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新しいジブン発見旅-櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日)第20話 縄文人を追体験する、夏 長和町『原始・古代ロマン体験館』で縄文土器づくり

縄文土器を作りながら、縄文人の気持ちを想像する。さわやかな夏の風と共に、当時の風景を見つけに、長和町にでかけよう。

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夏、縄文日和

 

長野の夏は、とても鮮やかだ。標高のせいなのか、その青空の美しさと力強さは、特別なものがある。もくもくと上に立ちのぼる夏の雲が青の中に浮かび上がり、その柔らかくてつい触れたくなるような陰影を、太陽が照らす。下方へ目線を移すと、遠くに見える稜線の深い青、近い山々の濃い緑、地平には、なびく稲の黄緑。生命の気配が生々しく迫ってくる景色があまりに眩しくて、つい目を細めてしまう。

夏の生命の輝きを見ると、なぜか原始の暮らしに思いを馳せたくなる。太古より続く自然の営みを、目の当たりにするからかもしれない。原始の暮らしとは、どのようなものだったのだろうか。太刀打ちできないほど力強い自然を目の前にして、人々は何を思ったのだろうか。じりじりと差す日の光を体に浴びながら、ひとり想像する。もっと、彼らが何を思っていたのか、知りたい。そんな思いがむくむくと膨らんでくる。

そうだ、この夏は、縄文土器を作ろう。ふと、そう思った。生活のための道具としてだけでなく、独特の美しさも持つそれらを、彼らと同じように作ってみたら。そうすれば、原始の人たちの心をより、知ることができるかもしれない。

夏、縄文日和。暑さに半ばやられつつも、縄文の風が吹く地に早速出かけることにした。

縄文人を近くに感じながら 長和町『原始・古代ロマン体験館』

『原始・古代ロマン体験館』に入ると、ずらりと並ぶ土器のレプリカが迎えてくれる

訪れたのは、長和町。本州最大規模の黒曜石の原産地として有名で、縄文人が黒曜石を掘り出していた鉱山の跡や多数見つかった縄文土器など、縄文人の痕跡を見ることができる場所だ。
(連載企画:新しいジブン発見旅−櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日)第10話『縄文の風を感じて 黒曜石を巡る旅』も合わせてご覧いただきたい)

実を言うと、1年間ずっと、縄文土器を作りたかった。というのも、昨年『黒耀石体験ミュージアム』で大変お世話になった学芸員の大竹さんが、別れ際に、近くの姉妹館で縄文土器を作れるのだと教えてくれたのだ。ずっと頭の片隅にそれがあり、くすぶり続けていたのだが、夏の生命の爆発的な力を前に、私の思いもついに爆発してしまったようだ。

早速『原始・古代ロマン体験館』に連絡を取り今までの経緯などを話すと、なんと大竹さんが対応してくれるという。昨年お会いした際にすっかり彼女のファンになってしまった私は、思わぬ再会に胸が高鳴る。
当日の朝、体験館に向かうと、変わらぬ笑顔で迎え入れてくれた。発掘調査や講演などで忙しく各地を飛び回る彼女はとてもエネルギッシュ、とはいえ決して近づきがたいオーラを放っているのではなく、いつでも気さくに話しかけてくれる。(この日も出張から帰ってきたばかり、茨城なまりの英語で講演したのだと、冗談交じりに教えてくれた。)

『原始・古代ロマン体験館』は『黒耀石体験ミュージアム』の前進として、廃校になった学校の体育館を利用して平成4年にオープンした。全国的にも珍しい体験型博物館として、平成12年のピークまでに12000人の入館者がいたという。大竹さんが企画から携わり、展示もすべて手作り。手描きのイラストが散りばめられ、小さい子どもたちにも絵本を読んでいるようにわかりやすい。

ここで体験できる縄文土器作りは、オープン前に地域の方々や農協の皆さんと共に行ったイベントから、マインドが引き継がれている。縄文人さながらの土器作りと食事を、100人程で楽しんだそうだ。黒曜石で肉を切り、朴の葉でそれを包み、熱した石で蒸し焼きに。作った土器で豚汁を作り、みんなで食べた。当時は、直接たき火で焼く“野焼き”で縄文土器を焼き上げたが、やはり火加減が難しく、多くは割れてしまったという。

「土器の知識はもちろんあったけど、実際に作ってみて、はじめて分かることもたくさん。体験することで、いろいろな発見があるんです。」
と大竹さんは話す。

見るのも良いが、やっぱり実際に作ることで、さらに縄文人に近づける。さて、私は土器作りを通じて、どんなことを感じられるだろうか。1年間思い焦がれた未知の世界へ、いよいよ挑戦だ。

実物の展示でイメージを膨らませて 縄文土器を作ろう

レプリカの見本を前に、縄文土器作り体験

大竹さんに変わり、土器作りはベテラン“三姉妹”である講師のお三方に教えていただくことになった。『原始・古代ロマン体験館』開館当初より蓄積された技術が脈々と受け継がれているのだ。
まずはじめに、「どんな土器を作りたい?」と聞かれて、はっとした。そうか、そこから考える必要があるのか。個人的にはやはり、火焔型土器に心惹かれる。そんな話をしたら、「これなんか、いいんじゃない?」と、“焼町土器”という名のついた展示品を見せてくれた。ここは、多数の縄文土器が収蔵される博物館。実物の展示を見ながらイメージを膨らませることができるのも、ここならではだ。

“焼町土器”は、東信佐久一帯に見られる信州特有の模様がある縄文土器で、梟とみられる動物のモチーフ、種や葉っぱ、つるが絡まるような線が印象的だ。ちなみに作った作品は、飾るのはもちろん、花を生けたり、大きさによって傘立てにしたり、鍋として使ったり、用途は無限大。頭の中に、“焼町土器”が家にある様子を思い浮かべてみる。いい感じだ。

大竹さんが作ったというレプリカを見本にしながら、制作に取り掛かる。講師“三姉妹”の長女の黒澤さんと、三女の堀内さんに見守られながら、粘土に手を伸ばす。まずは球を作り、押しつぶして円形にする所からだ。これが、底の部分になる。その上に、ひも状に伸ばした粘土を円に沿って繰り返し並べていく。それぞれを土台に馴染ませながら、均等な形にしていく必要があるのだが、この時点で、美しい縄文土器の技術の高さを思い知る。はじめのこの作業からすでに、難しい。

しわになってしまう、粘土のひも。最初から最後まで付きっきりで指導してくださった三女の堀内さんが作ったものとは、比べ物にならない。
「きっと力が強いのね。もっと優しく、力を抜いてやるの。」
と、アドバイスを受けるものの、いつまでたっても私の作る粘土ひもにはしわが入ってしまう。のろのろやっていたら、今度は粘土がひび割れてきてしまった。土器づくりに乾燥は大敵。スピーディーに仕上げることも、必要らしい。

装飾が複雑なほど、難易度が上がる。1日だけでなく、何日もかけて通って土器作り体験をする人もいるという。その理由が、開始10分で理解できた。華々しい縄文土器は、作るのに時間がかかる。しかも、こだわり始めたら、きりがない。
“焼町土器”は、装飾が施された土器なので、私のレベルではかなり時間がかかりそうだ。でも、私には今日しかない。もっとシンプルな土器に変えることもできると提案を受けたが、やっぱり派手な土器が作りたい。そんなわがままな私を見かねて、急遽、次女の辰田さんも応援にやってきてくれた。

装飾に込められた思いを想像しながら

力を合わせて完成したオリジナル縄文土器

辰田さんは、私の制作中の土器を見るなり、「これだと、広がってうまく焼けないかもねえ。」と言って、手直しをしてくれた。上方にかけて口を広くしていたのだが、重さに耐えきれずに壊れてしまうこともあるのだという。見た瞬間にそれを見抜く経験の豊かさは、さすがだ。
本来なら1人で仕上げるものなのだが、堀内さんと辰田さんに泣きついて、手伝っていただくことになった。2人はてきぱきと形を整え、粘土ひもを作る。私は装飾部分のモチーフをひたすら作り、出来上がった土器の輪郭に張り付けていく。粘土をこねているのは、楽しい。みんなでおしゃべりをしながら、途中からは時間を忘れて、土器に向き合う。縄文人もこんな風に、仲間と過ごしていたのだろうか。

装飾を作ろうとすると、自ずと縄文土器の細部を見つめることになる。きれいな円から、高くなるにつれて四角く変化していくそのフォルムや、規則的についた模様は、幾何学的で気持ちが良い。色々な角度からモチーフを見ると、どこからみても美しい曲線を描いていることに気づく。デフォルメされた彼らの身近にあった自然は、コミカルな感じもするし、畏怖の気持ちが伝わってくるような気もする。そこに美しさを感じたのであろう彼らの感性に、どこか共感する自分もいる。何千年も前の時代に暮らした人たちのことを想像するとき、はるか遠い存在として思い浮かべがちだが、ともすると、そうではないのかもしれない。

彼らがやったのと同じように土器を作りながら、彼らの考えていたことをなぞっていたら、気づけば日が傾き始めていた。この地にいた縄文人も、1日の終わりを思わせるこの景色を同じように見ていたのだろう。じんわりと全身に汗をかき、心地よい疲労感を感じる。ようやく、3人で力を合わせて作った縄文土器は、完成した。「よく頑張るねえ、えらいねえ。センスいいよ。」と終始2人に励まされたおかげで、どうにか閉館までに作り上げることができた。

進捗を心配していた他のスタッフの皆様や、大竹さんも見に来て下さり、完成を喜び合う。見本よりもモチーフが不細工な気もするが、オリジナルの土器が出来上がり、達成感がこみ上げる。
「3メートル離れてみると、すごくいいね!」
と、みんなで笑い合った。この後1~2ヵ月乾燥させ、焼き上げる。ここでもまた、時間がかかる。縄文土器の美しさは、一朝一夕で出来るものではないのだ。

リピーター続出の縄文土器作り体験

「今度は香炉にチャレンジしてみなよ!」
作り終わった後に、堀内さんが声をかけてくれた。博物館にも展示されている、にっこりとした笑顔がかわいらしい香炉型土器。膨らんだお腹に火を灯して使われたと考えられており、生命の神秘を感じさせる土器だ。この世界観に一目ぼれし、最初は作りたいと思ったのだが、乾燥も含めて2日以上かけないとできないということで、この日は泣く泣くあきらめたのだ。

『原始・古代ロマン体験館』での体験は、リピーターが多いという。土器作りの楽しさはもちろん、教えてくださる講師やスタッフの皆さんの優しさに、また来たい!と誰もが思ってしまう。(もちろん私もその1人だ。)
天候を気にせず、縄文人の気配を感じながらいつでもできる縄文土器作り。縄文人を追体験しながら当時に思いを馳せれば、自ずと土器を見る目線も変わってくる。

手に残る、粘土の感触。夕暮れ時の外に出て、彼らも過ごした長和町の自然を、改めて全身で感じてみる。彼らが作った土器から、どんな風に自然を見ていたのかを感じ取れば、当時の暮らしが見えてくるような気がする。
そんな風に考えていたら、果てしなく繰り返す生命の営みが、胸に迫ってくるようだった。彼らと、私たちは、確実につながっている。少しがさがさとした手の平を見つめ、縄文人の手を思う。今日、私は、少しだけ彼らに近づけたかもしれない。

それにしても、土器作りは楽しくて、あっという間に終わってしまった。今度は何日か時間を確保して、お邪魔しよう。帰り道にはすでに、次の香炉作りをいつにしようか、ぼんやりと考えているのだった。


取材・撮影・文:櫻井 麻美

詳しくは『原始・古代ロマン体験館』
https://www.culture.nagano.jp/facilities/268/

<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ご す。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/

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