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新しいジブン発見旅ー櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日) 第17話 雪まだ恋し。北八ヶ岳の白銀の世界へ スノーシューで出かけよう

北八ヶ岳ロープウェイに乗りスノーシュー体験ツアー、お昼にはテントの中で温かいご飯とコーヒーを。冬しかできない体験へ、出かけよう。

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スキーじゃなくて、スノボでもなくて、スノーシュー

 

「スキーにたくさん行けていいなあ。」

長野に住んでいると、よくこう言われる。だがいつも、私は、上手く言葉を返すことができない。なぜなら、スキーもスノボもできないからだ。

雪山を楽しむ人たちのことが、正直に言えば、少し、うらやましい。きっと、すいすい滑れたら気持ちがいいし、リフトで上った後に山の上から見る景色も、最高だろう。でもやっぱり、なかなか一歩踏み出せない。景色も見たいし、体を動かすのも好きなのだが、いかんせん、坂道を猛スピードで降りていくことに対する恐怖心の方が、勝ってしまうのだ。もっと、ゆっくりと、冬の長野の景色を楽しみながら歩きたい。私も、雪山を楽しみたい。そんな中、目に飛び込んできたのが、スノーシューだ。

スキーじゃなくて、スノボでもなくて、スノーシュー。なんだか響きもかわいいし、なにより“歩く”というのが、良い。冬の楽しみ方への新しい可能性の扉が開くかもしれない。そんな期待と共に、早速体験ツアーに申し込んだ。ついに私にも、雪山デビューできる日が来る。待ちに待ったこの瞬間を迎えることに、楽しみと緊張が入り混じった、そわそわした気持ちで、人生初のスノーシューツアーに出かけるのだった。

北八ヶ岳ロープウェイに乗って、雪山へ

北八ヶ岳ロープウェイ。ここがツアーのスタートだ

実をいうと、スノーアクティビティだけでなく、登山も初心者の私。雪山に行く前に山向きの服装をそろえる必要があった。今回ツアーのガイドをお願いしたのは、『Camp North Outdoor Support』の中島さん。私の質問攻めのメールにも、ひとつひとつ丁寧に、わかりやすく説明して下さり、そのおかげで、無事に一式を登山用品のオンラインショップで揃えることができた。会う前からすでに、絶大な信頼感である。

集合場所は、北八ヶ岳ロープウェイ。駅に到着すると、色々な格好をした沢山の人が、駅に吸い込まれていくのが見える。スキー、スノボ、登山など、ロープウェイを利用する人の目的は様々だ。

駐車場で中島さんと、他の参加者の方と合流する。こまめに連絡をくださった中島さん、お会いした時にも気さくに話しかけてくれ、初めて会った気がしないくらい、リラックスした雰囲気でツアーの始まりを迎えることができた。都内からいらしたという60代のご夫婦と合わせて、4人で雪山を歩く。駐車場ではまず、雪山に行く装備品の準備からスタートだ。

初心者コースに申し込んだと言えど、雪山には変わりない。それぞれ万全の準備を整える。お昼に食べるインスタント食もランチジャーに入れ、リュックにしまう。全てを合わせると、ずしりとした重みだ。重ね着もしているのでいつもよりも動きにくさを感じるが、厳しい自然の中では私たち人間は非力な存在、これくらいしなければ、足を踏み入れることすら難しいのだ。そう思うと、自然への畏怖を改めて感じる次第だ。

トイレを済ませ、10時発のロープウェイへ乗り込む。はるか向こうまで続く稜線に、いよいよ気持ちも高まる。偉大な自然の前に、普段の感覚も、少しずつそぎ落とされ、人との距離感も、変化していくのを感じる。というのも、駅でツアーのメンバーと談笑していると、いつのまにか他のグループの方が話に参加していたり、隣に立てば、今日はどのルートへ?などと話しかけられたり、ここにいる人がみな、分け隔てがないからだ。これが、私にはとても新鮮な体験だった。でも、なぜか、心地よい。私たち、同じ人間ですね、お互い自然の中で、力を合わせて生きていきましょう。そんな気持ちになる。

そんなこんなで、ロープウェイの中でたまたま隣になった人と話をしていると、あっという間に山頂の駅に到着した。一歩外に踏み出すと、そこは白い世界。ついに来た、雪山だ。

一面、白銀の世界へ踏み出そう

美しい、一面の白銀世界

人は美しい自然の景色を前にすると、勝手に声が出る仕様になっているのかもしれない。わあ、と感嘆の声を漏らさずにはいられないほど、その景色は日常のそれとは程遠い。

「じゃあこっちに来て、スノーシューを履きましょう。」

その場に突っ立っている私へ、中島さんが声をかける。ちなみに一緒に山を歩くご夫婦は、都内に住んでいるにも関わらず、長野在住の私よりもはるかに長野の山に関する知識をお持ちのお二人で、スノーシュー経験者でもある。皆さんに後れを取らぬよう、気を引き締める。

「板を踏まないように、少し左右に足を広げながら歩いてくださいね。あまり大股にしないのもポイントです。ペンギンのように歩きましょう。」

ペンギンを頭に思い描きながら、歩みを進める。最初は慣れない動きで、余分に力が入っている感じがしたが、しばらくすると段々と、動作を繰り返すことにも慣れてくる。次にペンギンを見る時には、以前よりも尊敬の気持ちを持って見ることができそうだ。

雪山に踏み出し、ザッザッと歩き出す。しばらく歩いたら、途中で立ち止まり、自然の成り立ちや歴史、木々の特徴などを中島さんが教えてくれる。その都度、世界はまだまだ知らないことが沢山あるなあ、と感じ入る。私の生きている世界なんて、ほんの狭い範囲に過ぎない。と思うと同時に、知らない世界を知ることへの喜びが、あふれ出す。そしてまた、歩き出す。このザッザッという定期的な音が、段々と心地よくなっていく。立ち止まった時の静寂や、たまに聞こえる鳥の声が、より際立つのが良いのだ。

最近は雪山登山の人気が高く、ここ北八ヶ岳でも、冬の登山客が増えていると、中島さんが教えてくれた。確かに登山道では沢山の人とすれ違った。スノーシューだけでなく、アイゼンを履いた人、スキー板を履いた人など、色々な人がいる。でも、ひとつ共通しているのは、みんなが雪山を楽しんでいる、ということ。晴れやかな顔をして、こんにちは、と挨拶を交わす。その度に、その楽しさを分かち合っているような気持ちになる。

新雪の森の中を歩くと、思い思いに枝を伸ばした樹木を見ることができる。特にダケカンバが群生しているところは、色が明るく、パッと華やぐ。この日はあいにくの空模様だったが、青空の時には、さらにその色が映えると教えてもらった。

「三又の木には昔から神様が宿ると言われて、木こりたちも絶対に切らなかったそうですよ。」

私たちよりもはるかに長生きをしている、目の前にある大きなダケカンバ。上の方は四又に分かれている。もしかしたら、この木にも神様がいるのかもしれない。雪原にはキツネやウサギ、カモシカなど様々な種類の足跡が残る。姿は見えないが、足跡の様子から、彼らの森での暮らしを想像してみる。すると、厳しい冬の森では特に、そこに生きる命の営みが輝いて感じられる。そして、人間という存在についても、やはり自ずと考えさせられる。

真っ白な雪山をただ、歩く。それだけなのに、日常の中で普段見落としている、または意図的に隠されている、色々なことに気づく。言葉に表せることも、そうでないことも。それはおそらく、夏の山での体験とは違う。全てを覆いつくす雪だからこそ、もたらされるものなのかもしれない。

雪原にテントを張って ぽかぽかランチタイム

雪原にテントを張ってランチタイム

雪山にいると、あっという間に時間が過ぎる。時計を見ていないので正確には分からないが、おそらく2時間くらい歩いたのだろう。今日の目的地である「雨池」に到着した。木々の間を抜け、ひらけたその景色を目にすれば、きっと誰もが感嘆するに違いない。
夏にも来たことがあるというご夫婦は、その景色の違いにとても驚いていた。冬の「雨池」は一面真っ白な雪原で、さらにこの日は雪が舞い、とても幻想的な景色だった。ちょうど昼時だったので、他のグループもランチを楽しんでいる。「やっと来たね、お疲れ様。」とねぎらいの声をかけてくれたのは、ロープウェイで出会った登山者だ。思いがけない再会に、心が温まる。

中島さんが張ってくれたテントの中に入り、ホッと一息つきながら腰を下ろす。中には雪を掘って作ったテーブルがあり、4人でL字の形に座る。ランチジャーに用意してきたインスタント食にお湯を注ぎ入れれば、ホカホカのご飯ができ上がる。雪の上で食べる温かい食事は、本当においしい。保温容器のおかげで、心も体も暖かさで満たされた。
ご飯の後は、バーナーでお湯を沸かし、コーヒータイム。持ってきたチョコレートと一緒に口に流すと、とても贅沢な気分を味わえる。コーヒーを飲みながら、中島さんとご夫婦と共に、世界各地の旅の話に花が咲く。北欧やアラスカのオーロラ、スペインの巡礼路など、皆さんの旅の思い出や、これから行きたいと思っている国について。まるで、旅の途中のゲストハウスにいるような気持ちで、旅慣れた皆さんのお話に、楽しませてもらった。旅先でのこういう出会いは、本当に楽しい。ここは北八ヶ岳の雪の上だが、テントを開ければ、そこにオーロラが見えるような気がするほどだ。

のんびりおしゃべりをした後に外に出れば、さっきまでいた他のグループはもう既に出発し、誰もいなくなっていた。

「さあ、私たちも、戻りましょう。」

再び中島さんを先頭に、ロープウェイの駅をめざして歩き出す。

雪山は、楽しい

もう一度スノーシューを履いて、来た道を戻ろう

下ってきた道を上ると、少し息が上がる。雪山の氷点下の中でも、歩いていると汗ばむほどだ。さっきよりも、雪が強くなってきた。だが不思議と、雪の多さと共に、わくわくした気持ちも増えていく。リュックや帽子に少しずつ雪が積もっていくが、寒くはない。雪山の美しさに見とれながら、歩く。しばらくすると、景色がひらけ、遠くに『縞枯山荘』が見えてきた。行きにも通りかかったが、雪山からの帰り道に見ると、そこに感じられる人の気配に、先ほどとは違う印象を覚える。とんがった三角屋根が、お帰り、と語りかけてくるようだ。

間もなくすると、ロープウェイの駅に到着。「帰ってきましたねえ。」と、皆さんと達成感を共有しながらスノーシューを脱ぐと、足がとても軽く感じた。スノーシューは片足900gほど。雪山にいることへの高揚感で、その重さを全く感じていなかったようだ。帰りのロープウェイに乗り込んだのは15時。時の流れの速さに驚きつつ、雪山の虜になる人たちの気持ちが少し理解できたことに、うれしさを覚えた。

出会いもあれば、別れもある。楽しい旅のお礼をした後、駐車場で中島さん達と、名残惜しさを感じながらも別れを告げる。その後もまだ高揚した感覚で、ふわふわとした気持ちのまま山道を下りた。途中から降り出した雪で、帰りの山道は白くなっている。家に近づくにつれて、段々と雪がなくなり、アスファルトの色に変わっていく。それに伴い、私も徐々に現実に戻っていく。こうして、私の雪山デビューは、無事に完了した。雪山と旅先での出会いの楽しさをたっぷりと味わえた、夢のような一日だった。

スキーでも、スノーボードでもない、雪山の楽しみ方。今度スキーの話題になったら、スノーシューもいいよ、と返そう。そして、また、スノーシューをしに雪山に出かけよう。 全てを包み込む雪は、きっとまた私に新しい世界を見せてくれる。今からその日を、心待ちにしている。

取材・撮影・文:櫻井麻美

撮影協力:『Camp North Outdoor Support』
https://www.camp-north.com/

<著者プロフィール>
櫻井麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ご す。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/

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