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特集【発見!ナガノ・ガストロノミー】Vol.5 山国・信州の旬を表現する料理人~猟師シェフが感じる信州の食世界~

見る者にとっては壮大で美しい景色も、そこで生きる者にとっては過酷な環境とも言えるものであり、山国ならではの四季の変化と標高の高さによる多様な気候変化によって、植物や動物など、自然界の生き物は自ずとその生命力を強く持っています。
過酷な環境から生まれる恵まれた自然に育まれた山の幸。苦労の末に調達される滋味あふれる食材があり、その魅力を最大限に引き出す料理人がいます。
今回は、松本市にあるロースト&グリルレストラン『レストロリン』のオーナーシェフ・小林昌和さんを取材しました。

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信州のローカルガストロノミーについて

信州サーモンとかぼちゃのワッフルサラダ仕立て。信州北八ヶ岳の清流で育つ八千穂の信州サーモンは、養殖の技術も素晴らしく臭みが全くない。

ひとたび雪が降れば一面銀世界になる信州の冬。この環境で育まれる滋味豊かな食材。(写真提供:レストロリン)

絶妙な火加減で焼き上げられ、赤身が食欲をそそる信州産鹿もものロースト。(写真提供:レストロリン)

上田店時代から変わらず提供されている、信州産豚肉のマスタードロースト。

上田市出身の小林シェフは、神戸での修行の後、2003年に地元上田にてフレンチレストラン『RESTRO RIN』をオープン。当時はまだ、長野県内にフレンチを扱うお店は少なく、県内におけるフレンチの先駆け的な存在となりました。上田にて一定の評価を得た2013年、心機一転、舞台を松本へと移し、新たな地での挑戦に踏み切りました。現在、県内2拠点でのレストラン運営を経験されている小林シェフだからこそ感じる”ナガノ・ガストロノミー”とはどのような世界かお聞きしました。

「長野県の農産物は美味しいものが多い前提ですが、県内でも地域によって野菜の味わいに大きな差があるのは長野県の広さゆえの特徴と言えると思います。僕の地元でもある上田周辺の東信エリアは特に美味しい。農家の方の意識の高さを感じていて、この想いを届けられる料理人でいたいと思いますね」

上田市と松本市は商圏が異なります。東信エリアは関東圏に直結し流通がスムーズなこともあって、都市部への出荷を目的とした開発意欲など、生産者の意識が高いこともあるのではないかと小林シェフは言います。

「里山が近く、ジビエ料理を提供するのには最高の環境が広がっているのも信州の魅力のひとつですね。ジビエは許可された期間中だけ味わえる山国の貴重な旬の食材。信州の自然に育まれた野生の動物を美味しく料理で表現することは、料理人にとっても腕の見せ所でもあり、信州の味として認知してもらいたいグルメでもあります」

旬の山の幸と聞くと春の山菜や秋の松茸などを思い浮かべますが、冬にはジビエが存在します。牛や豚といったいつでも変わらぬ美味しさとは一味違った、野生ならでは滋味が味わえるのも信州ならではの味と言えます。

もうひとつ、小林シェフが語るなかで印象的だったのが、上田地域と松本地域という、県内の2つの地域でレストランを営業したことによって見えた、お客様の食に対する認識の違いについてです。

「上田でお店をはじめた時から料理そのもののスタイルは変えていないんですが、松本に来てからお相手するお客さまの反応が、上田でのお客さまと違っていたことに違和感を覚えたことがありました。僕の料理はシンプルに肉の魅力をお伝えするスタイルですが、 松本のお客さまとの相性がとても良かったと感じています。上田での相性が悪かったというわけではありませんよ。ただ、新しい土地に移転してきて不安も大きかったなかで、とても自然に受け入れてもらえたことに少し驚きました。料理は作り手だけでは成立しないものなので、お客さまとの相性は重要だなと思います」

もちろん、お店の認知においては上田で積み上げた実績によるアドバンテージが大きいことは間違いないですが、小林シェフが感じた「食べる側の地域性」という観点も、ローカル・ガストロノミーの大きな要素であると言えそうです。生産者や料理人の視点で語られることが多い世界ですが、料理人が腕を揮うための環境は、食べる側の食への意識との相性によって左右されることも間違いありません。地域性を持った食材、料理人、そしてそれを食す人までのつながりが地域における食文化を成立させることを物語っています。

信州の野趣的料理の創造

調理される時を待つ食材が並ぶ冷蔵庫。

松本産キジのロースト。(写真提供:レストロリン)

猟師スタイルの小林シェフ。(写真提供:レストロリン)

信州産夏鹿のロースのロースト。品質の良い食材仕入れには信頼できる猟師との関係性も重要。(写真提供:レストロリン)

狩猟解禁の時期が来ると、店内の客席から見える冷蔵庫には、小林シェフによって調達されたジビエが並び、料理される時をいまかいまかと待っている状態になります。

「私のスタイルは“肉”が主の料理なので、ジビエを通して地元の旬な肉料理を出せる時期は特に楽しみですね。自分で捕って、さばいて、店内の冷蔵庫で熟成度を見ながら調理のタイミングを計る。お客さまによっては朝採れの新鮮なジビエを食べたいという連絡もありますが、そういった要望にお応えできるのも、自分が狩猟をやっている特権だなと思います。旬を楽しみにしてくださっているお客さまに最高の状態で提供できるのは料理人として幸せな瞬間ですね」

前菜や付け合わせなどでも旬を表現する魅力的な料理に使っている野菜は、信頼する農家から直接仕入れる食材や、直売所やスーパーの地場産コーナーを見て回りながら仕入れる変わった食材など、色々と試しながら活かし方を探っていると言います。

「新鮮な野菜を入手しやすい信州ですが、新鮮だけが魅力の全てではありません。私の料理スタイルでは、じっくりと火を通して味わいを深く出すことで、肉料理の付け合わせにマッチする仕上げ方をすることも多いですね」

松本にお店を出してからは、観光客はもちろん、周辺にある企業の接待で海外からのお客さまをお相手することも増え、信州の食材を活かした料理の追及はさらに磨きがかかっているようです。

狩猟は害獣駆除の側面もありますが、小林シェフは狩猟免許を持った料理人として山に入り、自らの手で滋味の食材を調達しています。

「期間中は毎日、レストランに出勤する前の2時間が狩猟の時間です。現在は鳥がメインですが、何年か続けていることで山の生態を理解するようになって、自分も自然の一部になっている気がします。狩猟のポイントも、今日はここにいないからあそこならいるだろうな、という感じで、効率よく動けるようにもなってきましたし、もう裏山の感覚です。今年もちゃんと申請してきましたので、期間中は毎日頑張りますよ」

お店は信毎メディアガーデンの3階にありますが、開放的な窓から見える山がその舞台だと教えてくれました。レストランから山までは車で数十分。まさに地元の味が提供されています。

これからの「信州の食世界」について

狩猟解禁を目前に気持ちも高揚している小林シェフ。料理人の役割についても熱く想いを語ってくださいました。

「品質が高いものはもちろん、面白い野菜を育ててくれている農家の方などには本当に感謝しています。直売所はもちろんですが、近所のスーパーにある地元農家コーナーですら品揃えが最高なのは長野県の特権ですね。ただ、信州の食材は豊富なようでまだまだ乏しい印象もあって。料理人はもっと食材について勉強する必要があるなと。生産者の技術も日に日にレベルアップしていますが、食材の可能性を引き出すのは料理人の使命でもあり、農家の未来と共にあるべきだと思います。伝統ある食材を未来に残すことや、農家の新しい挑戦にも積極的に関わっていけるような関係性は重要ですね」

料理人としてできる地域貢献のポジションについて、農家と共に未来を創るにあたっては消費流通における協力体制も重要だと語る小林シェフ。

「契約農家との直接取引が魅力的に取り扱われることもありますが、個人飲食店レベルでは消費量は限られています。魅力的な農産物を生み出してくれる農家の皆さんと共に歩むためには、一つの食材を共有して使い合える飲食店のつながりを作り出してくれる仲買人のポジションも重要だと感じています」

ジビエ料理を提供する立場としては、食肉利用のルールと料理人の現場との間に課題も多く存在しており、狩猟から料理まで手掛ける小林シェフにはその難しさも見えていました。

「地元産のジビエを料理する際、狩りの現場での迅速な処理がとても重要なのですが、現場で処理したものはレストランで提供することが出来ないルールになっています。検査という工程がなければ市場に流すことが難しいのは当然ですが、料理する側にとっては鮮度と味の関係を無視することはできません。ジビエの魅力は『鹿の肉が食べたい』というわけではなく、地域の自然の一部である旬な野生の食材を頂く、ということだと考えているので、こういったルールとの関係性も常に考え続ける必要があると思います」

食業界における持続可能な社会の実現。自然界の循環の一部としての料理人の役割について真摯に向き合う姿からも、提供される一皿にかける情熱が伝わってきます。

これからジビエのトップシーズンを迎える信州。ぜひ小林シェフが奏でる信州の滋味を存分に味わってみてください。

 

《ロースト&グリルレストラン レストロリン》
松本市中央2-20-2。TEL0262-32-8911。Lunch 11時30分~13時30分(LO.15時 CLOSE)。Dinner 17時30分~20時30分(LO.22時 CLOSE)。毎週月曜日、第一、第三日曜日休。http://restrorin.com/
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撮影:池松勇樹・原有紀 取材・文:池松勇樹

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