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新しいジブン発見旅-櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日)第43話 『伊那谷の豊かな人形文化 妖しくも美しい“どんどろ流”を体験する旅へ』

長野県南部に広がる大きな谷、伊那谷エリアは、江戸時代から脈々と続く人形文化が盛んな地。中でもひときわ独特の世界観を醸し出すのが、“どんどろ流”だ。その人形制作を体験する旅に出よう。

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南アルプスと中央アルプスの美しい山々に囲まれた、南北に伸びる盆地である伊那谷。このエリアでは古くから芸術文化が盛んで、江戸時代に伝わった「人形浄瑠璃」はその代表格だ。現在も4座が残り、伝統芸能を守り続けている。

古くから人形文化が醸成されたこの地では、毎年8月になると日本最大の人形劇の祭典『いいだ人形劇フェスタ』が開かれる。伝統的な民俗芸能はもちろん、世界各地から集まったアーティストによる多彩な人形劇を見ることができ、たくさんの人形劇ファンが訪れる地だ。

そんな人形あふれる伊那谷で、ひときわ独特な雰囲気を纏った舞台をするアーティストがいる。ひとかた人形師、“百鬼ゆめひな”こと飯田美千香さんだ。

故・岡本芳一氏が創作した、等身大人形とともに舞台に立ち妖しくも美しい世界観を作り出す一人劇と呼ばれるスタイル、“どんどろ流”。その活動を引き継ぎ、自ら舞台に立つだけでなく、さまざまなワークショップも開催している。今回は彼女の主宰する人形・面教室を通じて、その世界を体験する旅に出かけることにした。

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駒ヶ根インターチェンジから20分ほど。しばらく車を走らせると、だんだんとのどかな景色に変わってくる。豊かな自然に抱かれた古民家が、今回の会場でもあるアトリエだ。出迎えてくれた飯田さんに促され一歩踏み入れると、入り口でたくさんの人形たちが出迎えてくれた。

師の時代から同じ場所で人形制作や稽古を続けているのだそうで、展示スペースに飾ってあるのは岡本氏の使っていた人形だ。その迫力ある表情に、思わず目が釘付けになる。ひとつひとつの顔は生きている人間のように違い、それぞれ違った口調で喋る様子が勝手に脳内に浮かんでくるようだ。

「行き詰まった時や悩んでいる時、この人形たちの前に来ると不思議と解決してしまうんですよ」と、飯田さん。彼女にとって師は大きな存在で、今なおその教えが全ての礎になっている。“どんどろ流”をより多くの人に広めたいという思いから、ワークショップなどを精力的に開催しているのだという。

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今回参加したアトリエでの人形・面教室では、人形の顔を作るところから始まり、その人形を操演して表現することが最終的なゴールとなる。というのも“どんどろ流”では、人形とともに舞台で演じることだけでなく、人形を作るという工程もとても大切なもの。飯田さんも、自分自身の手で人形を作っている。

「師匠は、人形は人の形をした“器”だと話していました。舞台を見ている人の魂が入るもの、だから私は演者でもあるけど、器を作ることも同じくらい大切にしています。作った人形に名前をつけることはありません。私のものではなく、神様が降りてくる依代のようなものだから」

演目があり、それに合わせて人形を作るのかと思いきや、実は必ずしもそうではない。人形が自ら語り出して演目が出来上がるのが理想的な形だという。人形を見ていると頭の中で勝手に声が再生されるのも、もしかしたらそういうことなのかもしれない。

私が作った人形は、一体どんな声で語りかけてくるのだろう。わくわくする気持ちとともに、早速人形作りに取りかかろう。

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今回は3日間というという短期間でマンツーマンでみっちり教えていただくスタイルの特別カリキュラム。時短のために発泡スチロール製のマネキンを利用し、頭部を完成させるところを目指す。

事前に自分でウィッグを用意して、なんとなく作りたい人形をイメージしておいたので、ぼんやりとしたキャラクターは出来上がってきたが、まだ実感は沸かない状態だ。作っているうちに、人形が語り出すのを期待しつつ、作業を始めることにしよう。

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まずはマネキンの頭に和紙を貼り付け、土台を作る。昔の和紙の方が繊維がしっかりとしているため、あえて古いものを使用。乾いたら一層目の粘土を薄く全体に伸ばし、再び乾かす。乾くのを待つ時間に、胴串(持ち手の部分)を作ったり他の作業をしたりと、同時並行でやっていく。なかなか複雑な時間割だ。

作業場にはたくさんの道具が並び、机の前に置かれた椅子に座ると、まるで職人になったような気持ちになる。これらの道具や使用する素材は、今までの経験から導き出されたもの。岡本氏の時代からのものはもちろん、試行錯誤を繰り返しながら、今なお進化し続けているのだとか。

「この世にないものを作るんで、自分でやるしかないんですよ」

人形はもちろん、人形の持つ道具なども、手作りだ。慣れた手つきでノコギリを使ったり、必要な作業に応じて道具を選んだり、作業場での飯田さんの動きには無駄がない。“どんどろ流”人形師は、演じることだけでなく、作ることにも長けていなければ務まらないのだ。

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粘土や塗料を塗っては乾かしを繰り返して、人形の顔立ちを様々な角度から眺めて調整する。左右均等に立体的な造形を整えるのは、なかなか難しい。塗りの合間には、できるだけ滑らかな肌を作り出すために、丁寧に表面を磨く作業が何度も入る。粉を吸い込まないように屋外でマスクをつけて、ひたすら頭部にやすりをかけていくのだ。

時間もかかるし根気もいる作業だが、美しい景色の中でリズミカルに手を動かしていると、心身ともにリラックスしてくる。そして気づけば、あっという間に時間が経っている。人形に向き合いながら、この人はどんな人なんだろう?と思いをめぐらせていると、最初には感じなかった親近感が、不思議と湧き出てくるのもおもしろい。

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作業の手解きを受けながら、飯田さんにはいろいろな話を聞かせてもらった。アーティストとして生きること、芸術をつないでいくこと、世界各国を師と公演で巡った旅のこと。そのどれもが、人生の悲喜交々が詰まったドラマチックなものだった。

そもそもの始まりは、テレビで偶然見た岡本氏の“どんどろ流”の世界に心奪われたことから。当時働いていた会社をやめ、いきなりこの飯島町へ移住し、舞台の世界へ飛び込んだ。その行動力もさることながら、そこまで人を突き動かす“どんどろ流”の美しさ。その人にとって唯一無二のものを見つけてしまえば、他のものなど目に入らなくなるのかもしれない。

アトリエで作業している途中、訪ねてきた“どんどろ流”に関わる人たちもまた、元々演劇などに興味があったわけではないにも関わらず、独特の世界観に魅了されたのだという。

彼らも、もはや舞台を観るだけでなく、自ら人形を作ったり、舞台に立ったりとそれぞれのやり方で“どんどろ流”に向き合っているのだと話してくれた。人々を惹きつけてやまないこの世界観の根源は、どこからきているのだろう。

「人形って、死体みたいなものなんです。でも舞台に立てば、人形は“生”へ向かい、演者は“死”へと向かっていく。この均衡がゾクゾクするんだと思うんです。ただ、死の匂いがするから、人が本能的に忌避するものでもある。だから、爆発的に人気が出るようなジャンルじゃないんですけどね」

“生と死”は、人形を語る上では外せない。人形の表情を作る時にも、顔はニュートラルであるのがよいと教えてもらった。例えるなら、「あのね」という直前の顔。表情や視線を固めずに、プラマイゼロの状態。そうすることで、舞台上ではどんな感情も表現できるのだそう。

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私の作った人形は、どんな表情になるのだろう?いざ筆を取って真っ白な顔に向き合っていると、ぼんやりと目の形が浮かんでくる。イメージは、某化粧品のポスター。ああ、あなたはこういう顔の人なのね、と自然とそれを受け入れる。

長い時間人形に触れていると、その過程が不思議な感覚のような気もするし、当たり前のような気もしてくる。ひとり作業場で色を施すこと2時間弱、仕上げに飯田さんがニスで目に光を宿して、ようやく人形が完成した。

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出来上がるやいなや飯田さん、この人はどんなところにいそうかなあ、と考え始める。ウィッグを被せ、用意してくださった衣装を飯田さん作の胴体部分と合わせると、とても華やかな姿になった。その変貌ぶりに惚れ惚れしていると、「今日は巳の日だから日が暮れる前に弁天様に行こう」と人形を車に乗せて連れ出してくれた。

赤い鳥居と太鼓橋のある、木々の生い茂る神社。神様に挨拶を済ませ、撮影のために飯田さんが人形を持つ。すると、先程までは動かなかった人形に、一気に“生”が宿り始める。まるで本当に存在している、誰かのように。そのあまりの鮮やかさに心を打たれ、言葉がうまく出てこない。

撮影をあらかた終えて振り返ると、日が暮れ始めて中央アルプスがピンク色に染まっていた。時を超えて繰り返す、自然の営み。生と死、そのどちらもが重なって生まれる、この景色。私たちの手の届かない、連綿と続くグラデーションを見ながら、頭だけで聞いていた飯田さんの話が、にわかに腑に落ちた気がした。

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今回は頭部だけの制作で終わってしまったが、表情を出すのに重要な手と胴体を完成させて、実際に操演することが次のステップだ。“どんどろ寺子屋”と名付けられたコミュニティでは現在10名ほどのメンバーが同じく人形制作から操演、舞台制作までを行なっているという。また、個人的に教室に通い職場などのイベントで演じる人もいるのだそう。

改めて色々な感情や思考が生まれた人形制作。この後の制作ではどんな感覚が湧き起こるのだろう、そんな期待を抱きながら、作った人形とともに帰りの車に乗り込んだ。

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『百鬼ゆめひな』

故・岡本芳一氏(百鬼どんどろ)が創作した“どんどろ流”の継承者。国内外での公演のかたわら、伊那谷を中心に様々なワークショップを開催。アトリエで開かれる人形・面教室では、自分のペースで人形制作から操演までを学ぶことができる。国内最大の人形劇フェスティバル『いいだ人形劇フェスタ』にも毎年出演、精力的な活動から目が離せない。
https://www.yumehina.com/2021/


取材・撮影・文:櫻井 麻美

<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、エッセイスト。世界一周したのちに、日本各地の農家を渡り歩き、2019年に東京から長野に移住。ウェブや雑誌での執筆のかたわら、旅と日常をテーマにZINEなどの個人作品も出版している。
https://www.instagram.com/tabisuru_keshiki

 

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