特集・初夏の信州でリトリート体験。初心者向けハイク&キャンプデビュー Vol.1初めての山へー信州の新緑ハイキング入門
雪がとけ、さまざまな植物が芽吹くころ、長野県の山々は鮮やかな緑色に包まれる。柔らかな木漏れ日を浴びながら自然の中を歩くには絶好の季節がやってきた。難易度が高い山を登るにはまだ自信がないというハイク初心者でも安心の、ちょっと足を延ばすだけで、自然が織りなす絶景を堪能できるスポットを巡ってみたい。

ビギナーも楽しめる、信越トレイルのハイキングコースを歩く。
信州といえば”スノーリゾート”を思い浮かべるかもしれない。でも実は、四季を通して大自然の魅力がたっぷり楽しめるエリア。グリーンシーズンには、手軽なハイキングからトレッキング、本格的な山登りまで、たくさんの山遊びのステージが用意されている。
登山は経験者と一緒じゃないと無理だし、トレッキングの装備も持っていない…。そんな“お山ビギナー”に注目してほしいのが、がんばらなくても巡れる、そして自然にどっぷり浸ってリトリートできる、斑尾エリアのコース。脱ぎ着しやすいウェアと、歩きやすい靴を身につけて、新緑きらめく湿原と湖に出かけよう!

初夏めいた陽気の5月のある日。車で向かったのは、豪雪地帯として知られる飯山市。北陸新幹線も停まる飯山駅から車で30分ほどの場所に、信越トレイルへのアプローチ地点がある。
信越トレイルは、長野県と新潟県の県境に連なる全長110kmのロングトレイル。豊かな自然と人の営みが共存する里と山を結ぶように、山歩きのコースが整備されている。
コースは10のセクションで構成され、もちろんすべて制覇するのはとてつもない時間も体力も必要なのだが、1セクションだけ歩く、またはセクション内の一部だけ歩いて、トレイル気分を満喫することもできる。
今回は入門編として、セクション2のうち、沼の原湿原と希望湖(のぞみこ)を巡る日帰り(4〜5時間)コースを選んでみた。
と、その前に、コースにはお昼を食べるお店などはないため、まずは食料を調達といこう。せっかくなら地元の名物を味わってみようと思い立ち、飯山駅から5分ほどの「いいやま ぶなの駅」に立ち寄った。
民設道の駅で、地元の名物を買い出し!

飯山をはじめ北信州地域の生産者が出品する野菜などがずらり

この辺りではお盆に食べることが多いという、伝統の笹ずし

冷蔵設備が十分でなかったころに生まれた飯山の冬の名物、バナナボート。ぶなの駅では、美芳屋製菓のバナナボートを通年販売

そばやおやきといった郷土料理が味わえるフードコートもある「いいやま ぶなの駅」(https://iiyama-buna.com/)
北信州の野菜や果物、特産品が並ぶ「いいやま ぶなの駅」。山菜の時期でもあり、たくさんのお客さんでにぎわっている。
売り場でひときわ目を引いたのが、オムレットみたいな見た目の「バナナボート」。スポンジ生地でバナナと生クリームを包んだ素朴なおやつだ。聞けば1975年頃の冬、とある和菓子店が売り出したところ、スキー場でリフトを待つ間に片手で食べられ、腹持ちもいいことから、スキーヤーに大人気に。以来、飯山市内の和洋菓子店に広まったのだという。バナナと生クリームが傷みやすいため、バナナボートをつくるのは今も冬限定らしいけど、ぶなの駅では特別に通年購入できる。これは幸先がいい。
もう一つの名物は、笹の葉に包まれた「笹ずし」。1553年に勃発した川中島の合戦で、上杉謙信の軍勢にふるまわれたという“いくさ飯”。笹は殺菌や防腐効果があり、箸がなくても食べることができるから、確かに携行食にぴったりだ。酢飯にゼンマイ、クルミ、錦糸卵や紅生姜が乗っているのがスタンダード。紅生姜の赤が効いている!
ミズバショウ咲く湿原で、山の息吹に包まれる

買い物を済ませ、斑尾高原に位置する「沼の原湿原」駐車場まで、車を走らせること約30分。ここが冒険の始まりの地。いよいよハイキングに出かけよう!
沼の原湿原の広さは21ha。湿原の最奥まで行ってぐるりと一周するロングコース(2.8km、約1時間30分)と、ショートコース(1.6km、約50分)が設定されているから、体力に合わせてお好きなルートへどうぞ。湿原には木道が敷かれていて、平坦で歩きやすいから、どちらもビギナーにはもってこいだ。

そこかしこに自生する大きなミズバショウ

雪国に春の訪れを告げるリュウキンカ

雪どけ水が小川となって湿地をうるおす

澄んだ水の冷たさに驚いた
木道をのんびり進むと、開けた視界の先には、萌黄色(もえぎいろ)に染まった春の山。足元には自生するミズバショウの凜とした白、リュウキンカの可憐な黄色が目をなごませてくれる。穏やかな風がそよぎ、小川を流れる雪どけ水がさらさらと音を立てる。野鳥のさえずりが心地よく響いて、楽園のよう。歩きながら胸いっぱいに、野山の空気を吸い込んだ。
小川に手をつけてみると、その冷たさに驚いた。底が見えるくらい透明度が高く、澄み渡っている。ここにいると、自分が自然に解け込んだような気持ちになる。

湿原を見渡すビューポイントで小休止

山を眺めて、てくてく。木道が足に心地いい
湿原を見渡す小高い丘にはベンチが置かれている。お弁当を食べている年配のご夫婦の姿も。挨拶を交わし、先ほど買った笹ずしを頬張ってみる。おにぎりよりも軽やかで、酢飯の塩梅もいい。食べ進めるうちに、鼻先に笹が近づいて、香りの鮮やかさにハッとする。こうして自然の中で味わっていると、あたたかな光や澄んだ空気まで丸ごと、体が吸収していくみたいだ。
ミズバショウとリュウキンカの季節が終わると、次はミツガシワの白い花の出番。夏になるとぽわぽわとした綿毛が愛らしいサギスゲ、カキツバタ、柿色の花をつけるカキラン、そして秋が近づくとシラヒゲソウやリンドウ、サラシナショウマなどの花々が湿原を彩るという。今度は花好きの友達を誘ってみようかな。
“東山ブルー”の希望湖をめざし、ブナやカラマツの森を歩く
次なる目的地は、希望湖だ。希望湖は日本画家・東山魁夷(ひがしやまかいい)が「静映(せいえい)」という絵のモデルにした場所なのだそう。どんな風景が待っているのか、期待に胸をふくらませて森の中へ。

信越トレイルの道標スタンド。沼の原湿原の駐車場から森に入り、希望湖へと向かう

希望湖にも駐車場があるので、体力に自信がない人は車で向かうこともできる

落ち葉を敷き詰めたような深い森に、木漏れ日がきらめいている
スタートは上りが続く。足元は一面ふかふかの落ち葉、顔を上げれば、木々の萌えるような若葉がまぶしくて、そのコントラストに心が踊る。鳴き声を頼りに野鳥の姿を探したり、そよ吹く風にすがすがしさを感じたり。途中、枝がV字回復したみたいな大木もあって、自然の強さとか、神秘とか、生命力みたいなものにパワーをもらったり。森を歩きながら、セラピーを受けているみたいな感覚だった。
森に囲まれた静かな湖畔でリトリート

希望湖をモデルに東山魁夷が描いた「静映」は、県民文化会館中ホールの緞帳(どんちょう)の原画になっている

森の木々からパワーをもらう

飛び石を渡って小さな島へ行くこともできる

「次は釣り好きの友達と来て、ボートに乗ってみたいな」
目の前には、悠々と水をたたえる希望湖が広がっていた。ブナやシラカバの森に囲まれたこの湖は、斑尾山の噴火によってできたものだという。江戸時代以降はため池として利用され、豪雪が生み出した豊かな水は、今も地域の稲作を支えている。
希望湖畔には全長2.4kmのコースも整備されていて、1時間ほどでぐるりと一周することもできる。信越トレイルにはメインルートに加え、こうした寄り道的なコースもあちこちにあるのが、また楽しいところ。
木々の隙間から見えるのは、きらきらの湖面。鏡池みたいに春色の山を映して、なんて気持ちのいいところだろう。この日は人も少なくて、神秘的な風景を贅沢にもひとり占めできてしまった。湖畔のベンチでぼーっとしていたら、心がすっと晴れやかになっていくようだ。こういう時間が、ずっと続けばいいのに。
5月下旬〜10月中旬、希望湖ではボートに乗り、フナやブラックバスなどの釣りも楽しめる(2025年は5/23~10/13予定)。湖から見る森の景色も眺めてみたい。また来なくては!

ハイキングなんていつぶりかという感じだったが、大自然の中を自分のペースで歩きながら、2つの絶景と出会うことができた。 これから秋までは、山歩きのハイシーズン。また信越トレイルのどこかのセクションもゆっくり歩いてみたいな。もしかしたらトレイルにハマって全踏破してみたくなるかもしれないし、そうじゃなくても、こんなとっておきの一日が過ごせたなら、それでいい。
【今回歩いたコース】
信越トレイル:沼の原湿原~希望湖トレイル(1.9km/所要時間約30分)
沼の原湿原:周回ロングコース(2.8km/所要時間約1時間30分)、周回ショートコース(1.6km/所要時間約50分)
希望湖:周回トレイル(2.4km/所要時間約1時間)
■今回歩いたコースのMAP
問い合わせ:0269-64-3222(斑尾高原観光協会)
HP:https://www.madarao.info/
Googlemap:
https://maps.app.goo.gl/iaDveYx7pcah7NNp6(沼の原湿原)、
https://maps.app.goo.gl/wDNvdksTUzns3Qwh9(希望湖)
絶景が迎えてくれる、初心者におすすめハイク&トレイルコース
今回歩いたコースのほかにも、長野県には自然の息吹を感じながら歩ける絶景ハイク&トレイルが数多くある。初めてでも安心して楽しめる、初夏のハイキングにぴったりの2コースを厳選して紹介。
霧ヶ峰

信州を代表する絶景ドライブルートの一つ「ビーナスライン」見守るように寄り添う車山から鷲ヶ峰にかけて、なだらかな起伏が続いている霧ヶ峰高原。遠くには南、北、中央アルプスといったすべてのアルプス、八ヶ岳、富士山までをも望む大パノラマ。6月にはレンゲツツジ、7月はニッコウキスゲ、8月はマツムシソウといった可憐な花々が見られ、訪れる人々を出迎えてくれる。また、日本のグライダー発祥の地のひとつとしても知られており、タイミングが良ければ、ハイキングの途中で大空を滑空するグライダーの姿を見ることができる。
霧ヶ峰は遊歩道や木道が整備されたさまざまなハイキングコースがあり、車山肩や八島ヶ原湿原、蝶々深山といった見どころも豊富。所要時間や難易度に合わせて選ぶことができ、コースによってはスニーカーでのハイキングも可能。ただし、長時間の散策を楽しみたい人は、登山靴や、天候の変化に対応できる雨具などの準備も忘れずに。また、霧ヶ峰は標高1500~1900mの場所にあり、ふもとの街中よりも5度程度気温が低く、朝晩や天候によっては冷えることがあるため、着脱できる上着などを持参するのがおすすめ。

霧ヶ峰の遊歩道沿いでは、初夏になるとレンゲツツジが一斉に咲き誇る ©霧ヶ峰自然保護センター

青々と草花が茂る霧ヶ峰スキー場。スキー場の上には霧鐘塔がある ©霧ヶ峰自然保護センター

霧鐘塔から続く忘れ路の丘から見た八ヶ岳 ©霧ヶ峰自然保護センター

初夏にはコバイケイソウの姿も ©霧ヶ峰自然保護センター

霧ヶ峰の名前のとおり、年間を通じて霧の発生率が高い ©霧ヶ峰自然保護センター
霧ヶ峰自然保護センターを起点に、車山肩を目的地にしたハイキングコースは往復約2時間の道行き。一部に登り坂があるものの、山歩きに慣れている人だけでなく、時間に余裕をもって計画を立てることで初心者も充分に楽しめる。センター前の園地の林を抜け、大きな石が点在する道を登っていくとゴマ石山に到着。遊歩道沿いにはハクサンフウロやウツボグサといった四季折々の花が見られ、例年6月中にはゴマ石山から車山肩までの遊歩道の両脇に、レンゲツツジの花が咲く風景が広がる。
遊歩道は途中視界が開け、カボッチョと呼ばれるなだらかな山や、八ヶ岳、富士山といった見晴らしの良い風景が広がり、ゴールの車山肩では、例年7月頃にニッコウキスゲが見頃に。目の前に広がる景色や、足元の植物、遠くから聞こえる小鳥のさえずりなど、身の回りに広がる自然を目や耳や肌で感じながら、清々しい高原ハイキングを満喫しよう。
【霧ヶ峰】
散策コース:霧ヶ峰自然保護センター~車山肩(約5.5km/所要時間約2時間)など4コース
https://www.kirigamine-vc.jp/walking_course/course
【data】
問い合わせ:0266-53-6456(霧ヶ峰自然保護センター)
HP:https://www.kirigamine-vc.jp/
Googlemap: https://maps.app.goo.gl/NQgdL8FT8EEaLGkz7(霧ヶ峰自然保護センター)
美ケ原

美ケ原高原は、松本市、上田市、長和町にまたがり、日本百名山のひとつに数えられる標高2034mの美ケ原最高峰「王ヶ頭(おうがとう)」を筆頭に、王ヶ鼻(おうがはな)や茶臼山、牛伏山(うしぶせやま)などの頂を含めた標高約2000mに広がるエリア。山の上には「美ケ原牧場」と呼ばれる牛の放牧地があり、短距離から遠距離までのバラエティに富んだ高原トレッキングコースが整備されている。さまざまなコースから自分に合ったコースが選択できるほか、高低差はコースごとに異なるものの最大でも200m程度とトレッキングデビューにもおすすめ。
美ケ原高原が広がる標高2000m付近のエリアでは市街地との温度差も大きく、夏でも涼しいことが多いため、着脱できる上着の持参が必要。また、美ケ原は松本平と塩田平の間にそびえる山の影響から、天候の変化が激しいことが知られており、急な天候の変化に備えるのはもちろん、防寒対策のためにもレインウェアなどを準備しておくと安心だ。

コースの途中にある「美しの塔」 ©松本市観光ブランド課

牧場の向こうには、美ケ原電波塔の施設群が見える ©松本市観光ブランド課

王ヶ頭は美ケ原高原の最高峰。ぐるりと山岳風景が広がる大パノラマが見どころ ©松本市観光ブランド課

王ヶ⿐からは、松本平と北アルプスを⼀望できる ©松本市観光ブランド課
山本小屋ふる里館から王ヶ頭山頂を目指すコースは、片道約2時間の道のり。スタートから20分ほど歩くと、霧が多い美ケ原での遭難者を守るために建てられた、美ケ原のシンボル「美しの塔」に到着。そこから牛たちがのんびり過ごす姿を見ながら、牧場内に作られた遊歩道を進んでいくと、約40分で王ヶ頭に。山頂からは北アルプス、中央アルプス、南アルプス、乗鞍岳、御嶽⼭、浅間⼭など、圧巻の大パノラマを見渡すことができ、天気の良い日には、はるか遠くにそびえる日本の最高峰富士山を眺められることも。
少し余裕がある人は、王ヶ鼻まで足をのばすのもおすすめ。王ヶ頭から王ヶ鼻は時間にすると片道約20分で、本格的なトレッキングコースが体感できるのもポイント。王ヶ鼻は名前の通り、まるで鼻のように岩場から張り出したような形状が特徴で、山頂からは松本平と北アルプスを⼀望できる。初心者も無理のないトレッキングが楽しめる美ケ原高原周辺はドライブコースとしても人気。トレッキングの前後にはぜひ高原ドライブに出かけてみよう(ドライブ情報はこちらから:https://www.venus-line.net/)。
【美ケ原】
散策コース:山本小屋ふる里館~王ヶ頭(8.6km/所要時間約2時間)など8コース
https://img01.naganoblog.jp/usr/utsukushi2034/trekking-l.jpg
【data】
問い合わせ:0263-34-8307(松本市⽂化観光部観光ブランド課)
HP:http://www.utsukushi2034.jp/
Googlemap: https://maps.app.goo.gl/Hg1XtriupknM21ek6(美ケ原高原)
撮影/宮崎純一 取材・文/塚田真理子、児玉さつき モデル/遊
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