諏訪郡原村18113-1
連絡先|0266-70-2055
営業時間|10時〜17時30分(17時LO)
定休日|水曜(季節によって変動あり)

15

八ヶ岳を眺めながらテロワールを味わう

16

せっかくなら八ヶ岳を眺めながらテロワールを感じたい。そこで向かったのは「八ヶ岳自然文化園」です。近くには「八ヶ岳美術館」や「小さな絵本美術館」があります。

八ヶ岳西麓にはアートやクラフト関連のギャラリーが数多く点在し、豊かな自然と静かな環境を好んでアトリエやスタジオをかまえるアーティストやミュージシャンが多いといいます。

17
八ヶ岳自然文化園にあるため池「まるやち湖」に映る南八ヶ岳。夏沢峠を境にして北八ヶ岳と南八ヶ岳に分けられ、主峰の赤岳(写真では左寄りの高い山)を含む南八ヶ岳は険しい岩稜が特徴

八ヶ岳自然文化園には、八ヶ岳を映すため池があり、芝生の広場が広がり、遊歩道がめぐらされています。パターゴルフやゴーカートが楽しめ、プラネタリウムを上映する自然観察科学館やドッグランもあります。

園内にある「デリ&カフェ K」では、地域の野菜や食材を中心とした料理が楽しめ、自家焙煎コーヒーや地元農園のジュースなどのソフトドリンク、クラフトビールが種類豊富で、さらに八ヶ岳西麓ワインバレーほか長野県内各地のワインがボトルでそろいます。

料理やドリンクはテイクアウト可能なので、店外のウッドデッキや芝生の広場で八ヶ岳を眺めながら食事を楽しむことができます。

店内も居心地が良く、閲覧自由のたくさんの本が置かれ、学生たちが集っているのが印象的でした。そして併設のショップには地元産の魅力的なみやげものがたくさんそろっていました。

八ヶ岳自然文化園

https://www.yatsugatake-ncp.com/
住所|諏訪郡原村原山17217-1

18

デリ&カフェ K(八ヶ岳自然文化園内)

https://k-haramura.com/
営業時間|平日・日曜・祝日10時〜18時、金曜・土曜・祝前日10時〜21時(いずれもフードは閉店1時間前LO、ドリンクは30分前LO)
定休日|火曜(変動あり、インスタを要確認

19

電車を待ちつつ八ヶ岳西麓のワインを知る

20

最後に立ち寄ったのは、JR茅野駅の駅ビル2階にある「モン蓼科」。駅改札口のすぐそばにあり、信州銘菓や地酒、漬物や味噌、ジャムやはちみつなど、八ヶ岳西麓のおいしいものが集まります。もちろん八ヶ岳西麓ワインバレーのワインもそろいます。

店頭には、ワインを立ち飲みできる可動式屋台「WINE BAR(ワインバー)」ができていました。屋台に備えた呼び鈴のボタンを押すと、店長の﨑山達也さんが現れ、応対してくれました。

21
JR茅野駅には、1時間に上下線1本ずつ特急あずさが停車する。そのたび、おみやげを買い求める人でにぎわう

ワインバーでは日替わりでグラスワインを用意し、小さめのテイスティンググラスで300円から、レギュラーサイズのグラスで600円からと、とてもリーズナブルです。

この日、メニューに並んでいたのは八ヶ岳西麓ワインバレーのワインが4種と、ボルドーの赤ワインとブルゴーニュの白ワイン。「銘醸地との飲み比べをしてほしくて、このラインナップにしています」と﨑山さんは言います。

22
左から下諏訪町・岩井堂酒店のiwai.wines「シモスワシードル with マルメロ」、茅野市うまやど「ロゼワイン」(以上は委託醸造)、オレイユ・ド・シャ「シャルドネ」、八ヶ岳はらむらワイナリー「夢見るワイン メルロー」

「ブドウは水を求めて根っこが下へと伸びてミネラルを吸い上げるので、樹齢が上がれば、もっと味わいが増します。八ヶ岳西麓のワインは、まだ樹齢3〜4年ほどで、これだけ奥深い。10年、20年経てばもっとおいしくなって、ブルゴーニュやボルドーに並ぶ可能性を秘めています」

テイスティングしたオレイユ・ド・シャのシャルドネと、八ヶ岳はらむらワイナリーのメルローは、どちらもふんわりとした樽香と果実系の香りがし、高冷地ならではの酸味が効いて、若々しくも力強い味わいでした。

グラスを傾けるごとに、今日1日出会った人や眺めた風景、陽射しのまぶしさや風の心地良さが思い起こされ、八ヶ岳西麓のテロワールに感じ入るのでした。

モン蓼科

https://montate.jp/
住所|茅野市ちの3506 モンエイトビル2階
連絡先|0266-72-9100
営業時間|9時〜18時
定休日|なし(元日のみ)

23


構成:フィールドデザイン 取材・文:塚田 結子(編集室いとぐち) 撮影:荒井 康太

 

閲覧に基づくおすすめ記事

MENU