新しいジブン発見旅-櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日)第42話 冬、見渡す限りの白い世界を滑る 黒姫高原 『童話の森スノーウェーブ』
黒姫山と妙高山を望む雄大な景色を楽しみながら、クロスカントリースキーを楽しむ冬の一日。『童話の森スノーウェーブ』へ出かけよう。
信州は、冬が一番美しい。住めば住むほどそう思う。もちろん寒さは厳しいけれど、いやむしろ、だからこそ際立つのだと思う。 透き通った青い空、遠くに見える雪化粧をした山々。太陽の位置と共にその色が変化していくさまは、ずっと眺めていても飽きない。
県内の景色は多様で、エリアごとに異なる魅力を持っている。特に積雪量が多い信濃町は、冬になれば一面が雪で覆われる場所だ。中でも多くの人を魅了するのが、童話とゆかりが深い、黒姫高原。
私が初めてその地を訪れたのは、春だった。芽吹き始めた様々なトーンの緑が山を彩り、そよぐ風と共に揺れる水仙の黄色に、地面は覆われていた。優しくて、柔らかくて、包み込まれるようなその景色。一目見ただけで、心を掴まれた。
ミヒャエル・エンデ、松谷みよこの作品を展示する『黒姫童話館』や、『いわさきちひろ黒姫山荘』がこの地にあるのも頷ける。物語の中に出てくるような世界さながらだ。
そして今回訪れるのは、冬真っ只中。雪の時期に訪れるのは初めてだが、輝くような景色が待っているに違いない。冬季は『黒姫童話館』がクローズし、代わりにクロスカントリースキー場『童話の森スノーウェーブ』がオープンするという。せっかくなのでクロスカントリースキーとともに、黒姫高原を堪能しよう。

ところで、ウィンタースポーツのメジャーどころといえばやっぱりスキー&スノーボードだが、今回はあえてのクロスカントリースキー。それには理由がある。実を言うと、高いところから滑り降りるというあのスリルが、どうしても怖いのだ。派手に転んで、骨を折る未来しか見えず、今までずっと避けてきた。
しかしそのおかげ(?)で、新しい冬の楽しみ方をたくさん見つけることもできた。スノーシューを楽しんだり、雪山トレッキングにチャレンジしたり。そして今回満を持して挑むのが、クロスカントリースキーなのだ(そう、つまるところ全くのスキー初心者だ)。
クロスカントリースキーは斜面を滑り降りるのではなく平坦な道がメインで、雪道を歩くように滑ることができる。スピードがそこまで出ないので、周りの景色をゆったり楽しめるという。聞けば聞くほど、私が求めていたものにぴったりだ。やっとスキーができる、と期待に胸を膨らませながら、旅に出た。

意気揚々とスキー場に着くと、コースから上がってくる、ひと滑り終えた後のスキーヤーの姿。とても手慣れていて、装備も本格的。明らかに熟練者だ。私なんぞがここへきて本当に大丈夫だろうか、という不安がよぎる。しかし受付で温かく迎え入れられ、その不安は一気に吹き飛んだ。
スタッフの方曰く、クロスカントリースキーは基本的な動きを覚えれば、初心者でも楽しめるスポーツなんだそう。見慣れない道具を興味津々に眺めていると、丁寧にひとつひとつ教えてくれた。そして施設内から黒姫山と妙高山のパノラマビューを望みながら、初心者にもおすすめのコースを聞く。基本的に傾斜も少なく通常のスキーに比べればスピードも出ないので、転んでも大怪我にはなりにくい。
道具一式を丸ごとレンタルし、こんな調子で初心者丸出しの質問をしていると、「よかったら、滑り方を教えましょうか?」と後ろから声がした。振り向くと、先ほどのスキーヤーの方だった。願ってもない提案に、思わず小躍りする。
「いつもだったらもう上がるのだけれど、今日はもう少し暖かくなってから帰ろうと思うから」と、快くコーチを引き受けてくれたこの男性は、なんでもバイアスロン(クロスカントリースキーとライフル射撃を掛け合わせた競技だ)の選手。さらにはインストラクター資格まで所持しているという。どうりで身のこなしが軽やかなわけだ。それにしても、なんという幸運!
スタッフの方も「ラッキーでしたね」と、ほほ笑む。ああ、なんて優しい世界なんだろう。

クロスカントリースキーはヨーロッパでは盛んではあるが、日本ではまだまだマイナーな競技。いろんな人に気軽に楽しんでもらいたいから、こういう声かけや優しさは愛好者の中ではよくある光景なのだという。とっても温かい。人との出会いは、そのスポーツの印象や喜びを大きく左右するもの。まだ滑る前なのに、すっかりクロスカントリースキーを好きになってしまった。

身長に合わせて道具を見繕ってもらい、コース手前の広場で練習することになった。基本の「き」から教えてもらおう。まずは「歩く」「滑る」「止まる」「登る」。洗練されたコーチの動きとは程遠い体の使い方ではあるが、何度も繰り返す。しばらく練習した後、じゃあ、行ってみましょうか、という声と共に、いよいよコースに進出。さあ、記念すべきクロカンデビューだ。

クロスカントリースキーにはクラシカルとフリーと呼つばれる区分がある。クラシカルではカッターと呼ばれる2本の溝に板を入れて滑っていくので、コース上には進路を導くように溝が続いている。ここに沿っていけばいいという安心感が、初心者にはありがたい。
段々と慣れてきて余裕が出てくると、下を見ずに走れるようになってきた。思い切って顔を上げれば、目の前に広がるのは絶景。ああ、そうだった、ここは黒姫高原だ。

この景色の中を悠々と滑っていくのは、なんとも心地よい。冷たい風を真正面から受けることですら、体が喜んでいる。それはそうと、前を走るコーチの姿。見惚れてしまうほどスムーズだ。こんなに滑れたら、きっともっと気持ちがよいのだろう。
ふと気づけば、目の前には冬木立。『童話の森スノーウェーブ』には森の中のコースがあり、流れる小川や『御鹿池』を眺めることもできるのだ。高い山の上から眺める景色もいいが、こんなふうに森の中を探検するのも楽しい。

時々止まって、森を見渡す。私たち以外は、誰もいない。雪で作り出された静寂に風が吹いて、枝が擦れる音が響く。空からは眩しい陽の光が降り注ぎ、木々の間から白い雪を照らしている。
進んだり止まったりを繰り返しながら、いよいよ森を抜ける時、再び荘厳な山々が見えてきた。その姿に、また歓声をあげたくなってしまう。何度見たって、新鮮な感動。神々しさすら感じるほど。
スタート地点に戻る頃には、すっかり幸福感に包まれていた。これもコーチの先導のおかげだ。改めてお礼を伝えると、「一通り滑れるようになったと思うから、あとは自分で好きなように楽しんでね」という言葉を残し、颯爽と滑り去っていった。最後までさりげない。心も体も、自然と温まっていた。
さて、ここからはひとりの時間。再び感覚を掴むように、コースへと繰り出す。先ほどまではほとんど転ばなかったし、少しばかり上達したように錯覚していたが、ひとりになった途端に何度も雪上に尻もちをついた。しかし、それもウィンタースポーツの醍醐味。気づかなかった足元の雪の透明感を間近で見て、このきらきらを持ち帰れたらいいのに、と叶わない願いを抱く。

何度か転んでは立ち上がり、先ほどとはまた違うコースへ。ここもまた森の中の平坦な道だ。ゆったりとした気持ちで景色を楽しんでいたら、木々の隙間から遠くにまちが見えた。あ、まちだ。そう誰かに伝えたい気もしたが、ここには私ひとりしかいない。自分の中だけで、その発見を噛み締める。
この道の先は、もしかしたら先ほどとは違う世界に繋がっているのかもしれない。そんな風に思わせてくれるのは、やっぱりここが童話の森だから。この白い世界の先にある、自分しか知らないまちの物語を想像しながら、夢中でスキーを滑らせた。

『童話の森スノーウェーブ』
12月下旬からオープンするクロスカントリースキー場。レンタルはもちろん休憩室や更衣室も完備、全日本スキー連盟公認の本格的なコースレイアウトを楽しめる。なにより、黒姫山と妙高山を見渡せる景色はここならでは。クロカンデビューにもおすすめ。(2026年は3月22日が最終営業日予定)
https://douwakan.com/snowwave
取材・撮影・文:櫻井 麻美
<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、エッセイスト。世界一周したのちに、日本各地の農家を渡り歩き、2019年に東京から長野に移住。ウェブや雑誌での執筆のかたわら、旅と日常をテーマにZINEなどの個人作品も出版している。
https://www.instagram.com/tabisuru_keshiki
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