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信州の郷土食・おやきの歴史とこれからの100年をつなぐ『OYAKI FARM BY IROHADO』

1925年創業のいろは堂は、長野県の郷土食として知られる「おやき」を主軸に、さまざまな挑戦を続けています。老舗のおやき店が、この先100年を見据えて開いた工場併設店舗「OYAKI FARM(おやきファーム)」は、時代に合ったおやきのある暮らしを発信、提案していくための場所。地域内外のクリエイターと共に、おやき文化の再編集を仕掛けるのは、有限会社いろは堂、専務取締役の伊藤拓宗さんです。今回取材したのは、松代にある「野菜のカネマツ」の小山シェフと共に取り組む、おやきを使った新メニューの開発プロジェクト。多くの人で賑わうおやきファームで、これまでの歩みとおやきの今、そして伊藤さんの描く未来を伺いました。

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家庭料理から名産品として、おやき文化創成期を牽引

和菓子とパンの店として長野県小川村で創業した「いろは堂」。
初代は、背負子にパンや菓子を入れ、峠を降って鬼無里村まで販売に出かけていました。「鬼無里村に降りて、店を構えないか」と、村の人たちに声をかけてもらったのは2代目の頃。そうして、鬼無里村本店の建つ今の場所に店舗を構えるようになりました。

いろは堂 鬼無里本店の外観

伊藤さん「学校給食用のパンを卸したり、和菓子を作ったり、村の人の暮らしに近いところで商いをして来ました。今も企業理念に掲げる“人を地域をつなぐ”という言葉は、この当時から大事にしていた考えを、のちに改めて明文化したものです。」

しかし、時代の変化とともに大手企業が参入してくるようになり、パンの製造販売は転換期を迎えます。

伊藤さん「“このままではいけない”という思いが芽生えたのだと思います。可能性を模索するなかで、たまたま鬼無里村の奥地に水芭蕉の群生地が発見されたことが転機になりました。初めて作ったおやきは、視察に来られる方のお昼ご飯としての依頼だったそうです。」

当時のことは想像する部分も多いが、「おやきはある種の賭けだったのではないか」と伊藤さん

旬の野菜や山菜を小麦粉などの皮で包み、囲炉裏端で焼いたり、蒸し機で蒸かしたりして作るおやきは、古くからの家庭料理。店で買って食べるものではありませんでした。

伊藤さん「初めから勝算があったわけではないと思います。ただ、おやきを作る上でパン製法のノウハウは大きな強みになりましたし、おいしいものができた手応えは大きかったようです。なにより食べた方からの好評価が、一歩踏み出すきっかけでした。」

パン焼きのノウハウを生かして作るおやきは、こんがり・ふっくら食感の生地と、たっぷり詰まった具が特徴。具材は地元の野菜を中心に使用し、味付けなどの一次加工から自社で行うのが、今も変わらぬこだわりです。

独自の製法を守り続けるいろは堂のおやき。切り干し大根や野沢菜、粒あんなど定番7種類と、季節ごとに2、3種類の限定メニューが登場する

いろは堂がおやき製造をはじめた1960年代は、鬼無里村や小川村など長野市周辺で、おやきを商品として扱う店が増えた時代。店によっては海外向けに販売をするなど、個々が立ち上がって「長野県の名産として打ち出していこう」という、始まりの空気がありました。

伊藤さん「販路開拓には苦労も多かったと聞いています。売り物として認知度が低いこともあって扱ってくれる店はなく、全国のデパートに出張販売に行っても、毎回“これは何?”と、聞かれていたそうです。」

今でも県外に出れば、おやきを知らない人と出会う。伊藤さん達も、丁寧な説明で「信州のおやき」を伝え続けている

伊藤さん「鬼無里村はいろは堂のおやき発祥の地で、これまでもこれからも、大切にして行きたい場所です。今でも焼き立てのおやきを全種類、その場で食べられるのは本店だけですし、山間のあのロケーションで食べるおやきは、やっぱり別格だと感じます。おやきファームでおやきの楽しさを知って、鬼無里で本場に触れる。そんな相乗効果を生み出して行きたいです。」

本店がいろは堂の聖地だとすれば、おやきファームは、新たな文化を紡ぎ出す発信基地だという伊藤さん。地域の人たちと共に「信州のおやき」というブランドを創ってきたこれまでを元に、「買う」「食べる」「つくる」といったコンテンツを盛り込み、人々の印象に残る、行きたいと思ってもらう価値ある場所をつくりたいと構想を練ってきました。

おやきの老舗・いろは堂が仕掛ける文化創造基地「OYAKI FARM(おやきファーム)」

長野県松代に建てられたおやきファームは、おやきの製造工程をガラス越しに見学したり、カフェやショップに立ち寄ったり、おやき作りをしたり、さまざまなおやき体験ができる複合施設です。
建物は、長野県に拠点を置く遠野未来建築事務所が設計を手掛け、2つの円が重なり広がるデザインが印象的。県産の杉とヒノキを使い、木組や版築(はんちく)といった伝統技術も取り入れた、心地の良い空間が広がります。

年間500万個のおやきを作る国内最大規模のおやき工場と、ショップやカフェ、テラス。周囲の自然に調和するデザインが美しい

年間500万個のおやきを作る国内最大規模のおやき工場と、ショップやカフェ、テラス。周囲の自然に調和するデザインが美しい

年間500万個のおやきを作る国内最大規模のおやき工場と、ショップやカフェ、テラス。周囲の自然に調和するデザインが美しい

年間500万個のおやきを作る国内最大規模のおやき工場と、ショップやカフェ、テラス。周囲の自然に調和するデザインが美しい

伊藤さん「屋外の広場やスカイデッキには、“公園”というコンセプトを設けてあり、営業時間内は自由に出入りができます。遊んだりお喋りしたり、そんな日常風景の傍におやきがあればいいと考えています。観光にはもちろん、地域の人に気軽に足を運んでもらえたら嬉しいです。」

工場兼店舗でありながら、公共空間のような機能とオシャレさを併せ持ち、地域とつながりの裾野を広げるおやきファーム。こうしたデザインに至った背景には、おやきという食文化が失われてしまうのではないか、という危機感があります。

伊藤さん「僕は小さい頃から”おやき屋さん”として育っているので、世間のおやきに対する感覚を正確にわかっていないと思いますが、それでも絶対的に家庭で作る機会は減っていて、たまに買って食べるものになってしまっている現状が伺えます。これまでも、そうして失われてきた文化は各地にたくさんあって、現状を守るだけではなく、革新的な取り組みが必要だと思うようになりました。」

各家庭で具材を工夫して楽しんだり、季節を感じたり。伊藤さんは、いろは堂から改めておやきの可能性を地域内外に伝え、時代に合った文化を編み直していきたいと考えています。

伊藤さん「少し欲張りかもしれませんが、おやきは各家庭でも親しまれ、県外からも名産品として選ばれるポテンシャルを秘めていると思っています。今は、おやきを素材として捉え、日常で楽しむ新メニューの開発に取り組んでいます。」

コラボレーションしているのは、松代で創業100年を迎える八百屋「野菜のカネマツ」で、料理家としても活動している、代表の小山有左さん。この日は、おやきファームのキッチンに関係者が集まり、試食会が開かれました。

コラボメニューで広がる「おやき料理」の新提案

メニュー開発を担当する小山さんは、大学を卒業後、京都や横浜の飲食店で経験を積んだ料理家です。いろは堂のおやきから得たインスピレーションは「朝食」と「アウトドア」。パンの技法が用いられた生地は丈夫で、アレンジも自在です。

会場は、おやき作りの体験が行われるキッチン。今後も地域の人を招き、共に調理を楽しむ企画を実施していく予定だ

小山さん「おやきは野菜がたっぷり入って腹持ちもよく、ヘルシー。具材によってヴィーガン料理にも展開できるので、可能性は広がるばかりだと思います。今回は、時短調理で気軽に再現してもらえるよう意識してレシピを考えました。」


1品目は、朝食の定番・ハムを使ったアレンジレシピ。
横半分に切ったおやきをハムに乗せ、油を引いたフライパンでこんがり焼き上げます。合わせるおやきの具材は、お好みでOK。片手で持って食べられるので、アウトドアシーンにもおすすめの一品です。

程よいハムの塩味でいつものおやきが大変身。タンパク質も野菜も摂れて腹持ち抜群、忙しい朝食にもぴったり

程よいハムの塩味でいつものおやきが大変身。タンパク質も野菜も摂れて腹持ち抜群、忙しい朝食にもぴったり

2品目は、寒い朝に嬉しいスープとおやきの組み合わせです。クラムチャウダーとおやきを鍋に入れ、さっと煮込むだけのお手軽レシピ。仕上げにオリーブオイルと黒胡椒を振れば、ちょっとしたパーティーのおもてなし料理としても出せるおしゃれな一品に様変わりします。おすすめの具材は「かぼちゃ」ですが、お気に入りを探してみるのも楽しそうです。

身も心も温まるスープアレンジ。クラムチャウダーのほか、たまごスープやミネストローネなど、具材と味の掛け合わせで和洋中に変幻自在

身も心も温まるスープアレンジ。クラムチャウダーのほか、たまごスープやミネストローネなど、具材と味の掛け合わせで和洋中に変幻自在

3品目は、甘いおやきを使ったデザートレシピ。あらかじめトースターなどで温めておいたおやきにアイスクリームを乗せ、煮出したチャイをかけていただくteaアフォガードです。もちもちの生地にジュワッとアイスが染み込む、新感覚の組み合わせ。試食当日は季節限定の「栗あん」を合わせましたが、「粒あん」や「かぼちゃ」など、定番の具材とも相性が良さそうです。

おやつの時間や女子会など、楽しいお喋りのお供に添えたい甘い一品。スパイシーなチャイが程よいアクセント

おやつの時間や女子会など、楽しいお喋りのお供に添えたい甘い一品。スパイシーなチャイが程よいアクセント

何品もの試食を通じ、改めておやきの可能性を感じたという伊藤さん。今後の展開についても、大きなヒントを得たといいます。

伊藤さん「そうは言っても、おやきはアレンジしないでそのまま食べるのが一番、という、僕の常識が覆りました。自分たちが商品化して提供することばかり意識が向いていましたが、例えば皆さんからお気に入りアレンジを寄せてもらったり、こうしたコラボレーションで料理教室を行ったり。取り組み次第で、おやきはもっともっと広がるという実感が持てました。」

地域とおやきの掛け合わせで生み出すイノベーション

企画で心がけているのは、企業理念に掲げる「人を、地域をつなぐ」こと。2022年秋に開催したマルシェでは、仕入れている野菜や周辺の果物を並べて販売しました。

2022年秋に開催したマルシェの様子

伊藤さん「ひとつひとつは小さなことでも、こうした取り組みが重なった先に、長野県の可能性がある気がしています。個人的に、イノベーションは“掛け合わせ”だと思っていて、あるものを否定するのではなく、いいところに新しいきっかけを合わせて一層いいものを生み出すイメージです。おやきファームという場所や、おやきの存在が、ひとつの要素として、地域にワクワクした変化を生みだすきっかけになれば嬉しいです。」

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さまざまなクリエイターが加わり、社員も交えてコンセプト設計から作ってきたおやきファーム。自分たちの力だけでは難しいことも、違う年代、違う場所からの視点を加えたら楽しめることを、伊藤さんは知っています。

伊藤さん「頭にあった構想を外に出してみたら、意外にも“おやきって可能性がありますよね”とか“面白いですね”ってリアクションが返ってきて、自信をもらったというか。仲間が増えた感覚はありましたね。このワクワクを、地域のなかにもっと生み出したい思いは強いです。」

昔ながらの囲炉裏を囲む風景とは異なるが、今も地域の人によって作られるおやき。バックヤードも公開し、おやきのイメージ刷新を図る

昔ながらの囲炉裏を囲む風景とは異なるが、今も地域の人によって作られるおやき。バックヤードも公開し、おやきのイメージ刷新を図る

おやきファームのオープン以降は、小学校の社会科見学も受け入れ、たくさんの子どもたちがこの場所を訪れます。見学後に届く手紙には、「今度作ってみたいです」や「また両親と来ます」と言った言葉が並んでいるそう。

伊藤さん「“おいしい!”という声が届くのは、やっぱり嬉しいなと思います。長野県で育った子どもたちが、どこに行っても自慢できる街や企業でありたいですし、ここで働く人の子どもたちには、“おやき作りに関わるお母さん・お父さん”を誇りに思ってほしいです。」

県を代表する名産品としてのおやき、おいしい楽しい家庭料理としてのおやき。伊藤さんは「両方を体験し、掛け合わせて楽しんでこそ、100年続く文化が生まれるのではないか」と、未来を話してくださいました。

個々の力だけでは、地域の未来を大きく変えることはできないかもしれません。しかし、さまざまな視点で新しい考えを取り入れ、既存と掛け合わせながら、小さな変化を起こしていけたら、今より楽しい未来は待っているのかもしれません。

「“地域を元気にしたい”という意思は同じでも、それを一辺倒に“地方創生”や“まちづくり”という言葉で括られたくない」と、話す伊藤さん。場所、人、自然、いろは堂のまわりにある全てを生かして、唯一無二のものを生み出し、地域の意識や日常が少しずつ変わっていく。これから先の100年を見据え、おやき文化の承継と醸成への挑戦は、はじまったばかりです。

店舗情報

OYAKI FARM(☞公式サイト
【住所】〒388-8019 長野県長野市篠ノ井杵淵7-1
【TEL】店舗や商品に関する問い合わせ:026-214-0410/おやき作り体験や取材に関する問い合わせ:026-214-2800
【営業時間】9:30~17:00 *冬季期間(12/1~2/28)以外は18:00閉店となります。
【駐車場】40台
【決済方法】クレジットカード、QRコード決済、現金
【車でのアクセス】長野ICから県道35号を北上し約2分/長野駅から国道117号、県道35号を南下し約15分
【公共交通機関でのアクセス】長野駅善光寺口の3番バス乗り場から「30 松代高校行き」に乗車し、 「水沢典厩寺(みずさわてんきゅうじ)」バス停で下車し、徒歩2分。(所要時間約25分)

写真・取材・本文:株式会社フィールドデザイン

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