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諏訪うなぎアンソロジー(春)

新聞・書籍などで用事用語の記載には統一的なルールがある。例えば「鰻」。生物として表記する場合は「ウナギ」だが、調理された「鰻丼」は「うな丼」となる。けれど専門店のメニューにはその両方が存在しているのはご存知のとおり。たいてい「代々、そうなっているんだし、うちの勝手」的な終着となる。よって店内の表記には言及しないことに。ということで、今特集『諏訪うなぎアンソロジー』では「うなぎ」と統一させていただく。「うなぎだったら毎日でもいい」と吹聴するGo NAGANO編集担当がいまだ足を踏み入れたことがない“諏訪うなぎワールド”へ旅に出た。延べ1週間、連日昼食または夕食、ある日は昼夕連続の合計8店舗でうなぎ料理を実食。これはその記録です……。

*全て撮影時のみマスクを外していただいております。

更新日:2022/04/28

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TOP PHOTO:素材の厚さ、焼き加減による身と皮の柔硬さ、脂の落とし具合、そしてタレの味加減と濃淡。それら全てが絶妙なバランス。蒲焼き定食 4,070円。

第1食目〈うなぎの館 天龍〉想像を超えた“岡谷うなぎ”にカルチャーショック。

丁寧に下処理されたうなぎを炭火の上に置く。4本の金串を指で挟み巧みに表裏と返しながら焼き加減を吟味。

焼きが進むにつれ匂いが変化してゆく。やがてうなぎ自体が持つ海魚とも川魚とも異なる香ばしい薫りが漂う。

さらに表裏と返し、全体的に黄金色へと姿を変えたところで軽くさっとタレに漬ける。そしてまた炭火に置く。

今度はしっかりとタレにくぐらせ、満遍なく全体を包み込む。まるで金色のベールをまとったかのような輝き。

過度な焦げを付けないよう集中しながら返しとタレ漬けを続け、炭火から上げるタイミングを決める。「薫りと煙の色が変わる瞬間が。それが目安です」と今野さん。

そして仕上げのタレ漬けをじっくりと。色はさらに輝きを増し、濃度を上げた甘い薫りが食欲を刺激。そばにはお重に敷かれた炊き立ての銀米が待ち構えている。

長年『うなぎのまち岡谷の会』会長を務める〈うなぎの館 天龍〉主人、今野利明さん。“うなぎガストロノミー”と共に「うなぎの楽しさ」を教えていただいた。

持ち帰りの品に添えられたカード。真心と共に「うなぎの楽しさ」が伝わる。

諏訪湖を囲む岡谷市・諏訪市・下諏訪町には、うなぎ料理を提供する専門店、川魚店、飲食店、宿が合計25店舗以上ある。中でも岡谷市は行政自ら“うなぎのまち岡谷”とうたい、うなぎ文化継承への熱量が高い。事実、市内の保育園・小中学校の給食にうなぎ料理が登場する。“うなぎ食育!?”が施された子どもたちは、“うなぎ通”の大人に成長するのではと思ってしまう。うなぎは「ぜいたくな食べ物」という家庭内教育を受けた私は、定番のうな重や蒲焼きに対してとても慎重な心持ちになる。必然的に店舗の選択は悩むことが多い。今回の取材においても、どの店舗のどんなメニューを選ぶべきか? そして暖簾をくぐる順番はどんなルーティングにすべきか? 1週間程考えた。岡谷市には『うなぎのまち岡谷の会』があると教えてもらった。“うなぎ通”たちが暮らすこの地域をまとめる組織の会長なら、その深淵と真髄を知っているかもしれない。私はすぐに連絡を取った。

『うなぎのまち岡谷の会』会長を務める〈うなぎの館 天龍〉店主、今野利明さんはとても気さくな人だった。江戸前の老舗鮨店主と同じく、無口で眼光鋭く、絵に描いたような頑固おやじ……予想は見事に外れた。開店前、炭に火が移ったばかりの調理場へ案内され、渾身のうな重が出来上がるまでの一部始終を見学させて頂く。人生初めての経験。長年日々繰り広げられる、炭とうなぎとタレの供宴が、そこかしこに染み込み、私がいる空間は特別な匂いがした。「では、始めますね。岡谷は蒸さずに焼きに入りますから、仕上がりは案外早いんですよ」と、丁寧な仕込みが施されたうなぎの金串を指に挟んだ今野さんが炭火の前に立つ。

岡谷市のうなぎは背開きでさばかれる。これは江戸時代の武士が「腹開き=切腹」を意味・連想するものとして嫌ったことが由来らしい。ところが上に書いたとおり、岡谷では蒸さずに焼く、いわゆる関西風が主流。そして総じてタレは甘く濃い。こちらは関東・関西に関係なく岡谷独特の味。つまり、当地のうなぎは東西のうなぎ文化が融合したまさに“岡谷風”なのだ。しかし、ここに大きな疑問がある。諏訪市・下諏訪町のうなぎは、背開き・蒸し・焼きの一連が関東風を踏襲している。異なる行政区といえども諏訪湖を囲む2市1町は、まるで隣町のような距離感。それなのになぜ決定的な違いが生まれたのだろう? 今野さんに質問する。「岡谷は関西・中京圏ルートの交差点みたいな場所。諏訪市・下諏訪町は関東圏からの入り口かも。でもね、その地勢が要因だとは考えにくいですよね。たぶん、単に先人の好みの違いだったのかも」と笑った。

まるで名刀工の職人業を見ているような興奮と胃のざわつきに気が付いたとき、今野さんが「焼き上がりましたよ」とやっとこちらに顔を向けた。「お重を2階のお座敷にお持ちしますのでお待ちください」。女性スタッフの案内に従って2階へ上がる。程なく私のうな重と一緒に今野さんもやって来た。さっきまでの視覚と嗅覚による容赦のない空腹攻撃で私の理性と感情は揺らぎ、その状態を今野さんに悟られまいと必死だった。

「いい食べっぷりですね」。お重の隅に口をつけてうなぎをかき込む私を見て今野さんが言った。「すみません。空腹度がマックスで、ついがっついちゃって。高級食材なのに下品に食べちゃって」と言い訳をすると「いいですよ、それが正当なんです。うなぎは気取って食べるものじゃないと思います。地元のお客さんたちは、すうっ、と入って来られ、さぁさっさっ、ていう感じでお食べになります。で、ごちそうさま、ってお帰りになりますよ。お二人で来られても、ずっと無言のままだったり(笑)」。今野さんは話を続ける。

「天竜川のダム事業が加速した昭和30年頃までは、店のすぐそこにある釜口水門あたりでもウナギを捕って食べていたらしいです。でも開いたり蒸したりせずに串に刺して焼いてね。ごちそうじゃなく、日常食だったんですね。だからでしょうか。天然ウナギの中には臭みが強い個体もいますから、その匂い消しのためにさんしょうを使ったのではと聞いています。岡谷の濃厚な甘ダレの発祥もそれが要因だったのかもしれません。現在私どもが使うウナギのほとんどが養殖です。ヨウショクと聞くと質が落ちるんじゃないかと思う人もいますが、諏訪湖周辺の専門店で扱うウナギはそんなことはありません。とても厳格かつ高度な飼育管理のもとで育てられたウナギに臭みはありませんし、もちろん有害物も含まれていません。長年培ってきた信頼関係で結ばれている卸売業者からの仕入れです。岡谷・諏訪・下諏訪で食べるうなぎは、私より上質かつ高額な食生活を送っているんです(笑)。なので、私自身はあまりさんしょうをかけないんです。うなぎの味が消される感じがして。さんしょうがお好きなお客さまも、前半はそのままお食べていただき、後半、残り3分の1くらいで一振り。異なる味をお楽しみいただければ。あと、これはきわめて個人的なアレンジなのですが……私は梅干しを食べるときがあるんです。薬味みたいな感じです。巷では“うなぎと梅干しは相性が悪い”といわれていますが、それは迷信です。あの“秋茄子は嫁に食わすな”と同じです。なんと言いましょうか、脂がのったうなぎ本来の味と濃厚なタレとの間で発生する、梅干しによる上品な調味、ですかね。きょうはもうひと味欲しい、ってときに楽しんでいます。そうそう、隠し技もう一つ。お持ち帰りになるうな重に、質の良いお塩をちょっとだけふりかけて食べてみてください。きっとお好きだと思いますよ」

日常の生活にうなぎ文化が浸透し地域の人たちがその食事を楽しんでいる岡谷市・諏訪市・下諏訪町では、“普段着”のままうなぎを堪能できる。もちろん、諏訪湖を周回するサイクルウエアでも。これで一気に訪問リストも完成した。うなぎを巡る冒険、2店舗目はいかに。すでに舌の奥と胃のあたりがわくわくしている。

*注)上記は岡谷市の「うなぎ焼き方の一例」です。
 

〈うなぎの館 天竜〉
長野県岡谷市天竜町3-22-1。TEL 0266-23-0669。11時30分~14時、17時30分~20時。第1月曜・毎週火曜休。
https://www.unaginoyakatatenryu.com
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第2食目〈丸共・清水屋川魚店〉かば焼きの甘い誘惑。

ずっしりと重い包み。上蓋には持ち帰り専門店ならではの「鰻のおいしい召し上がり方」が貼ってある。うなぎ蒲焼き・特上。2,500円。

大ぶりな備長炭で一気に焼き上げる〈丸共・清水屋川魚店〉のかば焼き。身は柔らかく皮はさくりとした食感の職人技。自慢の濃厚ダレが伝統を包み込む。

夏の土用の丑の日には1日1,000人前もの注文を受ける。焼き・タレ漬けを繰り返す。調理場の壁面に付着したタレが“激戦”を物語る。

頑固な職人気質かと思いきや、とても丁寧で柔らかな物腰。『うなぎのまち岡谷の会』副会長を務める傍ら、地元吹奏楽団のサックス奏者でもある。多才な店主・三澤純也さん。

店内の壁に貼られたお品書きの右横に目が止まる。「申し訳ありませんがタレの販売はしておりません。ご了承下さい」の貼り紙。当店のタレに対する人気はとても高く、タレ単品の販売を希望する常連さんが多いことからやむを得ずのメッセージ。

注文受けと販売に追われるスタッフの伊藤さん。混雑時でも笑顔を絶やすことがない、まさに老舗の看板役。〈丸共・清水屋川魚店〉は魚市場の販売店のような気さくで活気のある空間。

『岡谷蚕糸博物館シルクファクトおかや』から今井新道に出て車で北へ約3分。左手に地域老舗の歴史を感じる〈丸共・清水屋川魚店〉の看板を見つけた。店舗右側の駐車場に車をとめドアを開けると甘く香ばしい匂いが挨拶した。入口に近づくにつれその薫りは濃度を増し煙の出どころらしい曇ったアルミサッシの内側に動く人影が見える。店内に入るとさっきまでの薫りとは異なる、魚を煮焼きしたときに似た空気が話し掛ける。右手の奥から眼鏡を掛けた恰幅の良い男性が顔を見せ「ちょっとお待ちください」と言った。

〈丸共・清水屋川魚店〉はわかさぎの唐揚げ佃煮などの加工販売、そしてかば焼きの持ち帰り専門店として創業40年になる。まさに地域に愛される名店。「お待たせいたしまして申し訳ございません」と店主の三澤純也さんが名刺を差し出す。手の甲に目が行く。仕事のせいだろうか、私の手と比べると数倍赤みが強い。同時に三澤さんの全身から香ばしい薫りが漂う。仕事着のMA-1だけではなく三澤さんの体には、うなぎの素焼きで備長炭に落ちる脂や、うなぎがまとう創業当時から生きる秘伝のタレの滴り、そして職人としての時間全てがしみこんでいる。「繁忙期の夏ですと1日平均で300人前。夏の土用の丑の日には、3つの炭火用うなぎ焼き台を使って1,000人前を焼くこともあります」と教えてくれた。

取材後、助手席のかば焼きが入った手提げ袋から、あの甘く香ばしい薫りが「うな丼にするの?かば焼きで?それともお茶漬け?」とささやく。突然、空腹感が目を覚ます。前食からまだ4時間半しか経っていないのに。
 

〈丸共・清水屋川魚店〉
長野県岡谷市郷田2-1-45。TEL 0266-2402-5106。9時~18時15分。毎週水曜休。
http://www.okayacci.or.jp/unagi/archives/000211.html
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第3食目〈うなぎ小林〉最高のうなぎを堪能するための上質な空間と時間。

かば焼き・白焼きの2段重。吸いもの、4種の薬味(白焼きタレ、ネギ、ワサビ、ゆずこしょう)、小鉢、お新香。そしてお茶漬け用出汁と刻みのり。金銀鰻重5,300円。私はかば焼きと白焼きには薬味を付けずに食べた。最もシンプルな作法でうなぎを味わいたかった。

うなぎ茶漬けにはゆずこしょうと刻みのりを。出汁の香りと白焼きの香ばしさが重なり、さらに薬味の演出で無我夢中。

控えめで上品。けれど威風堂々。名店の証。

小さな空間に造られた「心」の出迎え。訪れた人は「料理の質」を確信する。「心の美は料理の美を作る」のだ。

店内の一角に置かれたセラー。店主が厳選したこだわりの山形県産日本酒とボルドー産赤ワインを発見。グラスで飲める。かば焼きには赤ワインが相性良し。

正面右手にある離れ『無時庵』。会食や晴れの日に滞在したい。

『無時案』の廊下。玄関へ続く片隅に季節の花木が生けてあった。そっと美が佇む。

母家・離れ両方から眺めることができる中庭。取材時、ここだけはまだ雪が残っていた。この空間演出と共に味わう料理はまさに食彩。

諏訪インターチェンジから約1.5km。開けた住宅地の一画に〈うなぎ小林〉はあった。京町屋造りを連想させる風格漂う店構えに自分が緊張していることに気が付く。同時にかつて体験したことがない“うなぎ料理”に出会えるかもしれないという期待も膨らむ。のれんをくぐると左側足元に日本庭園をモチーフとした小宇宙が出迎えた。“おもてなし”の心が伝わる。味への期待はさらに高まり、背筋を伸ばし店内へ。そこは想像とは異なるモダンな空間だった。伝統という格式を時代と融合させる提案に、これから出会うだろう「食=料理」の姿を予感した。

そのうなぎは突然やって来た。長方形型弁当箱のような重箱が2段。取り囲むように吸いもの、小鉢とお新香、そして4種類の薬味が配置されている。私には太陽系の惑星配列にも思える。もちろん2段重が太陽で、薬味は水星・金星・火星……、地球は吸いものだろうか!? さらに外周にはうな茶漬けとなるはずの陶器と朱塗りの出汁入れ。反対側には刻みのりが孤独に待つ。これは“宇宙”ではないか!?

重箱を開けると、まるで当店のうなぎ専用と言ってもいいほどの融合美が姿を見せた。白焼きの信者である私は、重箱全面に横たわる薄い黄金色に輝くうなぎの1/16切れに箸をつけた。薬味もタレにも声を掛けず、そのままで。うっすらとうなぎ独特の香りと本来の味が舌の上と鼻腔を行き来する(決して“臭み”ではない)。そして次の一切れはご飯と共に。ふふふ……以前、フランス・パリ7区にある和食店で、炊きたてご飯の上に白トリュフを散らし、卵黄を落とし、出汁をかけて食べた「卵かけ白トリュフ丼」と同じ至福の記憶が目を覚ます。「かば焼きも白焼きも、残り1/3ぐらいになったところでお茶漬けにしてお楽しみください」と撮影時に手伝ってくれた若い男性スタッフが教えてくれた。「薬味のおすすめは?」と聞くと彼は「少しずついろいろと味わってみてください。私はゆずこしょうが好きです」とほほ笑んだ。
うなぎ料理の真髄を具現しながらも特別仕立ての空間で日常とは異なる「食」を五感で楽しみ・味わう。記憶に残るときめきとの出会いだった。
 

〈うなぎ小林〉
長野県諏訪市四賀赤沼1958-2。TEL 0266-54-7717。11時~13時30分(L.O.13時)。17時~19時(L.O.18時30分)。毎週月曜休、第1・第3火曜休、第2・第4木曜休。
https://unagikobayashi.jp/wp/
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第4食目〈やなのうなぎ 観光荘〉『シルクうなぎ』は宇宙を目指す。

今回堪能した、シルクうなぎ重4,380円(2022年は3月で終了)。定番は、竹(大2切)2,980円。松(3切)3,920円など。

ぎゅっと引き締まった身。けれど硬くない。優しい食べ応えが箸の動きを加速する。今回取材した中では最も脂が少ないかもしれない。『シルクうなぎ』はヘルシーと評価される由来だ。

販売開始となった『スペースうなぎ』(レトルトパウチ)。内容量約50g。うなぎのたれ、飛騨山椒が付く。1,500円(1パック)。

宮澤さんたちが宇宙食のプロジェクトをスタートしたとき、長野県松本工業高校生が卒業研究課題として気球でVRカメラを打ち上げ宇宙をみたいと活動していることを知り、夢実現の助けになればとクラウドファンディングを設立。その返礼品の一つ、『UNA Galaxy Project』ステッカー。

宮澤 玲さん(右)と宮澤 健さん(左)。玲さんは『有限会社 観光荘』の企画・広報主任を務める。『シルクうなぎ」のブランディングや食空間創出の活動もしている“うなぎイノヴェーター”の一人。天竜川に面した〈やなのうなぎ 観光荘〉テラスにて。

JR岡谷駅から車で県道14号線を南へ約12分。天竜川に寄り添うように建つ創業68年〈やなのうなぎ 観光荘〉。“やなのうなぎ”の由来は江戸時代にさかのぼる。当地では川に“簗(やな)”を仕掛けたウナギ漁が盛んだった。店内から天竜川の流れを眺めていると、銀色に輝き水面を跳ねる漁の姿が目に浮かぶ。

「お待たせしました」と、店主・宮澤 健さんが(『有限会社 観光荘・代表取締役』)、うな重を連れ“登場”した。今回、同店が開発・創出したブランド『シルクうなぎ』を堪能する目的はもちろんだけど……『シルクうなぎ』を宇宙食として国際宇宙ステーションへ運ぶプロジェクトを推進する“うなぎイノヴェーター”にお会いしたかった。宮澤さんが「お口に合えば幸いです」と言い終わるか終わらないかのうちに(またもや)箸をつけてしまった。蚕のサナギを餌として養殖した国産ウナギと一般的な国産養殖ウナギとの違いは?と頭の片隅で考えながら確かめるように噛む……。

1909年(明治42年)日本は世界一の輸出生糸生産国になった。大正末期、国内生産において長野県が首位に。岡谷市はその60%以上を占めるほどの“SILK OKAYA”として栄えた。現在は岡谷蚕糸博物館併設の製糸工場や宮坂製糸所がその伝統を受け継ぎ生産を続けている。宮澤さんは生産工程上廃棄される高栄養価を持つ蚕のサナギに着目。ウナギの餌に混ぜ養殖に挑戦。さまざまな困難と幾つかの失敗を乗り越え高品質の『シルクうなぎ』を提供できるまでとなった。

蚕のサナギを食べ育った『シルクうなぎ」はタレとは異なる不思議な甘みを感じた。身の密度は高い。けれどふわりと柔らかい。そして後追いでコクがやってくる。地焼きのはずなのに蒸したうなぎのように滑らかだ。適度な脂の味わいなど、例えるなら、丁寧な骨切りを施したハモ(鱧)のかば焼きに似ているかもしれない(ハモの名称は中国語の「海鰻(ハイマン)」に由来するという説もある)。

食べ終わりお茶を飲んでいると宮澤さんが襖を開けた。食事の感想を伝えたあと、昨今さまざまなメディアで報道されている『UNA Galaxy Project』について伺う。
「2021年9月。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙日本食1次審査に合格しました。現在は12カ月の保存状態テスト中です。年内中に複数の検査が実施され、今年11月頃に第2次審査を受審する予定です」

『シルクうなぎ』たちも宇宙の旅を夢見ているのだろうか。
 

〈やなのうなぎ 観光荘〉
長野県岡谷市川岸東5丁目18-14。TEL 0266-22-2041。11時~14時。17時~20時。毎週木曜休(他休日有)。
https://kankohso.co.jp
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第5食目〈うなぎ ねばし〉心の美が作る、特大うなぎの味。

“何となく”思いついたメニューだった。今ではこの特大うな重目当てに来店する“通”も多い。うれしい驚きの厚み。「ぱりっ、ふわっ、じわっ」これが最も正しい表現。約370~380gのウナギ1匹を使用した、特大4,300円。

長年の経験から指の感触で蒸された状態を判断する。先代からの教えは少なかった。見よう見真似で仕事を習得した。謙虚な根橋さんは「何となく覚えた」と自然体。

焼きは表裏の色の変化で蒸すタイミングとその後の焼きとタレ漬けの繰り返しをはかる。「塩梅」という職人技。

お人柄が滲み出ている根橋さんご夫婦。無理を言って女将さんに登場いただいた。お子さんが描いた暖簾の絵がとても素敵。

真心を込めた料理は記憶にも心にも残る。〈うなぎ ねばし〉のかば焼きはそんな逸品だった。

昼の営業が終わった時間帯。無理を言って厨房へ入り、かば焼きの仕事ぶりを取材させてもらう。整理された調理道具。仕込みと仕上げの空間、焼きとタレ漬けの場が分かれている。以前、このような空間を取材したことがあった。夫婦で切り盛りする小さな老舗旅館の厨房。石川県七尾市にある漁師宿だった。確かに職人の仕事場のはずだけど、どこか家庭の台所を思わせる温もりを感じた。

初焼きが終わったうなぎを蒸し器に入れる。間隔を置いて蓋を開け身に触れ、すぐにまた蓋をする。近くに時計やタイマーはない。「こぼれ出てくる煙の量や勢いを見て、指の感触で確かめ、蒸し上げるタイミングを決めます」と教えてくれた。最後の焼きを終了し、お重のご飯の上に寝かせるまで約25分。お重からはみ出たかば焼きが気になって仕方ない。

テーブルに置かれた蒲焼きは明らかに一切れの幅と厚みに存在感がある。「通常は1匹約200~250gのウナギですが(仕込み前)、こちらは1.5倍の“太物(ふともの)”を使います」と根橋さんはほほ笑んだ。箸で持ち上げるとずっしりと重い。一旦置いて箸先で割ると、さっくりと切れた。大ぶりなウナギの味は繊細さに欠ける、と聞いたことがあるけれど、このかば焼きからはじわりじわりと旨みが滲み出てくる。贅沢な興奮の連続。うな重なのだからご飯も、と思いつつもなかなか到達できない。やがて上のかば焼きを平らげ、その旨みと45年間継ぎ足されたタレをまとったご飯との出会いもまた楽しい。堪能しながらお重を見るともう1枚蒲焼きが待っている。にやけ顔(に違いない)と目があった女将さんがちょっとだけ笑った。

最後にもう一度、根橋さんご夫婦に尋ねた。〈うなぎ ねばし〉のこだわりとは? するとお二人ともいささか困ったように「こだわりがないのが、こだわりかもしれませんね」と。謙虚な心が作るうなぎの味は温かくて美しい。
 

〈うなぎ ねばし〉
長野県諏訪市高島2-1282。TEL 0266-53-3264。11時~14時(L.O.13時30分)。17時~20時30分(L.O.20時)。毎週月曜定休、祝祭日の場合は翌火曜休(他休日有)。
☞HP掲載なし
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第6食目〈御うな 小松屋〉探究の人がたどり着いた完成形。

まずはお重から茶碗に盛りそのまま堪能。季節で変わる小鉢や刺し身を味わいながらおかわりを繰り返すことになる。御うなまぶし4,400円(1人前)。

そして満を持して、出汁をかけネギを放ち、すり下ろした生ワサビを中心に添える。出汁をかける前に刻みのりを散らすか否かは悩ましいところ。

通常のかば焼きでのお茶漬けとは異次元の味。その秘密がたまり醤油に隠されていたとは。口の中に脂も甘みも残らず、わずかに香ばしいたまり醤油の漂いを見つけ、うれしくなった。おかわり必然。

創業大正5年。当家3代目の小松一史さん。かつて炭火の前に立ち続ける時間の長さから体調を崩すことも。今もたった一人でうなぎをさばき、そして焼く、職人にして探究者。

岡谷市の中心街、本町の小路に2007年5月〈御うな 小松屋〉をオープン。繁忙期には1日300食を焼き上げることも。*予約の際は、店舗までお問い合わせください。

「うちのうなぎは冷めても柔らかいですよ」と店主・小松一史さんが声をかけてくれた。取材のため依頼した豪華メニュー、御うなまぶしを3分の1ほど持ち帰り用に詰めてもらうお願いをした。市内の酒店で珍しい地酒を見つけ、宿に戻り美酒と共に、御うなまぶしをもう一度楽しもうというたくらみだった。一般的にうなぎ料理は時間が経つとウナギならではの澄んだ脂や砂糖を使用したタレも硬くなり味が落ちるといわれる。しかし〈御うな 小松屋〉の御うなまぶしは違う。

丸いお重に残る、御うなまぶしをあえて少しだけ口に入れる。すると今まで食べたいわゆる“ひつまぶし”とは違う味覚に気が付く。まず、岡谷のうなぎ独特の、あの濃厚な甘みがかなり薄い。というよりそもそもタレ自体が違うと味蕾がささやく。甘さと塩味の加減が平衡しているのだ。その不思議な味が口に運ぶスピードを加速させる。どうしてもこの、御うなまぶしの秘密が知りたい。

「〈小松屋〉の創業は川魚の佃煮や甘露煮の販売です。後にかば焼きの持ち帰りも始め、現在もその専門店として老舗の味を提供しています。せっかくお買い求めいただいたのに時間が経つと味が落ちてしまっては申し訳ができません。先代も紆余曲折、いろんな失敗を繰り返し品質を上げてきました。その中で最も重要だったことが“うなぎの焼き方”です。火加減一つでうなぎは硬軟どちらにでも変化します。味の個性も出ます。一言で説明することは難しいですが、あえて言うと炭の扱い、焼きの見極め、てまひまをかけるということでしょうか。これがお持ち帰りの、御うなまぶしが冷めても柔らかい理由なのです」

「そしてできる限り味の変化もないよう試行錯誤を重ね、ある日偶然、見つけました。それがたまり醤油です。味のまろやかさと共にきりっとした塩気のバランスが味覚だけではなくうなぎの柔らかさを保ちます。出汁の茶漬けも味わうことができます御うなまぶしにはかば焼きとは違う、こちらのタレを使っています」

小松さんの言葉から波動が伝わる感覚があった。うなぎに人生をかけた人の熱意が脳内に「またこの店のうなぎを食べたい」という受容体を形成した。その証拠に、せっかく詰めてもらった、御うなまぶし3分の1だったけれど、結局店内で完食となった。

〈御うな 小松屋〉
長野県岡谷市本町3-10-10。TEL 0266-23-0407。11時~14時15分(L.O.)。17時~20時15分(L.O.)。毎週火曜休、祝祭日の場合は翌水曜休(他休日有)。*予約の際は店舗までお問い合わせください。
http://ouna.co.jp/info/
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第7食目〈うなぎ・川魚料理・割烹  浜丑(はまうし)〉創業明治元年。清くて正しい、うな重の真髄に出会う。

一番人気、上重3,150円。平均的に270gサイズのウナギを使用する。かなりの肉厚かつふっくらとした食感は繊細な焼き方のなせる業。とてもとても柔らかい。

素早い手の動き。ウナギのサイズや身の締まり具合、そして“生き”までも選別する。

キャリア27年。5代目代表取締役の浜 守さん。創業150年の歴史を誇る名店の主人にして“メタル系”のミュージシャン。

JR岡谷駅から徒歩7分ほど。県道16号線沿い、老舗然とした風格ある店舗。藍色に塗られたなまこ壁が美しい。

夏の“土用の丑の日”にうなぎを食べる習慣!? の由来には諸説がある。夏バテ防止、「丑」の日には「う」のつく食べ物が良い、ひいては江戸時代、夏になるとウナギの売れ行きが減少する店舗のためキャッチコピーを考えPR&マーケット戦略を授けたという“平賀源内説”などさまざま。史実を紐解くと安永時代(1772~1781年)の文献に四季を通じて滋養強壮のため食べる風習があると書かれているらしいが。個人的には“平賀源内説”を推したい。

店名にもなっている『浜丑』は初代のお名前:浜 丑蔵氏から命名された。「うなぎ割烹』にして「丑蔵氏」とは……何か運命的なものを感じてしまったのは私だけではないだろう。当然、目当てのうな重にも期待が膨らむ。

明治元年創業。2006年(平成18年)に5代目浜 守さんが川魚店と割烹を併設。白壁に藍色のなまこ壁の店舗。春の新鮮な陽光とのコントラストがとても美しい。店内左にある割烹への通路に入ると浜 守さんが待っていた。簡単な挨拶を済ませると「イケ(生簀)のほう、ご覧になりますか? と案内してくれた。通りを挟んで隣接する建物のドアを開けると水の音が響く。近づくと“立て場”と呼ばれる筒状の生簀にその水が小さな滝のように流れ落ちていた。“立て場”の中には数匹のウナギがゆっくりと動き回る。寝床ではなくモダンダンスのフロア。川魚の匂いはしない。シャワーを浴びたウナギが美しい。浜さんは俊敏にウナギを掴み、少し持ち上げたかと思うとまた優しく掴んだ。けれど眼光は鋭い。聞くと重さや太さ、そして活力を選別しているらしい。わずか2~3秒の間だった。「常に最高のウナギをお出ししたいんです。この水、地下から汲み上げた湧水です。とてもいい水なんですよ」と話してくれた。

割烹に戻りお茶を飲みながら待つ。すると、ついにうな重が運ばれてきた。〈うなぎ・川魚料理 割烹 浜丑(はまうし)〉のうな重はこの1週間食べ続けた名品・逸品とは少し違う。例えば焼き方やタレ、そして一つのうな重として、それら要素にどこか突出したものがない。高次元にバランスが整えられている。一心不乱、という無我夢中状態というより、安静心拍数に近い領域で堪能するうな重。そう思った。創業150年という歴史が創り上げた究極の完成形かもしれない。老舗の真髄、ここにあり。
 

〈うなぎ・川魚料理 割烹  浜丑(はまうし)〉
長野県岡谷市天竜町3-1-8。TEL0266-22-2531。11時~14時。17時~19時(完売次第閉店)。毎週水曜休(他休日有)。
https://www.hamaushi.co.jp/kappou.html
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第8食目〈うなぎ 林屋〉うな重の概念を超越した衝撃の『二色重』。

かば焼きと塩焼きが並ぶ“知る人ぞ知る”メニュー、二色重2,700円(吸い物・漬物・薬味付き)。若い世代から高人気。若くはない取材者もすでにリピーターに。

明治26年(1893年))創業『林屋川魚店』5代目林伸一さん。18年前〈うなぎ 林屋〉を開業。家業を継ぐ以前はビジネスマンだった。メニュー開発にも斬新なアイディアを投入する。

下諏訪町に入り国道20号線沿い。諏訪大社下社春宮へ向かう春宮交差点から約200m。本家『林屋川魚店』右隣。アート作品のような木製看板が目印。

取材最終店舗は下諏訪町の〈うなぎ林屋〉。諏訪大社下社春宮から徒歩10分ほど。国道20号線沿いにあった。当店のうな重メニューは特徴的でクラスが、梅・竹・松・特松となっている。このランク分けはうなぎの質によるものではなく、単にかば焼きの数量。いわば従量制!? だ。それぞれ2切れ(梅)・3切れ(竹)と増え、以降は2段重となり、4切れ(松)・そして最上位は上段にかば焼き2切れ、下段にうな重としてご飯の上に3切れ、計5切れ構成の(特松)となる。これほどの量を1人で食べ切れるものか!?と思ったけれど、例えば3人のうち2人が梅を選び、残る1人が特松を注文。という“うな重経済学”を実践する常連も多いらしい。もちろん1人で完食する達人!?も存在する。(注:巷の食レポで話題になる“特盛り・大盛り提供店ではございません!)

実は……今回の目的は上記のうな重ではなく『二色重』という、うな重だった。定番のかば焼き1切れと“塩焼き”と命名された1切れのコラボレーション重。とりわけ、人生初となる“塩焼き”への思いは強烈で、予習としてさまざまな料理書籍を調べてみたけれど、教科書的・参考書的資料を見つけることはできなかった。
食べる前に主人のお話を拝聴するかどうか?迷った。しかし、今回は先入観念をインプットさせずに二色重と対峙。女将さんらしき人が、そのお重を誰もいない部屋の大きなテーブルの上に置いた。薬味の使い方をレクチャー後、女将さんらしき人が引き戸を閉め内履きに足を入れ最初の1歩を踏み出した音を確認した瞬間。私はお重の蓋を開けた。

ほんのわずか熱を帯びた気体と共にニンニクの香りが鼻腔を撫でる。「えっ、ニンニク?」と声が出る。鼻を近づけると、やはりニンニクと少しだけ白ネギの匂いがした。箸を下層のご飯まで貫通させず、さっきからこちらの出方を伺う“塩焼き”を全体の8分の1ほど切り、口に運んだ。まず最初にニンニク、0.5秒遅れて白ネギ、それから白焼きに似て非なる素焼きに近いうなぎの味が姿を現す。1秒後、塩という名脇役の仕事がやんわりと効いてくる。2秒後にはそれら全てが融合し、目を覚ました幼児のように、私はご飯をほうばった。

〈うなぎ 林屋〉店長、林 伸一さんに『二色重』登場の由来を聞いた。「18年前、この店を出すとき、岡谷市・諏訪市・下諏訪町のうなぎ専門店を食べ歩いてみたんです。するとどの店も旨い。驚くほど旨かったんです。だから同じものをお出ししても競合できないと考えました。何か特色を持たなければ、と。毎日、試行錯誤しながらかば焼きや白焼きをこしらえ、食べては、蒸して焼き、また食べる、を続けていたある日。だんだんとその味に飽きてきましてね。たまには違ったうなぎの賄いを作ってみようかと思って、ちょっと冒険してみたんですよ。それがこの“塩焼き”なんです」と楽しげに語ってくれた。

“塩焼き”を食べ、今度は定番のかば焼きにほんの少しワサビやネギを薬味として一切れ口に入れる。そんな贅沢な行き来をしていると、ふと、お酒が欲しくなる。“ご本家”の林さんに「もしお酒を合わせるなら?」とプライベートな質問をしてみた。「私は産地はともかく、重めのカベルネ・ソーヴィニヨンが好きですね」と返答が……。

この『二色重』に五感で驚き、林さんと密談!? 後、今回の岡谷市・諏訪市・下諏訪町うなぎを巡る冒険を振り返ってみた。そしてこんなふうに思った。

「うなぎって、おしゃれでかっこいい」って。

〈うなぎ 林屋〉
長野県諏訪郡下諏訪町31。TEL 0266-28-8372。11時~14時。17時30分~20時(L.O.)毎週水曜休。
https://unagihayashiya.com
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撮影・取材・文:Go NAGANO編集部(佐藤)

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