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器も、料理も、建物も 丁寧な手仕事がもてなす宿

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TOP PHOTO:三谷龍二さん作の漆器「USUZUMI板皿」にのるのは、取材日に合わせた秋の走り。赤パプリカの焼き浸し、とうもろこしのかき揚げ、揚げなすの田楽、いちじくとくるみの白和え、菊菜とズワイガニの菊花和えて

 

創業から100年、これから続く100年

松本市里山辺(さとやまべ)の美ヶ原温泉には、湯の原、藤井、御母家(おぼけ)の3つの源泉があり、金宇館は御母家に唯一残る温泉宿です。瓦店を営んでいた初代が温泉を掘りあて、木造3階建ての宿を構えたのが1928(昭和3)年のこと。現在は4代目の金宇正嗣(まさつぐ)さんが館主を務めます。
正嗣さんは、かつて那須塩原にあった二期倶楽部に勤め、東京の料理店で修業した後、妻の枝津子さんとともに家業に入りました。父に代わって宿を切り盛りするようになった際、建物の大幅な改修工事を行いました。別館と渡り廊下を改装し、続いて本館と浴室棟を全面改修、2020(令和2)年春にリニューアルオープンしました。
創業当時の建物には、良質な材が使われ、職人の技が宿っています。年月をかけて風格を増し、魅力を放つ、そのありようを損なわないように。使える古材は組み直し、飴色の床板や見事な天井板、今では貴重な型板ガラスや意匠の美しい建具は極力、再利用しました。新たに継いだ材は塗装でなじませるのではなく、月日をかけた経年変化に任せました。
 

ハレの漆器が毎日使うケの器に

修繕した漆器は朝食で使います。蓋と器、計6枚に煮物、焼き物、お浸しなどをのせ、ご飯と味噌汁を別に添えます

建物改修の一方で、正嗣さんの脳裏にあったのが、漆器20組が収められた「明治5年」の箱書きのある3箱です。かつて家族の慶事で使われたハレの器は、縁が欠けたり、漆がはげたり、このまま使える状態ではありませんでした。
「この漆器をきれいに直して朝食をお出しできたら、自分たちらしい、おもてなしになるのではないか」。そう考えた正嗣さんは、近くに住む漆作家の大場芳郎さんに相談を持ちかけます。
「大場さんは、器は使わなければ意味がないとおっしゃって、修理を引き受けてくださいました」。欠けや割れは繕って、漆の剥離した部分は塗り直し、半年ごとのメンテナンスをくり返し、「塗り直すごとに丈夫になっていると感じます」と正嗣さん。「70年間しまわれていた器が、今は毎日使われている。身近に職人さんがいてくれるおかげです」。
 

地元作家、地元食材とつながるひと皿

宿を切り盛りする金宇正嗣さんと枝津子さん

松本在住ながら宿の常客でもある木工家の三谷龍二さんには、器の制作を依頼しました。黒く染めた桜の木地に白漆を施した板皿は、色違いでエンジュの木地の黒もあります。「ひと彫りずつノミをあてた、この微かな陰影が料理を引き立ててくれるんです」。
「旅館でお過ごしいただくなかで食の時間が一番大切です。きちんとした食材を使い、きちんとおだしが効いて、丁寧に煮炊きしたお料理の味とそうでないものは、一瞬でわかります」
正嗣さんは自らを「料理人ではなく宿屋のおやじだ」と笑いますが、信頼できる生産者や取引先から仕入れる地元の食材は、丁寧に素材の味を引き出され、上質なひと皿となって目にも舌にも楽しませてくれます。
 

手仕事の良さとは

御母家の湯は肌あたりやわらか。宮大工による総ヒノキ造りの小屋組みの湯屋に異なる趣の2つの浴室があり、いずれも山辺石の組まれた庭を望む露天風呂。貸切の内湯もあります

松本は昔から木工が盛んで、毎年開催されるクラフトフェアには全国から3万もの人が訪れます。思えばこの宿は、家具も器も、そっと飾られたオブジェや、庭の草花を生けた花器も、そして建物そのものも、職人が手仕事であつらえたものばかり。料理をこしらえ、部屋を整え、訪れる人をもてなすこともまた手仕事であり、泊まる側はその手数の分だけ感動と満足を得られるのだと思うのです。

古材と新材が時を経てしっくりなじんできています

旅館 金宇館

長野県松本市里山辺131-2
☎ 0263-32-1922
公式サイト

撮影:宮崎純一、取材・文・編集:山口美緒・塚田結子(編集室いとぐち)

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