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新しいジブン発見旅-櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日)第41話 浦島太郎伝説が残る木曽『寝覚の床』で 人の生きる時の長さを思う

中山道の景勝地、『寝覚の床(ねざめのとこ)』。ここにはかつて浦島太郎が訪れたという伝説が残っている。浦島が見たであろう景色を感じながら、人が生きる時間に思いを馳せる。

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壮年期を迎え、今まではこれっぽっちも思ったことのなかった人生の長さについて、考えることが増えた。若い頃は終わりのことを何も考えずに、ただその一瞬一瞬に没頭することができた。しかし最近は、何をするにつけてもその終わり方についてが頭をよぎる。こう言葉にするとなんだか悲壮感漂っているように見えるけれど、これが意外とそうでもない。どちらかといえばむしろ、心地よい。

別に長生きしたいわけではないし、劇的な人生を送りたいわけでもない。今やっている仕事をどう終えたいかとか、結果どんなところに辿り着きたいかとか、ああでもないこうでもないと妄想を膨らませていると、案外楽しいものだ。

しかし、もし万が一。とっても長生きしてしまったら、どう人生を過ごしていいか。人生100年時代と言われる昨今で、ちょっと計画が狂いそうなのも否めない。たかが100年、されど100年。今一度その年月についてじっくり見つめてみたく、旅に出た(なんだか思い悩んでいるように聞こえるが、これが私の常なので安心してほしい)。

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中山道の69の宿場町のうち、11を有する木曽。そのひとつである上松宿の近くにある『寝覚の床』は日本五大名峡にも数えられている景勝地だ。ここには浦島太郎伝説が残っていて、特に隣接している『臨川寺』では様々な伝承が受け継がれている。

境内にある宝物館には、古くから伝わっているという浦島太郎愛用の釣竿が納められている。木製の、古い釣竿。実際に一目見ると、浦島は本当に釣りをしていたんだ、となんともいえない感情がむくむくと大きくなり、一気に実在の人物としての親しみが湧いてくる。これが本物なのかどうなのかは、この際どうでもよい。人々がずっとこれを語り継いできたことや、浦島の気配を感じ続けてきたことの方が、私には大切なように思える。

ちなみに浦島太郎伝説は様々なエピソードが各地に存在しているが、ここでは浦島が辿り着いた最後の場所だと伝わっている。竜宮城から帰ってきた後に300年の時が過ぎていたと知った浦島は、日本各地に旅に出た。その際立ち寄ったこの地の景色が気に入り、住み着いたのだそう。そして玉手箱を開けて夢から覚めた場所、ということで『寝覚の床』と呼ばれている。

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海辺の物語なのになぜ山の中に、と思うなかれ。実際にその場を訪れれば、それにも納得するくらいの雄大な景色にきっと圧倒されてしまうだろう。周囲を山に囲まれた木曽路に突如現れるのは、美しい緑がかった川と白い肌をした大きな岩石群。浦島がこの地を気に入って、さらには竜宮城を懐かしんで思わず玉手箱を開けたくなる気持ちがなんだかわかる。夢とうつつの狭間のような場所である。

木曽川の侵食によってできた花崗岩の連なり。その高みには、浦島を祀る『浦島堂』が建てられている。せっかくだからそこまで歩いてみよう。ごつごつとした岩場は、なかなかスリリング。足を踏み外さないように気をつけながら、ひとつひとつ岩を伝っていく。高みまでは思ったよりも距離があり、進むにつれどんどん汗が吹き出す。

一気に登るのはなかなか大変なので、途中の大きく平らな岩の上でひと休みすることにした。すべすべした岩肌は太陽の熱を溜め込んで、お尻がじんわり温かい。目の前には大きな岩々と透き通った川。岩盤がその流れで削られるのに、一体どれだけの時間がかかったのだろう。自然のスケールの大きさに、思わずため息が漏れる。

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訪れた時は秋と冬の境目で、葉が色づき徐々に散り始めている。一年ごとに、この景色もまたずっと繰り返されてきたのだ。自ずと、ここで営まれてきた年月の長さを想像してしまう。私が生まれるもっともっと前からここにはこの景色が存在していて、きっと、私が死んだ後もずっと存在し続けていくのだろう。

しばらくそんなふうに物思いに耽った後にまた歩き出し、やっとのことで『浦島堂』まで辿り着いた。ぐるりとあたりを見回す。急な崖になっている箇所からそっと下を覗いてみると、透き通る川面が見えた。遠くに聞こえる鳥の声と、絶え間なく響く水の流れる音。変わっていくものと、変わらないもの。ふと、浦島の気持ちを想像した。

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たっぷりと景色(とロッククライミング)を堪能して、フラフラする足で『臨川寺』に戻ると、境内の「姿見の池」にちょうど日が差し込んで美しく輝いていた。沈んだ紅葉で底が見えない。まるでどこまでも続いているかのようだ。

浦島は、この池に映った老いた自分の姿を見たという。私も体を乗り出して、池に揺れる自分の顔を見つめる。下を向くといつも鏡で見るよりも老けて見えて、なんだかおもしろい。人は必ず老いていくが、もしかすると。そこに至るまでの時間にも意味があるのかもしれない。

気づけばもうお昼はとっくに過ぎていた。ずいぶん岩場で遊んでいたようだ。お腹も空いたので、近くの店に立ち寄ろう。寺の目の前にある『越前屋』は創業400年を超える老舗。浦島太郎にちなんだ「寿命そば」と、売り切れ必至の「そば寿司」が名物だ。

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注文を済ませ、お茶をすすりながらほっと一息つく。江戸時代に中山道沿いに創業し、以前は旅館も営んでいたこの店。多くの人で賑わった道中で名だたる人々が訪れ、折々で題材として取り上げられている。

「そば白く やくみは青く 入物は 赤いせいろに 黄なる黒文字」

箸袋の裏にも書かれたこの歌は、十返舎一九が『越前屋』のそばについて詠んだもの。まさに今、私の目の前にも白いそばの盛られた赤いせいろ。歴史上の人物も同じそばを啜って食べたのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。

女将さんに、今は16代目が店を仕切っているのだと教えてもらった。代々家で継いできたという長い年月の重みはあっても、ただ目の前のことに丁寧に向き合っていくことを大切にここまでやってきた。その言葉を聞いたあとに食べるそばの味は、格別なものに思えた。

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帰り道に、すぐ近くに建つかつての店を訪れた。今は入ることはできないが、大正時代に建てられた瀟洒な建物はしっかりと残っている。色々な人がここを行き交った気配を、そこはかとなく感じとる。

ひとつの時代が終わり、また次につながっていく。私たちの生きている時間もきっと、そうやって未来の一部になっていくのだろう。終わるけれど、なくなるのではない。確実に、人の心の奥底に、蓄積されていくもの。

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中山道を背にして坂道を降りると、建物に隠れていた夕陽が顔を出し、その眩しさに目を細めた。今日もまた太陽が沈み、明日になれば再び登る。空を見上げながら、胸のすくような思いがした。

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『臨川寺』
『寝覚の床』の入り口に位置する、浦島太郎伝説ともゆかり深い寺。境内に残る浦島の気配を感じながら、雄大な景色を眺めて。

住所 木曽郡上松町上松1704
TEL 0264-52-2072

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『越前屋』
創業400年を超える老舗そば屋。そばの実の中心だけを使用した白いそばと代々伝わるそばつゆを求めて様々な人が訪れる。人気の「そば寿司」は昼過ぎに売り切れてしまうことも。前日までに電話で予約するのがおすすめ。
http://www.echizenya-soba.jp/index.html


取材・撮影・文:櫻井 麻美

<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、エッセイスト。世界一周したのちに、日本各地の農家を渡り歩き、2019年に東京から長野に移住。ウェブや雑誌での執筆のかたわら、旅と日常をテーマにZINEなどの個人作品も出版している。
https://www.instagram.com/tabisuru_keshiki

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