
松川渓谷の雷滝でミストを浴びてデトックス

長野県の高山村まで、上信越道の須坂長野東ICから車で20分ほど。「星とワインと湯」を謳うこの村は、美しい自然環境と、地元のブドウで醸すワイン、そして松川渓谷に点在する温泉が自慢です。
訪れたのは残暑の厳しい8月。まずは涼を求めて「松川渓谷」へ。松川は群馬県との県境に端を発し、渓谷を刻みながら高山村を西へと横断し、小布施町や須坂市も位置する扇状地を形成して千曲川へと流れ込みます。

秋には紅葉の名所としてにぎわうこの渓谷も、今は万緑におおわれています。緑のトンネルが続く道を進み、山田温泉を過ぎて、山田牧場へ至る途中に「雷滝」があります。
雷のような鳴動からその名があり、滝を裏側から見ることができるので、別名「裏見の滝」といいます。滝の背後の岩壁をうがつ通路を通り、滝壺近くまで下り、落差約30mの滝を見上げれば、その威容に圧倒されます。

周囲の緑とは対照的に、水の打ちつける岩肌は赤く変色しています。松川の上流には硫黄鉱山跡があり、流れ出る硫化鉄の影響で川の水は酸性を示し、生活用水や農業用水には向きません。しかも高山村一帯の地下水位は低く、降雨量は少なく、昔から水の確保に悩まされてきました。
古くは中世以前に堰(せぎ、用水路のこと)を開削し、鉱毒に侵されていない沢の水を引いてきました。村に広がる田畑が先人たちの苦労の末にあることを知れば、美しい村の景色がかけがえのないものに思えます。
一方で松川沿いには8つの源泉が湧き、いくつもの温泉宿を擁しています。そして松川のもたらす酸性土壌が小布施の栗を育てることを思えば、魚の棲めない川もまた自然の恵みそのものです。

水煙を浴び、轟音に包まれながら、しばし滝の横に佇めば、身も心もデトックスしたようなすっきりした気分になりました。
駐車場に戻ると、電動アシスト自転車に乗る人に出くわしました。高山村観光協会が貸し出すe-バイクなら、ここまで気軽に上ってくることができるのかと、うれしい発見となりました。
雷滝(かみなりだき)
住所|上高井郡高山村奥山田3681-302
備考|11月下旬~5月上旬は冬期閉鎖、駐車場6台あり

ワイナリーのぶどう畑でファームステイ

松川渓谷を下って向かったのは「カンティーナ・リエゾー」。湯本康之さんと理絵さん夫妻が営むワイナリーです。2007年からワイン用ブドウの栽培をはじめ、今では村内7軒あるうちの最初のワイナリーとして2015年に開設されました。
ワイナリーのすぐ横に広がる畑では、ブドウの実が徐々に色づくヴェレゾンがはじまっていました。黒ブドウの実が熟しはじめると、実ごとランダムに色が変わり、やがて房全体が色づいていくのです。ブドウのことやこの地のことをお聞きしながら、畑を案内していただきました。

西向きの傾斜地は日当たりが良く、砂礫質の土壌は水はけが良い。しかも年間の降雨量は少なく、平均気温は冷涼で、昼夜の寒暖差が大きい。こうした自然条件が良質なブドウを育むのだといいます。
地下の水脈を求めてブドウは深く根を張り、土壌成分をたっぷり吸い上げます。こうした畑に由来するブドウの個性を生かすため、湯本さんは除草剤を用いません。代わりに手入れを怠らず、畑は美しく整えられています。
健全なブドウが実る畑は、人にとっても心地良く、畑を歩けばすがすがしい気持ちで満たされます。眼下の眺望がまた素晴らしく、この日は善光寺平の向こうに北信地域の山並みと、遠くうっすら北アルプスも見えました。

「自分たちのワインが生まれるこの地を訪れてもらいたい」と、湯本さんはワイナリーに併設したラウンジを設けました。ここでワインの購入や試飲ができ、ときにはワイン会が催されます。
湯本さんがワイン修業のために訪れたフランスやイタリアのワイン産地では、農家が気取らず訪問客を迎え入れ、ともに農作業をしたり、食事を楽しんだり、農村ならではの体験を提供していました。
「そんなことができたらいいなと思い、有料予約制ですが、畑とワイナリーをご案内し、最後はワインのテイスティングを楽しんでいただけるようにしました。ワイナリーができてから10年で、ようやく実現しました」
この日は特別に理絵さん特製のランチボックスを用意していただき、ワインとともに味わいました。畑やワイナリーを直に見てからいただくワインはひときわおいしく感じられました。

Cantina Riezo(カンティーナ・リエゾー)
https://cantinariezo.jp/
住所|上高井郡高山村高井4217
連絡先|info@cantinariezo.jp
備考|来店・見学は要予約

北信五岳を眺めながらいただくワイン

高山村では、その自然環境に着目したメルシャンから委託された佐藤宗一さん(後出)が1980年代に竜眼の栽培をはじめ、1990年代から小布施ワイナリーも加わって垣根仕立てのシャルドネ栽培をはじめています。
2006年には「高山村ワインぶどう研究会」が設立され、村を挙げてワイン用ぶどう栽培に取り組みはじめました。2014年から県営事業として黒部地区の遊休農地が開墾され、7ヘクタールものぶどう畑が整備されました。

そして、この広大なぶどう畑に囲まれて、2015年に設立されたのが「信州たかやまワイナリー」です。13人のぶどう農家が出資して「自分たちの育てたブドウでワインをつくりたい」という思いを実現させたのです。
カンティーナ・リエゾーから歩けば15分の道のりですが、標高は60mほど上がり、眼下の景色はさらに広がって「北信五岳(ほくしんごがく)」が見渡せます。

北信地域にそびえる飯綱山、戸隠山、黒姫山、妙高山、斑尾山(まだらおやま)を指して北信五岳と呼びますが、高山村から見ると戸隠山は飯綱山の後ろに隠れ、代わりに高妻山がよく見えます。
せっかくならと、この景色を見ながらワインの試飲をすることにしました。信州たかやまワイナリーでは、説明を受けながらワインの試飲ができる「ワイン・メーカーズ・サジェスチョン」を行なっているのです。

グラスワイン2種で500円(今日は特別に外のテーブルにボトルを並べましたが、本来は室内で選びます)。醸造責任者の鷹野永一さんのお話を聞きながらいただくワインは格別でした。
「豊かなワイン文化に見守られ、育まれたぶどう畑のワインは、必ずおいしさを増す」という鷹野さんの言葉に、この地を訪れる人もまたワインの味に関与できるのだと思えて、高山村のワインがより身近に感じられました。
信州たかやまワイナリー
https://www.shinshu-takayama.wine/
住所|上高井郡高山村高井裏原7926
連絡先|026-214-8726、info@shinshu-takayama.wine
営業時間|9時〜16時
定休日|年末年始、臨時休業あり

温泉宿で楽しむ和食とワインのマリアージュ

本日の宿は蕨温泉の旅館「わらび野」。松川渓谷沿いに8つある温泉のうち、蕨温泉は渓谷の入口にあたり、わらび野は田んぼに囲まれた鄙びた風情の一軒宿です。
お風呂は3つあり、木の風呂、岩の風呂、展望露天風呂と、それぞれ異なる趣向を楽しめます。また旅館に併設して村営の共同浴場「ふれあいの湯」があり、外湯として利用することができます。

何よりの楽しみは、地元の食材を生かした料理と、それに合わせる高山村のワイン。ワインリストにはレーヴドヴァンと信州たかやまワイナリーのワインがそろい、グラスでも提供しています。
この日の夕食は、とうもろこし豆富を先付にして、前菜にはミニトマトのマリネや鴨肉スライスなどが盛り込まれ、お造りには信州サーモンとシナノユキマスに湯葉が添えられました。
先付やお造りに合わせて選んだワインは、信州たかやまワイナリーのソーヴィニヨン・ブラン。前菜にも合うだろうと思いきや、生麩田楽や穴子寿司にはレーヴドヴァンのメルローがよく合いました。

レーヴドヴァンは、高山村でワイン用ブドウを栽培する春日薫さんが、カンティーナ・リエゾーに委託醸造するワイン。春日さんは高山村の自然環境に惚れ込んで、商社マンから栽培家へと転身したそうです。
料理は煮物や焼き物、揚げ物へと続き、オクラや冬瓜ほか信州野菜の炊き合わせ、福味鶏と野菜のネギ味噌焼き、甘唐辛子やモロッコインゲンほか季節の天ぷらなどなど、赤白のワインを行ったり来たりしながら、デザートのわらび餅までゆっくり楽しみました。
それにしてもワインと料理のよく合うこと。高山村の食材を生かした料理と、高山村でつくられたワインは、魚には白、肉には赤というセオリーを飛び越えて、豊かなマリアージュを届けてくれました。

食後は、木の風呂へ。入口の札を返して入浴中とすれば、時間制の貸切に。気兼ねなくのんびり湯に浸かることができます。内湯の奥には露天風呂があり、見上げた夜空には白鳥座の十文字が輝いていました。まさに「星とワインと湯」を堪能する夜となりました。
旅館わらび野
https://ryokan-warabino.com/
住所|上高井郡高山村奥山田1320
連絡先|026-242-2901

テロワールをあらわす生ハム、そして小布施へ

翌朝、宿の目の前にある農産物直売所に行ってみると、周辺農家の方が届ける朝採れの野菜や果物が並んでいました。宿の周囲には田んぼが広がり、青々とした稲が風に揺れています。
支配人の中田さんいわく「宿のお米は近くの田んぼで育つ自家米です」。朝ごはんもおいしかったなあと余韻を味わいつつ、宿を後にしてハム工房豚家「TONYA」へ向かいます。

TONYAを営む佐藤明夫さんは、シャトー・メルシャンに「キュヴェ・アキオ」を冠するシャルドネとピノ・ノワールの銘柄があるほど、ワイン用ブドウの栽培家として名の知られた人です。
明夫さんの父、宗一さんはいち早くメルシャンとの契約畑を手がけた人。高山村ではワイン用ブドウ栽培の第一人者でした。宗一さん亡き後はその畑も受け継いで、明夫さんはメルシャンほか小布施ワイナリーや、栃木県のココファーム用のブドウを栽培しています。
そして明夫さんが農閑期に取り組むのが生ハム作りです。みゆきポーク、信州オレイン豚、幻豚(げんとん)、いずれも長野県産の豚の後脚モモ肉を使って仕込むのは、スペイン仕込みのハモン・セラーノです。

「血抜きした肉を塩漬けし、塩を落としてから乾燥・熟成します。乾燥の過程でいろんなカビ菌が寄ってきて、肉の中の乳酸菌も働いて、複雑なフレーバーを醸し出してくれるんです」
そして「いい菌は森の中にいる」と明夫さん。TONYAのある福井地区は高山村の中でも奥まった集落で、周囲を森に囲まれています。「自然の菌を利用するのがハモン・セラーノの面白さで、それは自然派ワインに通じるところがある。どちらもテロワールを表現できるものです」

味見をさせてもらった生ハムは、塩分は驚くほど控えめで、口の中で溶け出す脂がやわらかな甘みをもたらし、噛むほどに芳醇な香りと強い旨みを感じました。自分へのおみやげに買った生ハムは、昨日買い込んだワインによく合うはずです。
帰路は上信越道の小布施スマートICへ。その前に立ち寄った小布施の町は、松川の扇状地の扇端に位置する栗の町。松川渓谷の赤茶けた河床が思い浮かびます。ウェルネスを求めた旅は、この地のテロワールを知る旅にもなったのでした。

ハム工房豚家「TONYA」(トンヤ)
住所|上高井郡高山村牧上福井2502-7
連絡先|090-2209-8397
営業時間|9時30分〜16時30分
定休日|月・火曜、不定休あり

構成:フィールドデザイン 取材・文:塚田 結子 撮影:岡本 浩太郎
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