木工家が作る木の椅子に座ろう

手で触れ、身体をあずける椅子は、人にもっとも近しい家具です。せっかくなら長く使える良いものを。良質な材を使い、優れた技術とデザインで、手をかけて作る長野県の木の椅子について、木工家の谷進一郎さんに聞きました。

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top photo :肘かけつきの「ハイバックアームチェア」と、幼かった娘のために作った「子ども椅子」。子ども椅子はアフリカの椅子を参考にして、後ろ足と背柱が一体となった造り

木工家の谷進一郎さんが
拭き漆で仕上げる木の椅子

谷進一郎さんの自宅兼工房は、小諸市街から北東へ約5km、標高1000mの高原にあります。町や人家が近すぎず遠すぎず、東京へ出かけやすい。そんな条件でさがして出会った地は、雪が少なく空気は乾燥していて、木工には最適でした。ここで木に向き合い45年。注文による家具作りをおこないながら、個展やグループ展を東京や地元で開催し、「信州木工会」や「木工家ネット」を組織して県内外の木工家たちとのつながりを築いてきました。一昨年を最後に、これまで20人ほどの弟子が谷さんのもとを巣立っていきましたが、今でも「木工家育成講座」を行うなど、後進へ惜しみなくその技を伝えています。

谷さんは1947年、東京生まれ。武蔵野美術大学で家具デザインを学び、1970年に松本民芸家具で家具作りの修業をし、4年後に独立。1975年に小諸市に工房を構えました

谷さんの作る家具は、おもに国産の広葉樹を材料にして、拭き漆で仕上げます。漆は優れた耐久性をもち、木目を美しく引き立たせ、使い込むほどに艶を増します。アームチェア、編物椅子、ハイバックチェアなど、さまざまな椅子を作ってきましたが、いずれも最初は注文があって作ったもの。
まずは「木との出会い、人との出会い」があり、「受注して作ったものを、アレンジを加えながらくり返し作り続けるうちに定番となるものがあります」と谷さんは言います。さらに「文化との出会い」があり、なかでも韓国の朝鮮王朝時代の木工家具、いわゆる李朝家具から谷さんは大きな影響を受けました。

谷さんの工房は、北に浅間山、西に北アルプスを望み、周囲を林に囲まれて、傍には小川が流れています

長野県の森林と
カラマツの家具作り

日本は国土の3分の2を森林が占め、長野県の森林面積は北海道、岩手県に継ぎ3番目の広さで、県土の約8割を占めます。そのおよそ3分の2にあたる民有林では、1950年代以降の高度経済成長期に木材需要が高まって、盛んに植林が行われました。こうした人工林の約半分を占めるカラマツは現在、間伐が進められ、活用する取り組みがさまざまに行われています。
「家具づくりに適した天然の広葉樹は、年々入手が難しくなっています。しかし、良材に恵まれないながら適材適所に材料を大切に使って作った李朝の家具には、これからの家具作りのヒントがあるはず」と谷さんは言います。

カラマツが散見する日本の山並み。カラマツは脱脂してヤニがなくなれば内装や家具の良質な材としても使えることから、おもに広葉樹で家具を作ってきた谷さんもその活用を探っています

松本民芸家具と
クラフトフェアまつもと

長野県の木工といえば松本も忘れてはなりません。松本は日照時間が長く、湿度の低い気候が木材の乾燥や加工に適していて、江戸時代から家具作りが盛んでした。戦後は、柳宗悦の後押しもあって、池田三四郎が洋家具作りに取り組みます。なかでもイギリスのウインザーチェアを手本とした椅子の制作に力を入れました。こうして和家具の技術と洋家具のデザインが調和する「松本民芸家具」が生まれます。1985年には木工家らによって「クラフトフェアまつもと」が開催され、今では280組の出展者と5万人の来場者を数えるまでになりました。

松本民芸家具を象徴するウィンザーチェア ©︎新まつもと物語

そして全国から集まる工芸ファンを松本の街全体で迎えようと2007年にはじまったのが「工芸の五月」です。企画のひとつに『はぐくむ工芸 子ども椅子展』があります。県内外の木工家が子どものために手作りした椅子が、芝生の広場にずらりと並びます。形も材質も異なるさまざまな椅子は、ひとつとして同じものはありません。
「都会に住む人は、身のまわりから自然が失われ、その代わり五感の触れる部分に自然素材の手作りのものを使う」と、谷さん。木の椅子に手で触れ、身体をあずけることは、自然に触れる入り口となり、やがて木に親しみ、森をはぐくむことにつながるはず。そんな願いも込めて、小さな子どもにこそ木の椅子を使ってもらいたいものです。

毎年5月に松本市で開催される「工芸の五月」の名物企画「はぐくむ工芸 子ども椅子展」。椅子は自由に座って楽しめ、展示期間後に購入することもできます ©︎工芸の五月実行委員会

谷さんが紹介する
良き椅子の作り手

今や木工界のレジェンドとして後進から慕われる谷さんに、一目を置く、長野県の木の椅子の作り手を紹介してもらいました。「良質な材を使い、優れた技術とデザインで、手をかけて作り、適正な価格で提供するものは、人の心を動かすことができる」と谷さんが言うとおり、長野県の木工家が丹精込めて作る木の椅子のなかから、きっとあなたの心を動かす一脚が見つかるはずです。

飯島町 狐崎ゆうこ http://www.mokkou.org/member/kitsunezaki/11kitsunezaki.html
中川村 法嶋二郎 http://hojima.com
御代田町 宮鍋 慶 https://ki-seki.jimdofree.com
安曇野市 金澤知之 https://www.nhk.or.jp/nagano/teshigoto/131023.html
松本市 浅村治利 https://asamurakagu.com
松本市 大深靖之 http://belka-kagu.com
大町市 山形英三 http://www.kirakukoubou.com
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