new food experience

特集【発見!ナガノ・ガストロノミー】Vol.6
新しいジブン発見旅ー櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日)
第3話「本物の体験から世界を見る “農”を通じた子ども旅」

いつも口にしている食べ物の後ろにあるものを、見つめてみよう。“農”を通じて世界を知る、本物の体験から学ぶ子ども旅へ

更新日:2021/11/04

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検索の時代にこそ本物の体験を

季節の花の香りが鼻をかすめたり、聞き覚えのある音楽が耳に入る。そんなふとした瞬間に、小さかった頃の記憶が頭をかすめることがある。その瞬間、甘美だがほろ苦い、なんとも言えない懐かしい感覚が内側に広がっていく。大人になって久しいが、いまだに鮮明に子ども時代の風景が焼き付いて離れない。
子どもの世界は狭い。日常を過ごす場所は大人よりも限られているし、自由度も少ない。そんな世界がだんだん広がっていくことが、ひとつの成長であるとも思う。かわいい子には旅をさせよ、とはよく言ったものだ。狭い所を出て知らない世界を知ることで、私たちは徐々に想像力を高め、目の前にある物事のそのさらに奥の方まで見えるようになる。
インターネットは、私たちの世界を広げてくれた。デジタルネイティブの小さい子どもたちまでそれらを使いこなし、タッチパネルでないパソコンにも指を突き刺す時代だ。検索をすれば、今まで知り得なかった様々なことを一瞬で知ることができるし、見たいものをこの場で見ることができる。Google earthで街を見るのは楽しい。ルーブル美術館のモナ・リザだって、手の平の画面に召喚できる。でも、なんだろう、何か足りない。不思議なもので、見れば見るほどやっぱり現地に行きたいという気持ちが大きくなるのだ。
どんな時代でも私たちに強烈な影響を与えるのはやはり体験である。(このような観光媒体において文を書きながら言うことではないかもしれないが)インターネットで広がる世界にたくさん旅に出るのと、この体を使って五感を通して感じる風景とは、やはり異なるものである。
何でも検索で知ることができる時代だからこそ、人生の根っこを作っている最中の子ども達には本物の体験を大切にしてあげたい。その体験から物事を見る眼差しを作り上げることは、自分自身のこれからにつながっていくから。
ゆるぎない五感を通じた体験から広い世界を知る、子どもたちの旅へ出かけよう。

世界の成り立ちを体験するための“農”

 

菅平高原の寒い冬の始まり。日々の畑作業はまだ続く。

標高が上がるにつれ霧が深く……

無農薬で育てる有機野菜は通常よりも多く手間と時間がかかる。

サマーキャンプでは作物を植えるところから始める。(小林さん提供)

 

標高1,200から1,600mに位置する菅平高原。ラグビーなどの合宿のメッカとして知られるこの地だけあって、車で走るとグラウンドを沢山目にすることができる。夏は歩行者天国のように学生たちで溢れるそうだが、今は10月。訪れた時には霧が立ち込め、厳しい冬の始まりが感じられた。つまり、寒い。
そんな菅平にある『まる文農場』では、この地では珍しく、無農薬で野菜を育てる有機農家だ。“とある”きっかけ(これについては後述する)で有機農法にシフトして15年、努力を重ねながらこだわりの作物を作ってきた。除草剤なども使わないので草取りもすべて手作業。シーズン中はどんな天候でも休みなく土と向き合い、手間暇かけられて育った野菜を直売所やネット通販、その他自分たちで開拓したルートで丁寧に消費者に届けている。
家業である農場の仕事もしながら、現役のプロスキーヤーとしても活躍している3代目の小林さんは、今年からスキースクールを立ち上げ、その取り組みの一つとして農体験を通じて様々なことを学ぶサマーキャンプもスタートさせた。キャンプでは地域の子どもから都会の子どもまで、幅広いメンバーが集まり寝食を共にしながら、季節ごとに種まきから草取り、収穫、最終的にはマルシェでの流通にも取り組む。食べて終わりでなく、育てた野菜を消費者の元まで見送るまで自分たちの手で行うのが特徴的だ。
自分が1から作ったものに値段をつけ、それを知らない人に買ってもらったことがあるだろうか?そのような経験がない大人も少なくない。現代社会は様々なことが分業されている。企画する人、作る人、売り方を考える人、売る人。どこか1つだけに従事していると、なかなか全体が見えてこない。サマーキャンプでは、全てのステップを自分たちで行うことで、“農”を通じて世界の成り立ちを体験することが目的だ。

アスリートとしての限界、世界の広さを痛感した旅

 

写真プロスキーヤーとして活躍する小林さん。(小林さん提供)

夏は農業、冬はスキーで世界を巡る。

 

小林さんがサマーキャンプを立ち上げたきっかけは、スキーをしながら欧米を渡り歩いた時の経験が深く関わっている。20代の頃、夏は農場で働き、冬はスキー遠征に海外へ、という生活をしていた小林さん。スポンサーのサポートなどもなく、全てを自分の手で行う必要があった。その生活はあまりに過酷で、体をボロボロにしながら「早く帰りたい…」と何度も思う程。ある日、何千キロも車を運転し、疲れた体でふらりと外に出た。その時見上げた星空の美しさに思わず声を上げ、こう実感した。「自分は、なんてちっぽけな存在なんだ。」
広大な自然や旅先の人々との出会い、人種や文化の多様性に自分の世界がどんどん広がっていく。そんな折、自らの体力の限界を感じ始め、アスリートにはいつか必ず訪れる引退、そしてその後の生活についても考えるようになった。「振り返ってみた時、自分にはスキーしかなかったんです。人生はまだ沢山残っているのに。」
この後の人生で、自分には何ができるかを考えた時に、今までの旅の中で体験してきた‘世界の広さ’を子どもたちにも知ってほしい、と思うようになった。スキーという競技に人生を費やしてきた小林さんだからこそ、多様な世界に目を向ける重要性を強く感じたのだ。

波瀾万丈の農場経営

 

気さくに、でも熱く、活動について語ってくれる小林さん。

無農薬で育てた野菜は苦みが少なく甘い。

自分たちの作物を手に取ってもらうための試行錯誤が続く。

 

「歯医者に行くのもためらうほど貧乏になっちゃって。」と小林さんは笑う。15年前に経営が悪化し、厳しい状態が続き色々な支払いが滞ったことで、農薬を買うお金もなくなった。「それで無農薬をやらざるを得なくなったんです。」 小林さんは、アスリートである。鍛え上げられた体の持ち主だ。そんな彼が過労で入院するほどの厳しさとは、相当だろう。(凡人の考える何倍も働いていたに違いない)
その時の入院先で同室だったおじいさんが、明らかに体調が悪くうまく物が食べられない。末期のガンを患っていた。看護師さんが「有機野菜は食べてくれるんだけどね…」とぽつりと言った。「それで食の大切さを実感して。すぐ有機農法に関する本を買ってきてもらって入院中に読み漁ったんです。」こうやって、『まる文農場』は有機農園としてスタートした。
とはいえ、なかなか売れない日々が続く。余ってしまった野菜をトラックに載せ、団地に売りに行った。こんなにこだわった作物なのに、1つも売れなかった。「どんなにいいものを作っても、結局は人。自分がどういう人で、どうやって野菜を作っているのかを知ってもらわないと売れないんだと分かったんです。」

行動にはきちんと結果が返ってくる

 

販売体験では子どもたちもそれぞれの仕事を担う。(小林さん提供)

マルシェに並ぶ自分たちで育てた野菜は愛おしい。(小林さん提供)

気まぐれマミーの畑の作物はマミーの気分で決まるらしい。

マミーの作った珍しい豆もかわいらしい。

 

小林さんは、長い時間をかけて『まる文農場』を立て直してきた。どうやったら自分のファンになってもらえるのか、どうやったらまる文の野菜のファンになってもらえるのか。自分たちのことを知ってもらうために、自分や家族、農場のストーリーを沢山発信した。その結果、まる文の野菜だから買いたい、と着実にファンは増えつつある。かく言う私も、すっかり小林さんと『まる文農場』のファンである。(ちなみに小林さんのお母さんは通称‘気まぐれマミー’。愛らしいマミーの作ったトウモロコシスープは冷えた体に沁み渡る)
キャンプのマルシェでもどうやったら売れるか、子どもたちは試行錯誤。野菜の良さを知ってもらうためにどうしたらいいか、考え、実行する。看板を段ボールで作ったり、接客したり、チラシを作って配ってみたりと忙しく働く。自分達のことを知ってもらうため、みんなそれぞれ一生懸命行動する。買ってもらえた時の喜びはひとしおだ。
小林さん自身も小学校時代に担任の先生の提案で自ら野菜を作って全国へ売りに出すという経験をしたそうだ。段ボールには子どもたちの直筆の手紙を入れ、野菜と共に顔も知らない人たちの手に渡る。商品が売れる喜びだけでなく、色々な返事やプレゼントも返ってきて、売り上げで自分たちが欲しいものを買う体験をした。まさに世界を実感した出来事だった。
正しく行動を起こせば、正しく結果が返ってくる。それを身をもって体験したからこそ、まさにその実践であるマルシェでの販売体験を大切にしているのだ。

それぞれの役割が人の心を動かせるように

 

キャンプを通じて自分の輝ける場所を探す。

“農”を通じて世界と自分自身を知る機会に。

「終わりかけの畑も好きなんです」と小林さん。

 

キャンプでは、見ず知らずの子どもたちが集まる。農作業だけでなく、山登りなどの遊びも楽しみ、毎日の炊事ももちろん自分たちで行う。最初の頃はそれぞれが自分勝手に振る舞い、バラバラの状態だ。だが様々な作業を通じて子どもたちは、それぞれの役割を見つける。地域の旅館の子は小さい頃から家の手伝いをしているから、そういう子は料理が得意だ。兄弟がいる子は小さい子のお世話が上手。料理中に遊んでいる子も、片付けの時に出番が来る。火起こし、薪集めなど、様々な役割が自然と生まれる。
自分に何ができるか、役に立てることは何か、キャンプでは子どもたちがその都度考えながら輝ける場所を見つける。他の人の輝きを見れば、自ずと心が動く。そんな風にそれぞれが刺激し合って、段々とコミュニケーションも円滑になっていくそうだ。
小林さんは言う。「人の心が動かないと何も始まらない。キャンプを通じて色々なことを経験し、もっと世界を知って、人の心を動かせる人になってほしい。」広い世界を知ったからこそ、世界の最小単位である‘人’にまた戻ってくる。その言葉にはとても説得力が溢れていた。

旅を通じて自分が輝ける場所を見つける

失敗や成功を繰り返しながら、多様性ある人たちと共に、普段よりも広い世界を知る。それはきっと、どんな人生指南本よりも学びになる。世界は様々な人と、様々な役割の上に成り立っている。いつも口にしている食べ物に限らず、目の前に向き合っている物事の向こう側にある景色を知ることは、これからを生きる子ども達にさらに必要になってくる。五感をフルに使って体験する旅を通じて、子どもたちは世界を広げていく。そして、自分が輝ける場所を見つけていくだろう。
……もしかしたら、そういう旅が必要なのは子どもだけではないのかもしれない。

 

取材・撮影・文:櫻井麻美(Asami Sakurai)

☞詳しくは、小林晋之介さんの《Instagram》:
https://www.instagram.com/kobayashishinnosuke/?utm_medium=copy_link

 

<著者プロフィール>
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/

 

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