
五感で味わう“森の時間”。~水辺とアートで心を整える~
長野県の初夏の過ごし方といえば、アウトドアなどアクティブに過ごすのが定番だが、静かな場所でゆったり過ごしたいという人も多い。日々仕事や家事などに追われちょっと疲れてきたなと感じたら、自然の中で心を解放し心身をリセットする旅へ出よう。今回は水辺とアートで心を整えることを目的に、まずは松原湖へと向かった。
小諸駅と山梨県小淵沢駅とを結ぶJR小海線。雄大な八ヶ岳連峰やのどかな田園風景など、車窓から眺める景色が評判のローカル鉄道だ。

全長78.9kmのローカル線。別名「八ヶ岳高原線」

標高986m、風景に抱かれたかのようなロケーションが絵になる無人駅
降りた駅は「松原湖駅」。路線のほぼ中間地点にあり、JR駅の標高ランキング全国9位を誇る無人駅だ(ちなみに1位は長野県「野辺山駅」で、9位までを小海線が占めている)。
「松原湖駅」を下車し、ジブリの世界に迷い込んだかのような坂道を上ると、少し歩いた場所にバス停がある。そこから松原湖までは町営バスに乗って向かう。バスは1時間に1本ほどの運行だが、松原湖駅バス停から松原湖まではおよそ2kmの距離なので、もしバスに乗り遅れても歩いて向かうことができる。
5分くらいだろうか、バスに揺られていると、曲がり角に「ヤマザキショップ松原湖嶋屋」が見えてくる。その真向かいにある庵(いおり)のような建物が松原湖のバス停だ。そこで下車し、少し歩くとすぐ右手に松原湖が見えてくる。

諸説あるが、松原湖は887年の地震によってできたと言われる天然湖。猪名湖(いなこ)、長湖(ちょうこ)、大月湖(おおつきこ)と3つの湖の総称を松原湖と呼んでおり、一番大きい猪名湖を松原湖と紹介されていることが多いのだという。今回は猪名湖の周りを散策する。
流入河川と流出河川があり常に水の循環が保たれているので、水は美しく澄んでいて水面が季節の気配が映し返される。ただ眺めているだけでも心が満たされる場所ではあるが、冬はワカサギ、春から秋にかけてはヘラブナ釣りなども楽しめる。平日は釣り人や観光客の姿もそれほど多くはないので、心の平穏を取り戻し穏やかな時間を過ごすにはぴったりな場所だ。

春夏は新緑、秋は紅葉、冬は湖面が凍結しワカサギ釣りが楽しめる

湖畔には整備された遊歩道もあるので点在する神社を巡ってみるのもいい
標高1123mの場所に位置する松原湖。穏やかな気候で風も少ないので、周りの景色が水面に鏡のように映りこみ、美しく幻想的な姿を見せてくれる。湖の周りには遊歩道があり、新鮮な空気をたっぷり吸いながら新緑の中でのウォーキングも楽しめる。1周2キロほどの道のりなので、ゆっくり歩いて心地よい疲れを感じるのもいいだろう。
【松原湖】
森と湖に溶け込んだホテルで、深呼吸するような滞在を。

松原湖畔に新しい宿。
「HOTEL MIYAM(ホテルミヤム)」が誕生した。松原湖畔にて長らく営業していた民宿を受け継ぎ全面リノベーション。2025年7月の開業を予定している。

「湖畔に面した民宿なのでこのままにしておくのはもったいないと。松原湖は小海町の観光拠点としても重要な場所なので、地域の財産として生かす方法を考えました」。そう話すのは、ホテルのマネージャーを務める篠原さん。グランドオープン前に篠原さんにホテルを案内してもらった。

“日本のフィンランド”と呼ばれる松原湖。森と湖に囲まれた風景が北欧・フィンランドの景観に似ていることからそう呼ばれるようになったという。
ホテルの空間コンセプトは、北欧とかつての民宿を思わせる“和”をかけあわせた「ジャパンディ」。それぞれ趣が異なる部屋は全7室そろう。「松原湖は国定公園に指定されていて、建物を建てる際には制限を受けるんですよ。ところどころに昔の柱が残っているので写真を撮るときは邪魔に感じるかもしれませんが、それもこのホテルの個性なんですよ」

ベッドが4台設置され、ゆったり過ごせるグランドスイートルーム(4名定員)

湖畔を臨む部屋は全6室。浴室から松原湖の風景を堪能できる部屋もある

101号室は小海町高原美術館とコラボし、その時々で企画展の作品を展示することも
エントランスには、地元の学生とアートプロジェクトNULLが共同制作したサステナブルアートを展示。
「地域の特産品から出た残渣や廃材などの素材を使いアートにアップサイクルしているんです。2階の読書スペースにあるたんすは小海駅前で閉店したお土産屋さんからもらってきたものなんですよ」
廃業した宿をリノベーションし、新たな付加価値を付けてサステナブルな観光拠点に。以前から小海町と連携し、まちづくりに取り組んできた株式会社さとゆめが手掛けるホテルだけに地域住民からの期待も大きい。

寒い時期は暖炉に火が灯るエントランス空間

館内にある「Restaurant OTO」の右側の壁は、地元の酒造から出た酒粕と地域の土壌、そしてもみじなどを混ぜて塗り込んだウォールアート

間伐材を利用した「八峰の湯(やっほーのゆ)」の入館証。車で約5分の場所にある日帰り温泉施設「八峰の湯」の受付で、こちらを渡すと無料で温泉に入ることができる(タオル付き)
都内のレストランで経験を積んだシェフたちが腕を振るう「Restaurant OTO」のディナーも楽しみのひとつ。信州食材を巧みにアレンジしたコース料理「湖畔のスローテロワール」を楽しめる。
「宿泊のお客様の夕朝食を提供いたします。このあたりは食事ができるお店が少ないので、ゆくゆくはランチ営業もできたらいいなと思っています」

「ここでは、何もしない時間が許される」
風に揺れ静かに波打つ水面を眺め、深く息を吸い込んでみる。肩の力が抜け、凝り固まった心と体が、少しずつほどけていく。
何もしない、何も考えない贅沢な時間を過ごせるホテル。小海町の新たな観光拠点に最適だ。

【HOTEL MIYAM MATSUBARAKO / Restaurant OTO】
長野県南佐久郡小海町豊里4779-1
HP:http://hotel-miyam.com/
Googleマップ: https://maps.app.goo.gl/F6y4rKg2Ty73T7bB8
静寂と調和する小海町高原美術館でアートに触れる。

松原湖で心を整えた後は、さらなるリトリートを求め小海町高原美術館へ。
1997年に開館した小海町高原美術館は「人と自然の融合・調和」をテーマに建築家の安藤忠雄氏が設計。安藤氏の建築スタイルといえば、幾何学的な造形のコンクリート建築、そして自然との共生、光と影を重視した空間構成が特徴だ。松原湖高原の傾斜地という地形を生かし、外部の自然光を取り入れる大きなガラス窓を備え、内部空間と外部環境が一体となるよう設計されている。

展示室につながるガラス張りの廊下。外光を巧みに取り入れ、時間帯や天候によって変化する光と影の美しさを演出している

3階建ての展望台から望めるのは八ヶ岳の山々や白樺並木などの自然美と美術館の融合。このロケーションも安藤氏が見せたかった作品の一つに違いない
建築、そしてさまざまなキュレーションに触れた後は、併設のカフェでランチとスイーツを味わいながら余韻に浸ろう。「カフェ花更紗(はなさらさ)」は、東京や県内のホテルでフランス料理、イタリア料理のシェフを務めてきた齊木さんが9年前にオープンした店だ。

齊木さんが作る料理は、地元の素材を使った洋食メニューが中心。季節の食材にあわせてメニューを変えるパスタをはじめ、オムライスやカツカレーなどを提供。「お客様からニーズがあるので、丼なども作ります」と齊木シェフは話す。

「合鴨のコンフィプレート」(1,400円)、自家製パン、高原野菜サラダ、ライス(主にチキンライス)のほか、日替わりの総菜などがワンプレートに。また要予約でランチコース(2,800円)やディナーコース(4,000円)もあり(2名~、2日前まで要予約、ランチコースは7月~9月はお休み)

「クレマ・カタラーナ」(500円)と「カフェラテ」(400円)。その時々で企画展にあわせたコラボスイーツも登場
地域に根ざした芸術文化の発信拠点として、多くの人々に親しまれている同美術館。郷土作家、現代美術、デザイン、建築などの作品を展示している。
6月8日(日)までは、画家・井上直久氏による「井上直久展イバラードへの旅」を開催。7月2日(土)〜9月7日(日)は「生生流転 In Flux 〜アメリカと日本のアーティストの滞在制作による現代美術展〜(仮)」。アメリカと日本のアーティストが小海町に滞在し、現地で制作した現代美術作品を展示する企画展を開催予定だ。

【小海町高原美術館】
長野県南佐久郡小海町豊里5918-2
HP:https://www.koumi-museum.com/
Googleマップ: https://maps.app.goo.gl/dNZVenR2DoNRauuc6
五感で味わう“森の時間”。~自然と共存する森カフェへ~

小海町から車で1時間ほどの場所に、以前から訪れてみたいと思っていたカフェがある。特に何の予定も入れてなかった日曜の午後。ふと思い立ち、その場所を目指すことにした。
蓼科三井の森にある一軒の隠れ家的カフェ。
蓼科三井の森とは、広大な敷地内に遊歩道などが整備された竜神池公園、ポニー牧場、ゴルフ場、カフェやレストランなどといった施設がそろう別荘地。このエリアの中にあるのが、今回目指す「自家焙煎珈琲 澤村珈琲」だ。別荘地の中にあるので、なんとなく敷居が高いように感じていたが、思い立ったが吉日。気持ち良い風が通り抜ける5月中旬。ドライブを兼ねて初夏の蓼科を訪れた。

絶好のドライブコース、ビーナスラインを爽快に走り抜け「尖石縄文考古館」を過ぎると蓼科三井の森に入ってすぐ。カフェの正面側は整備された道になっており共有の広い駐車場がある(Googleのナビに従うと建物の裏側を案内されるので注意)

以前もカフェだった建物をリノベーション
蓼科三井の森、入口付近にそのカフェはあった。迎えてくれたのは店主の澤村一宏さん。カフェとして営業していたが、数年空き店舗になっていた建物を2022年に購入。所々傷んでいた部分を修復し、2023年にひっそりオープンした。
「オープンした年は、まだ東京で仕事をしていたので、月1・2回店を開けるくらいでした。去年こちらに移住して、今も週末しかやっていないのに…。どうやってうちの店知ったんです?(笑)」
静かな森と共存するカフェこそ、今回の旅のテーマ。知る人ぞ知る “隠れ家カフェ”で、自家焙煎豆で淹れたコーヒーをいただくことにする。

店主の澤村一宏さん。店内はカウンター2席、テーブル11席。外にテラス席もある

「コーヒーは鮮度が大事。鮮度がいいと豆はふくらむんです」と澤村さん。自家焙煎した豆の販売も行っている

「コーヒー」(500円)。店内で飲む場合はWEDGWOODのカップからお好みを選んでもOK。テイクアウトはSサイズ450円~、カフェラテもあり(500円)
キャンプが好きで、よく長野県に訪れていたと澤村さん。今日は小海町から来たことを話すと「実は最初は松原湖の近くで物件を探していたんですよ。いいところはあったんですが、ご縁がなかったみたいで」
特に目指していたわけではなかったのに、心の赴くままに探していたら導かれるように、この蓼科の山小屋風の建物にたどり着いたのだという。
特段コーヒーが趣味だったというわけではないそうだが「喫茶店をはじめるなら、いろいろ知っておかないと」と知識を蓄えた。扱う豆は10~15種類ほど。すべて自家焙煎で提供している。
「少し前まで、パナマのゲイシャ種という高級な豆を置いていたんです。そういう情報も特に発信していなかったんですが、そのときたまたま来てくれたお客さんがSNSにあげてくれたこともありました」
そんな話をしながらゆっくり淹れてくれたブレンドコーヒー。
「ブレンドは店の顔となるコーヒーではありますが、味には好みがありますからね」。確かに、深煎りが好きか浅煎りが好きか、苦みが好きか酸味が好きかなど、それぞれ嗜好は異なる。「その方自身の好みを見つけてほしい」という思いで多くの種類を揃えている。
余談だが、澤村さん。定年退職するまでは、高校で物理の教師をしていたのだという。お湯の温度や注ぐ高さ、蒸らす時間など、きっと淹れ方にも物理の法則が関係しているに違いない。
澤村さんの心を“深煎り”したに違いないコーヒーと一緒にオーダーしたいのがナポリタンとコーヒーゼリー。
「ひとりで営業しているので、最初は冷凍パスタでもいいかなと思っていたんです。でも友人に食べてもらっていたら、やっぱり『おいしい』と言ってもらえるものを出したいと思うようになって」
こだわり始めたらとことんこだわってしまうのが澤村さん。トマトピューレに少々のマヨネーズを隠し味に加えた濃厚なナポリタンは、この店の名物にふさわしい味に仕上がった。

「ナポリタン」(800円)、コーヒーセットは1,200円

バニラアイスがのった「コーヒーゼリー」(600円)、コーヒーセットは1,000円
「お盆の時期は人も増えますが、そのとき以外は本当に静かですよ。今年は初めて冬も営業してみたんですが、お客さんが一人も来ないって日もざらにありました(笑)」
夏休みシーズンは別荘に来る人や観光客も増えるので今の時期が狙い目。より静かな時間を過ごしたいなら、月曜の午後がおすすめ。日常から離れ、ひとりゆったりチルな時間を満喫しよう。

【自家焙煎珈琲 澤村珈琲】
長野県茅野市豊平10222-26(蓼科三井の森)
HP:https://sawamuracoffee.com/
Googleマップ: https://maps.app.goo.gl/GwJCa46VVn1nrjYq6
撮影/内山温那、宮崎純一 取材・文/大塚真貴子 モデル/原 さゆり(小海町)
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