雪深い戸隠の自然が育んだ伝統文化
「一番には、材料がいいんです」
戸隠神社のお膝元、長野市戸隠の中社地区で代々竹細工店を営む井上栄一さんは、戸隠竹細工の特徴について、そう教えてくれました。
材料となるのは、戸隠の山に自生するチシマザサ。地元の人が〝根曲り竹〟と呼ぶその竹特有の光沢と滑らかさをいかした戸隠竹細工は、それを育む森とともに大切に守り継がれてきました。
もうひとつの特徴は、職人の〝意識の高さ〟。材料の採取から竹ひごの加工、仕上げまでの全工程をひとりの職人が手掛ける戸隠竹細工は、材料のでき具合が作品の美しさに大きく影響するといわれます。
よい竹をとり、よい材料をつくれるようになることが一人前の職人の大前提。
「ぼくがじいさんに習ったときは、10年ぐらい経たないといい材料はつくれないと言われましたけど、何年やっても全然納得いくものはできないですよ。年配の職人さんに聞いても、皆、うまくいかないなぁとつぶやいてます」
ざるの縁やかごの持ち手など、つくるものの部位によって年数の異なる竹を使用するのも戸隠竹細工の特徴。でき上がりを想像し、それにぴったりと合う竹を採取するところから制作がはじまります。 そんな職人の経験と研ぎ澄まされた手先の感覚によって編まれた戸隠竹細工には、どんな作品があるのでしょうか。
堅牢さと機能美を兼ね備えた手仕事
筆頭は、ご存知戸隠そばの名脇役、ベテランの職人でも1日2枚しかつくれないといわれる「ざる」。そばだけでなく、日常の食卓で、野菜や天ぷらなど、何を盛り付けても、おいしく見えるすぐれもの。洗う際は、網目に沿ってやさしく洗い、陰干しして乾燥させるなど、丁寧に使えば、長く使うことができます。 そのほか、洗い物の水切りなどに便利な「めかご」、野菜や山菜の収穫の際に持ち運ぶ「びく」など、耐久性と機能美を兼ね備えた戸隠竹細工は、昔の人の暮らしの知恵から生まれ、時代とともに少しずつ変化しながら、今に継がれてきました。
「赤ちゃんが生まれたら、お母さんがカゴをひとつ買って、着替えを入れたり、小学校に上がったら運動会に重箱を入れて持って行ったりといろいろな使い方をして、孫が生まれたら、またその子のために使ってもらう。そういう風に家族とともに時を刻んでもらいたいという想いで、子どもが触っても痛くないように、材料を吟味して編んでいます」という井上さん。
長く使ううちに、色や手触りが変化し、愛着が湧くのも竹細工の魅力のひとつ。井上さんが大事そうに見せてくれた小ぶりなざるは、60年以上前におじいさんが編んだというもの。その艶やかな飴色のざるは、井上さんとともに長い歳月を生きているようでした。
日々の暮らしに竹細工を
こうして、代々受け継がれてきた戸隠竹細工。便利さや手軽さを求める時代の流れにより、その技を継ぐ職人が減り、存続の危機にあるのも実情です。 その課題解決のために、井上さんは高齢の職人でも少ない材料でつくることができ、若い人にも気軽に手に取って竹細工のよさを知ってもらえる商品を考案しました。それが、「コーヒードリッパー」。 登山やスキーが趣味の井上さんならではの〝山でおいしいコーヒーを淹れたい〟という願望を叶えたこの道具は、メディアでの発信を機に、問い合わせが続出し、戸隠竹細工の知名度を上げるきっかけともなりました。
ドリッパー以外にも、持ち手の付いたかごなどは、家庭菜園やキャンプなどアウトドアを楽しむ人たちの間でもじわじわと人気を呼んでいます。 一点一点が手仕事で、その手触りや色味などが異なる竹細工は、現物を見て買うのがおすすめ。とはいえ、現地に足を運べない人たちのために今後、オンラインでの販売も検討中だといいます。 また戸隠では、伝統工芸の魅力を少しでも多くの人に知ってもらおうと、期間限定・事前申込制の竹細工教室も開講しています。詳しくは、下記ホームページからご確認ください。
戸隠中社竹細工生産組合HP
戸隠竹細工のお求め
https://www.togakushi-takezaiku.com/guide/
閲覧に基づくおすすめ記事