
果樹農家の可能性を広げる若き園主の挑戦
標高差が生む多彩な気候に恵まれた長野県。良質な水源と肥沃な土壌に支えられ、全国有数の果物王国としても知られている。10月に入り果物は最盛期、リンゴをはじめ、ブドウ、梨、柿など、旬の果実が次々と実りの時を迎えている。
県内各地に点在する果樹園の中から、まずは北信エリアで果樹園を営むフルプロ農園・徳永虎千代さんの元を訪ねた。
100年以上続くりんご農家の家に生まれ、2017年に家業を継ぎ「フルプロ農園」として法人化。引き継いだ当初、りんご畑はわずか5ヘクタールほどだったが、現在は長野市、須坂市、小布施町にまたがり、15ヘクタールにまで広がっているという。
「農家さんはどこも高齢化が進んでいるので、地域の跡継ぎを担う形で引き継いでいます」

そんな徳永さんの思いを象徴しているのが、2024年11月にオープンした「piqne-niqne garden&cafe(ピクニックガーデンアンドカフェ)」。この場所で長く観光農園として営業していた「小林農園」のりんご園を引き継ぎ、アップルライン沿いという恵まれた立地を生かし、カフェとして生まれ変わらせた。
「地域の方の農園を引き継ぐかたちで農園も少しずつ広がっていき、生産量も増えてきたんです。でもそのぶん、規格外品も多く出てしまい、全体の1割くらいは廃棄せざるを得ない状況でした。なんとかできないかなと思っていたときに、小林農園さんから『この場所を引き継いでくれないか』と、声をかけていただいたことが、カフェをオープンするきっかけです」
そしてもう一つ。
「観光農園としてリンゴ狩りもやっているんですけど、食べ放題込みで料金が500円なんです。ちょっとびっくりするくらい安いですよね。だからこそシーズン中は本当にたくさんのお客さんに来ていただけるんですが、せっかくならもうちょっと長く滞在してもらいたいなと思っていて。自社の果物を使ったメニューを提供できる場所があったらいいなって、ずっと考えていたんです」

「蛇口から出るりんごジュース」(Sサイズ200円、Mサイズ300円)。お客さん自ら蛇口をひねり、りんごジュースを注ぐ体験ができる

加工場も併設しジャムやドライフルーツを製造。ジャムは400円。リンゴのほかに桃やネクタリン、りんごバターなどもある
店内では季節の果実や地元の素材を使ったランチやスイーツを、ゆったりと味わうことができる。そしてもう一つの魅力は、果樹園の中で楽しむ“ピクニック”体験だ。
「リンゴの木の下でのんびり過ごしたりするだけでも、すごく贅沢な時間になりますよね」と徳永さん。
木々に囲まれた開放的な空間で果物の香りに包まれながら過ごすひとときは、ここならではの特別感あふれる時間だ。

「手ぶらでOK!お手軽ピクニックセット」(1,800円)。サンドイッチ、サラダジャー、ドリンク、旬の果物。シートやカトラリーなど一式がセットになっている(予約優先)

10月は年間でもっとも多くの品種が出回る時期。長野県が誇るオリジナル品種「りんご三兄弟®」秋映、シナノスイート、シナノゴールドの食べ比べも楽しめる

広大な敷地内にはリンゴ園のほかにクリ園もあり、小布施栗のクリ拾い体験も受け付けている。カフェでもクリを使ったスイーツが登場予定
「piqne-niqne garden&cafe」やフルプロ農園がある赤沼、豊野地区は、2019年の台風災害で甚大な被害があった場所。
「家は浸水し、父親は2階からヘリコプターで救出されました。本当に多くのボランティアの方に助けていただいて…。それがなかったら復旧できていなかったです」
徳永さんをはじめ、被災したリンゴ農家や地域の人々、ボランティアなど多くの支援者が力を合わせ、アップルラインの復興に取り組み、今がある。
「台風など自然の天候はどうしても避けられない。だからこそ加工場が必要なんです。近年は温暖化の影響でロス率も高まっています。そうした状況の中で、私たちが果実の加工品としっかり向き合うことで、これまでの農家のやり方とは異なる新たな化学反応を生み出し、良いビジネスモデルにつなげていければいいなと思っています」

カフェの入口に向かって右手の建物では、果物狩りの受付や地方発送などを行っている

国道18号線沿いに広がるりんご畑の一大産地を指す通称“アップルライン”に2024年11月5日(いいリンゴの日)にオープン
〈piqne-niqne garden&cafe(ピクニック ガーデンカフェ)〉
住所:長野県上高井郡小布施町吉島2890
営業時間:11時~16時(フードは15時LO)
定休日:木曜
HP:https://frupro.jp/cafe/
Google Map:https://maps.app.goo.gl/SF7R65LTCxWPstQJ8
南信州の果実と風景を未来へ紡ぐ
果実の香りに導かれ、次に向かったのは南信州・松川町にあるマルカメ果樹園。2024年からこの園を率いるのは、若き園主・北沢毅さんだ。
北沢さんの経歴は少々ユニークだ。
北海道大学農学部を卒業後、すぐに家業には入らず、就職した先は野村證券。
「大学時代にいろんな農家を訪ねる機会があったんですが、きちんと経営に向き合っているところって、意外と少ないなと感じていたんです。それで、まずは経営をしっかり学ぼうと思い、野村證券に就職しました」
野村證券で培った経験と学びをもとに、帰郷し就農。代表を務めるまでは、営業と販売担当に就いていた。
「私で4代目になるのですが、今の果樹園の原型は先代の頃にはすでにできていたんです。市場にはほとんど出さず、果物狩りや自社直売所での販売を通して一番良い状態の果物を届ける“直売メインの体験型果樹園”というスタイルです」

「私たちが取り組んでいるのは、昔からのお客様を大切にしながら、新しい客層にも来てもらえるような工夫です。表には見えにくい部分ですが、ホームページを充実させたり、データを分析して今後の方向性を考えたりしています。これまで予約は電話やファックスで受けていたんですが、ネット予約のツールを導入したことで、年間の動きも比較できるようになりました」

ナシは洋ナシ含め7種類を栽培。おすすめは南信州の品種「南水」。南信州の寒暖差が育む糖度の高さが特徴だ

リンゴ狩り・ナシ狩りは8月下旬から11月下旬まで楽しめる(ナシ狩りは10月初旬まで)。「品種や時期によって味わいが異なるので、ぜひスタッフにおすすめを聞いてみてください」(北沢さん)

「今年は雨が少なかったので実は小振りですが、甘さは凝縮しています」と北沢さん。先代が築いてきた礎をブラッシュアップし次世代へ繋げていく
マルカメ果樹園の果実は、生食用としても人気だが、加工品のクオリティ、特にシードルに関しては高い支持を集めている。
「シードル醸造は6年前からはじめました。それまでも委託で作ってもらっていたのですが、やはり“自分たちの味”をつくりたいと思い、醸造所を立ち上げたんです」
自社果樹園で育てたリンゴを使ったシードルは、国内外の品評会でも高く評価されている。なかでも注目すべきは、国際的なシードルコンクール「フジ・シードル・チャレンジ」において、2024年に「最優秀ノンヴィンテージ・シードル賞(Trophy for Best Non-Vintage Cider)」を受賞したこと。果実づくりへの誠実な姿勢と丁寧な醸造が、国際的な舞台でも認められた瞬間だった。
現在は、受賞作の「マルカメシードル 低アルコール甘口」をはじめ、甘口・辛口・原料の品種構成を変えたタイプなど、約10種類を製造。シードルをはじめ各加工品は併設のショップで購入できる。

リンゴを使ったオリジナルのタレ「焼肉のたれ」(小520円、大780円)も人気

シードルの醸造責任者は弟の寛さんが務めている

ショップではシードル、ワイン、ジュース、ドライフルーツなどを販売。4月~12月はシードルの試飲も行っている
北沢さんの挑戦は、まだ続く。
2026年初旬をメドに、古民家を改修したゲストハウスのオープンを予定している。
「もともとは初代(曾祖父)が住んでいた家で、長いこと物置になっていた場所を自分たちの手でリノベーションしたんです。この場所の目的は二つあって、一つは果物狩りに来てくださったお客様にゆっくり過ごしていただくための場所として。もう一つは、季節労働者の宿泊場所として。ハイシーズンになると、この地域では一斉に働き手が必要になるのですが、県外から来てもらうにも宿泊施設が少なくて。住み込みで働いてもらえる場所としても、必要だったんです」
一般の受け入れは果実のシーズンが終わり、落ち着いた頃を予定。
「ただ泊まるだけの場所ではなく、うちの果物をしっかり味わっていただきたいと思っています。昼間は果物狩りやバーベキューを楽しんでいただいて、夜はシードルを飲みながら。果樹園を眺めてゆっくり過ごしてもらえたらうれしいですね」

仲の良いカフェのオーナーに空間デザインを依頼。共有スペースであるキッチン。右がトイレとシャワールームになっている

古材を巧みに生かしたゲストルーム。2~3名まで宿泊できる部屋が2部屋そろう
「農業は自然災害には逆らえない。台風が一発直撃するだけで、その年の売り上げに直結してしまう。そのために加工品をつくったり、販路を広げたりなどの対策を行うことで、被害を最小限にできると思っています」
自然災害に負けない経営者でありたい、と北沢さん。
「この果樹園が広がる風景そのものに価値があると思っているので、環境を丸ごと味わっていただける場所にしたいんです。果物を“つくって売る”だけではなく、楽しさを提供する“エンタメ型の農家”として、果樹園の可能性を広げていきたいと思っています」

果実狩りの際はここで受け付け。リンゴ・ナシ狩りは、中学生以上1,500円、3歳~小学生1,000円、3歳未満無料(時間制限なし)

おとなしく人なつっこいヤギのしろとくろ

おいしいリンゴを食べてすくすく育っている陸ガメのガーちゃん
感性と行動力を備えた二人の若き園主が、今の時代に合った果樹園のあり方を模索しながら、少しずつその可能性を広げている――。二人の話を聞き、長野県の果樹園の未来は明るく、これからも豊かに続いていく予感がした。
〈マルカメ果樹園〉
住所:長野県下伊那郡松川町大島3347
電話番号:0265-36-2534
営業時間:9時30分~16時(季節により変動あり)
定休日:火曜(12月~4月は土・日曜のみの営業)
HP:https://marukame.shop/
Google Map:https://maps.app.goo.gl/ThPcRWhtkJWX75jC6
撮影:宮崎純一 取材・文:大塚真貴子
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