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最高の水を求めて松川村へ。山の神に見守られる「甍酒蔵」の酒造り

安曇野は、西にそびえる北アルプスの山並みと、清らかな水が潤す田園風景が広がります。安曇野の北部にあたる松川村に、新しい酒蔵ができました。最高の水を得てはじまった酒造りの話を聞き、絵本の美術館と道の駅を訪ねました。

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北アルプスの水と酒米の里 松川村

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取材日は8月10日。稲の出穂が進み、田んぼによっては黄金色に色づきつつあった

松川村は長野県の北西部に位置し、西側の背後に北アルプスの山並みを擁し、東端を高瀬川が流れます。西にそびえる有明山は村のシンボルで、山頂付近を源流とする芦間川が東へと流れ、なだらかな神戸原(ごうどはら)扇状地をかたちづくっています。

標高3000m級の北アルプス連峰に降った雨や雪は、20年もの長い年月をかけて涵養され、安曇野には諏訪湖の300倍ともいわれる膨大な量の地下水が蓄えられています。

これに目をつけたサントリーは、大町市の松川村境の近くに天然水の北アルプス工場をかまえました。良質な地下水を求めて全国60か所以上におよぶ徹底的な水質調査を行ったうえでの選地でした(水源涵養に取り組む企業の姿を取材した記事は、こちらからどうぞ)。

同社が発表する採水地ごとの硬度は、北アルプスが約10mg/L、奥大山が約20、南アルプスが約30、阿蘇が約80。WHO(世界保健機関)の基準では、硬度0〜60mg/L未満を「軟水」、60〜120未満を「中程度の軟水」、 120〜180未満を「硬水」、180以上は「非常な硬水」としています。

北アルプスの地下水は、一般的な軟水よりもさらに硬度の低い「超軟水」であることがわかります。

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田んぼの広がる松川村の風景(写真は甍酒蔵プレスリリースより)

水の豊かな松川村はお米作りが盛んで、なかでも酒米は長野県一の生産量を誇ります。昼夜の寒暖差の大きい内陸性気候のもとで、稲は日中につくり出した栄養や旨みを、夜間に消耗することなくたっぷり蓄えます。またアルプスおろしが湿気を吹き払い、病虫害の発生をおさえます。

こうした条件のもと、篤農家の手によって特別栽培あるいは有機栽培による良質な酒米が作られています。しかし村内には酒蔵がないため、酒米は長らく村外へ送られてきました。

そんな松川村に2024年、待望の酒蔵が誕生しました。その名は「甍(いらか)酒蔵」。甍とは、瓦屋根の棟であり、「日本の屋根」と謳われる北アルプスの尾根を指しています。

酒造りの原点をつないでいく

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甍酒蔵の杜氏を務めるのは田中勝巳さんです。田中さんは松本市の酒蔵に生まれ、蔵元の次男として専務取締役そして醸造責任者を務めていました。2020年夏に蔵を刷新して磐石の製造体制を築くと、その胸には新たな酒造りへの思いが芽生えていました。

「昔の実家の写真を見ると蔵のまわりは田んぼだらけでした。まわりから集まるお米を使ってお酒を造る。それが当たり前の環境だったんです」。いつしか田んぼは道路や住宅に変わり、お米はよそから運んでくるものになりました。しかし田んぼに囲まれた蔵のある風景が、田中さんにとって酒造りの原点でした。

「最高に水のいいところに蔵をかまえ、周囲の田んぼで採れるお米を使ってお酒を造る」。そんな自分の理想とする酒造りを「蔵を買ってでも実現したい」と考えるようになっていたのです。

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日本酒製造免許は、規制緩和の検討がはじまったものの、原則として新規発行は認められていません。新たに日本酒を造る場合、廃業した酒蔵を免許ごと買い取るか、あるいは輸出用に限定した免許を取得する必要があるのです。

そんなときに「山清(さんせい)酒造」の事業再生に取り組む佐藤圭祐さんと出会います。山清酒造は1665年創業という古い歴史をもち、長野県の筑北村で350年以上にわたって酒造りをしてきました。その長い歴史をどう引き継ぐべきか、佐藤さんは田中さんに相談を寄せたのです。

田中さんは「大切なのは本来の酒造りをつなぐことであって、その地に固執することではない」と考え、自身の目指す酒造りを佐藤さんと共有します。そしてふたりは山清酒造の事業継承をして「甍酒蔵」を立ち上げ、佐藤さんが代表取締役に、田中さんが杜氏に就任しました。

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甍酒蔵の入り口は山清酒造の蔵の扉を再利用している。左に置かれた鬼瓦もいずれ活用する予定

新たな酒造りの地を松川村に定めたのは、知人から「安曇野に特別に水のいい場所がある」と紹介されたことがきっかけでした。村が掘削していた井戸から汲み上げた水は、前述のとおりの超軟水。さらに村で採れる酒米が良質なことは30年ほど前から知っていました。

とびきりの良い水と良いお米がそろうこの地に思いを定め、2024年に新たな酒造りがはじまりました。

松川村の水と米を生かした酒造り

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「軟水は、お茶を淹れても、だしを引いても、そのものの味がぐっと引き出されます。お酒も同じで、軟水はお米のいいところをしっかり引き出してくれます」と田中さん。

かつて軟水は酒造りに不向きとされていました。酵母の栄養源となるミネラルが少ないため、発酵の進みが遅く、途中で発酵が止まってしまうこともあったのです。しかし明治時代に軟水に適した醸造法が確立され、吟醸造りの礎ともなりました。

「酒造りは、麹がお米のデンプンを糖に変え、酵母が糖を食べてアルコールに変える、いわゆる並行複発酵ですが、我々の仕込みはさらに、水がお米のミネラルを抽出して酵母の働きを助ける、いわば三重奏です。我々の超軟水では、とてもよく発酵しますよ」

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仕込みタンクは600kg用と800kg用のみ(写真は甍酒蔵ホームページより)

お米は、村内の4軒の契約農家から仕入れています。「もともと、ひとごこちと金紋錦をお願いしていましたが、今年は山恵錦と信交酒557号を育ててもらっています。2026年の仕込みから切り替えます」。 近年は松川村の山恵錦が出色の出来なのだとか。

「扇状地はもともといいお米のできるところですが、このあたりは砂壌土で水はけが良い。山からの冷たい水を絶えず田んぼに入れられるので、余分な肥料は抜けやすい。おかげで筋肉質な、とてもいいお米ができるんです」

組織の引き締まったお米は割れにくく、ベタつかずに粒立ち良く蒸し上がります。しかも激しい寒暖差のおかげでお米には旨みや甘みがしっかりと凝縮されています。

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「麹」のサインは桜、麹室の天井・壁・床には秋田杉を張りめぐらせてある

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「麹」のサインは桜、麹室の天井・壁・床には秋田杉を張りめぐらせてある

「仕込みをするのは3月まで。新米の香りがする間に仕込みを終えます」。当然ながら仕込む量は限られますが「いかに質を高めるか」を追求し、それに合わせて設備を整えています。

甑(こしき)はあえて大きめにして、お米は少量ずつムラなく蒸し上げ、一方で仕込みタンクは小さめで600kg用と800kg用のみ。ポンプを使わないグラヴィティ・フローでお酒に負荷をかけず、水温や室温もきめ細かく管理しています。

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蔵初仕込みとなった「甍 銀・黒」はIWC2025でゴールドメダルを受賞した(写真は甍酒蔵プレスリリースより)

「搾ったお酒は、いじりません」と田中さん。無濾過原酒のままビン詰めし、必要に応じて湯煎にかけます。手間はかかりますが「ビン燗火入れが一番お酒へのダメージが少ない」から。量より質を徹底するほど手数は増えますが、それがそのまま日本酒の質につながります。

田中さんは麹菌と酵母菌に加えて水の力で発酵が進むことを三重奏に例えましたが、松川村の自然の力を最大限に引き出し、そのハーモニーをまとめ上げていくのは、人の手にほかならないのです。

甍酒蔵

https://www.ilaka.co.jp/
住所|北安曇郡松川村4336-6
連絡先|0261-85-5092
備考|松川村内の酒販店と全国の特約店で販売。年数回、松川村限定酒の店頭販売あり

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安曇野の田園にある美術館と道の駅へ

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信州の風土に溶け込むように設計された切妻屋根が特徴的な「安曇野ちひろ美術館」

安曇野らしいのどかな田園にある「安曇野ちひろ美術館」は、絵本画家・いわさきちひろと世界中の絵本画家の作品を収蔵・展示する絵本専門の美術館です。松川村は、ちひろの両親が戦後に開拓農民として移住し、ちひろ自身にとってもゆかりの深い地です。

建築家の内藤廣氏が手がけた平屋の建物は、周囲に溶け込むように設計されています。内藤氏は、北アルプスがそびえ、稲穂の輝く田んぼが広がり、清流の流れる松川村の地に日本の原風景を感じ、この景観を何より大切にしたのです。

館内は「世界の絵本館」と「ちひろ館」で構成され、合わせて5つの展示室があり、ミュージアムショップや絵本カフェを併設しています。館内のあちこちに置かれている木製の椅子の多くは、建築家の中村好文氏によるもの。美しい椅子はどれでも自由に座ることができます。

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平屋の館内はバリアフリー。ベビーカーや車椅子の貸し出しあり

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展示室の絵は子どもの目線に合わせて低めに展示されている

美術館の周囲には「安曇野ちひろ公園」が広がり、こちらは入園自由。公園の一角にある「トットちゃん広場」には、ちひろ美術館の館長でもある黒柳徹子さんが幼い頃に通った「トモエ学園」の「電車の教室」や講堂が再現されています。

ほかにも体験交流館や体験農園、野外学習ゾーンがあり、郷土食作りや季節ごとの行事体験、野菜の収穫体験などが開催されています。公園の脇には乳川(ちがわ)が流れ、花壇には季節ごとの花があふれ、安曇野の田園風景を満喫することができます。

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安曇野ちひろ公園は常時開園。のんびり散策やピクニックを楽しむ人の姿も見かける

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トットちゃん広場に再現された「電車の教室」は、2両のうち1両は図書室として利用できる

道の駅 安曇野松川「寄って亭まつかわ」は、高瀬川と並行して走る県道306号線、別名「北アルプスパノラマロード」沿いにあります。農産物直売所と売店、レストランがあって、大型駐車場を備え、24時間利用可能なトイレもあって、気軽に利用できる施設です。

農産物直売所には、季節ごとの野菜やくだもの、野菜や花の苗、メダカや観葉植物、秋になれば松茸やサクラシメジなどの天然キノコも並びます。売店には手作りのお菓子や漬物、松川村周辺の土産品や地酒などが豊富に並んでいます。

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売店の自慢は「鈴ひかり」。松川村で特別栽培されたコシヒカリで、コンクールでの受賞実績を持つおいしさ

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農産物直売所には旬のくだものや野菜が並ぶ

松川村の農家から届くお米もさまざまにそろいます。「鈴ひかり」は、お米のコンクールでの受賞実績をもち、村自慢のおいしさを誇ります。松川村で特別栽培されたコシヒカリで、松川村にはスズムシが原生することから名付けられました。

レストランのおすすめは、信州吟醸豚をのせた「旨とろ丼」と、地元の食材を盛り合わせた「ふるさと御膳」。ラーメンやカレーライスなど定番のほか、週替わりのランチや週末限定のそばセットもメニューに並びます。

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所長の望月均さんは元自衛官、そして修験者として山を巡る人でもある

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地酒コーナーには、松川村周辺の蔵やワイナリーの日本酒やワインが並ぶ

「観松院の弥勒菩薩像は、仏教伝来の頃に伝わったとされ、善光寺如来と同じくらい古いんです。事前に申し込めば拝観できますよ。『すずむし荘』は有明山の麓から源泉が湧いていて、日帰り入浴もできます」所長の望月均さんが教えてくださいました。

「有明山は村のシンボルですが、もともと修験の山で、安曇野市穂高と松川村にそれぞれ有明山を御神体とするお社があります」じつは望月さんは修験者として日本各地の山を巡る人でもあります。「修験道では山そのものが神さまで、山は水の源でもあります」

お米作りでは、春になると山の神が村へ下りてきて田の神になり、お米の成長を見守ってくれると信じられてきました。畔に植えてある桜の木は神さまの依代で、甍酒蔵の仕込み蔵のサインにも桜材が使われています。有明山の神さまは、酒の神ともなって酒造りを見守っているのでしょう。

安曇野ちひろ美術館

https://chihiro.jp/azumino/
住所|北安曇郡松川村西原3358-24
連絡先|0261-62-0772
開館時間|10時~17時(GW・夏期は9時~)
休館日|第2・4水曜(祝日の場合は翌日、GW・8月なし、臨時・冬期休館あり)
入館料|大人1200円、18歳以下および高校生以下は無料

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道の駅 安曇野松川「寄って亭 まつかわ」

https://yottetei.jp/
住所|北安曇郡松川村細野5375-1
連絡先|0261-61-1200
営業時間|9時~18時(レストランは10時〜)

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受託:フィールドデザイン 構成:宮下義弘(アンダースタンダード) 取材・文:塚田結子(編集室いとぐち) 撮影:岡本浩太郎

 

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