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新しいジブン発見旅ー櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日) 第10話「縄文の風を感じて 黒曜石を巡る旅」

はるか昔から信州ブランドとして名高い星糞峠の黒曜石。キラキラと光るそのかけらからは、当時の人たちの息遣いが聞こえてくる。縄文へタイムトリップする旅に、長和町から出かけよう。

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星が降り積もる地、星糞峠

宝石のように整った形のものよりも、武骨な形の原石に魅かれるのは、なぜだろう。その温度、重さ、ごつごつとした質感が、私たちの住む星の“一部”であるというリアリティを、どこかに感じさせるからだろうか。
いにしえより、世界各地で人々は鉱物にいろいろな意味を見出してきた。私も、そんな鉱物に魅かれる類の人間である。その美しい色や結晶の規則性を見ると、私たち人間の美意識を超越した、宇宙の成り立ちを思わされる。そして、ひとたびそれを手に取れば、自分という存在の小ささに気づく。私にとって鉱物とは、ただ美しいだけでなく、手の平からもっと広い世界へと視野を広げてくれる存在だ。家にはお気に入りの原石が、たくさん棚に収まっている。

霧ヶ峰高原東北端、長和町にある“星糞峠(ほしくそとうげ)”。江戸の頃から土地の人々にそう呼ばれる、黒曜石の原産地である。火山のマグマが冷え固まってできた、ガラス質の非結晶性鉱物である黒曜石。その破片が地面に散らばっているのが、光に当たり、キラキラと輝く。まるで、星のかけらが降り積もったように見えたことから、そう呼ばれるようになったそうだ。なかなかインパクトがある名前だが、とても美しいその由来に強く心を惹かれた。当時の人たちが眺めていた空に浮かぶ星は、どんな輝きだったのだろう。そしてそれが降り積もった地を、どんな気持ちで眺めていたのだろう。

そんな光り輝く星糞峠の黒曜石は質が良く、他にはない美しい輝きを持っているため、元祖“信州ブランド”と言われるほど、こぞって人々が黒曜石を求めて訪れた。この地では、3万年も前から人々が黒曜石を拾い集め、生活の中で利用し、日本各地へと流通していたともいう。ついには地下資源として掘り出したという縄文時代の黒曜石鉱山からは、その営みがとても身近に感じられる。
*旧石器時代は3万年前から山より崩れ落ちてきた黒耀石をその麓の川で拾い、川底の黒耀石が枯渇してしまった縄文時代には、山に登って掘り出したということが分かっています。

長く続いた縄文。生きるのが大変であるからこそ、その日その日に向き合い、仲間と協力し合いながら、暮らしていた時代。殺伐としているこのご時世に、なんだか、ひたすら、縄文の風を感じたい。その一心で、美しく輝く星糞峠をめざして、旅に出た。

体験するから、わかるもの

黒曜石にまつわる人々の営みとその歴史を学べる『黒耀石体験ミュージアム』

体験型博物館のモデルとして、他県から視察が来るほどの人気だ

実物を間近に見ながらはるか昔の人々の痕跡を感じられる

星糞峠の黒曜石は特別な輝きを放つ

そこかしこに縄文人がお出迎え

縄文精神で素材を無駄なく使ったビーズや牛乳パックで作った紙の取り皿

ミュージアムショップはスタッフ手作り品がたくさん並ぶ

山間にある博物館。縄文人もこの空を眺めていたのだろうか

くねくねとした山道を抜け、山間のスキー場の向かい。町とは少し気温が違う、星糞峠の麓にある『黒耀石体験ミュージアム』を訪れた。こちらは、黒曜石にまつわる人々の営みとその歴史が展示されているだけでなく、黒曜石での矢じり、勾玉、石器づくりなどさまざまな体験プログラムによって、当時を感じられる博物館である。リピーターが多いという体験プログラムは、全部で20種類(休止しているものもある)、述べ体験者数は1万2千人だそうで、長和町民6千人弱と比較すると、その多さがおわかりだろう。

実験考古学の知識から立ち上げたプログラムは、スタッフの手作りだ。学芸員の大竹さんはこう言う。

「ここで働いていると、だんだん縄文人みたいになってくるんですよ!」

大竹さん含め、博物館では沢山の女性が働いている。彼女たちのアイディアで、当時の人たちがどんな目的で、どんな思いをもってそれらを作ったか、と考えながら、現代でも楽しめる内容にしているという。ちなみに材料も全てみんなで用意しているそうだ。体験プログラムで使う黒曜石をちょうどよい大きさに仕込んだり、その端材を使ってビーズを作り出したりと、縄文人さながらの無駄のない材料づくりにいそしむ。また、既製のものを使うだけでなく、ないものは自分たちで作り出す。そんな縄文精神を体現している彼女たちの仕事はとても細やかだ。

「体験することではじめて、わかるものってあると思うんです。」石を割るのか、切るのか、削るのか。その言葉一つを選ぶのにも、経験があることで変わってくる。縄文人がやっていたのと同じ方法で、彼らの営みをたどり、追体験ができるのだ。やってみないと、分からない。私も、矢じり作りを体験させてもらった。

北アルプスのような矢じりをつくりたい

縄文人の作る矢じりは、緻密で美しい

当時はこのように動物の角などを使い作っていたそうだ

現代の体験では金属の芯を挿した木の棒で矢じりを作る

“日本一矢じりを作る女性”である先生に教えていただいた

こんな風にかっこよく作りたい

動物の骨も使いつつ、試行錯誤

なんとなく形になった…かな?縄文人には程遠い

矢じりづくりは、黒曜石と先に金属の芯を挿した木製のペンを駆使して行う。石に金属のペン先を押し当てながら割ることで両面を薄くし、鋭利にしていく作業だ。実際の縄文人は、鹿の角を使って割っていたそうだ。どちらも使わせてもらったが、どちらにしろ力を入れる方向が上手くいかないと、鋭利な先端にならない。コツをつかむのがなかなか難しい。
教えてくれたスタッフの方は、仲間内でも“日本一矢じりを作る女性”と言われるだけあって、黒曜石をすいすいと北アルプスのような美しい形に仕上げていく。きっと、当時もこうやって上手く黒曜石を扱える人は、仲間から憧れの存在だったのだろうな…と想像しながら、四苦八苦しながらも矢じりを完成させた。

自ら体験した後に見る、縄文人の矢じりとその美しさは、やはり目を引く。館内に展示されているようなものを作るには、とても緻密で根気のいる作業が必要になると身をもって理解した。きっと、縄文人も、何度も何度も、時には失敗を重ねながらも、作っていたのだろう。そう思うと、はるか昔にこの地で矢じりに向き合っていた縄文人がなんだか身近に感じるから不思議なものだ。

縄文人が使っていた道具を見ると、そこに見える工夫から、営みの様子を想像することができる。30年にわたり星糞峠で遺跡発掘調査をしてきた調査員でもある大竹さんは、その深い知見を惜しみなく、一般人にもわかる言葉で伝えてくれた。遠く離れた時代の人、ではなく、1人の人間として。そこに縄文人がいた、という痕跡。彼らが握りしめていたであろう石器に触れたら、その体温が感じられそうな。そんな距離感に徐々に引き込まれていった。

縄文にタイムスリップする森

森を抜け、標高1500mにある星くそ館へ

縄文人もこの森を歩いていたのだ

地面にたくさん散らばっている星のかけらは、本当に美しい

大竹さんが教えてくれた縄文人の仕事の痕跡

星くそ館内部、縄文人によって採掘された実際の地層

ミュージアムの裏には森が広がっている、縄文人も歩いた森。地面にはそこらかしこに光が散らばっている。これらは全て、黒曜石の破片だ。一つ手に取って空にかざしてみる。星糞峠の黒曜石の特徴は、光が透ける透明感ある美しい輝きだ。はるか昔の人々も、やはりこの輝きに特別な何かを見出したのであろう。「まるで宇宙が見えるよう」だと、大竹さんが言ったのを聞き、はっとした。火山からできた黒曜石は、地球の恵みだ。このような岩石や鉱物は、宇宙の星々の材料でもある。星糞の由来である、星が降り積もったような、とは、もはや単なる比喩ではない。この小さな粒の中には、本当に、宇宙が広がっている。それがたまらなく美しくて、ずっと眺めていたい。

この辺りに落ちている黒曜石をよく見ると、波紋や細かい傷が付いている。それは、縄文人が石を叩き、加工した後なのだという。1万年も前の人と同じものを手に取り、その生々しい痕跡を間近に見ていると、今、自分は何時代にいるのだ?と、思わず自問自答してしまう。

30分程森を歩くと、『星くそ館』がある。今回はご厚意で大竹さんの運転する軽トラに乗せてもらった。(ちなみに大竹さんは断然マニュアル派!でワイルドな山道をすいすいと運転する)そこは、実際に採掘がおこなわれた地層が展示されており、人の働きかけが見られる遺跡の地層展示としては世界最大規模だともいう。ちなみに、2021年にオープンしたばかりなのだが、ピカピカの建物ではない。あえて錆が出る鋼を外観に使うことで、経年変化を楽しみながら森に調和することをめざした。石の文化から鉄の文化へ。そんな象徴的な建物でもある。

中には、縄文人によって採掘された実際の地層が展示されている。7千年前に初めて掘られたその地層は、後の世代の縄文人によって再び採掘された。実際に出てきた当時の道具は、整理整頓して置かれていたそうだ。道具を大切にする縄文人は、きれい好きでもあったのだ。漆塗りの木片はお守りとして持っていたと考えられている。現代にも通じる行動に、ますます縄文人に親しみが沸く。

たっぷりと時間をかけて案内してくれた大竹さんの最後の質問が心に残る。
「なぜ縄文人は貴重な黒曜石を日本各地の人々に分け与えたのだと思いますか?」

大人としては、何かと引き換えにしたのだろうか、などと考えがちなのだが、子どもたちは、シンプルに、こう答えるのだそう。
「心が優しかったから。」

実は、黒曜石の流通は物々交換や、何かを見返りにしたものではなく、ただ、分け与えることによって行われていたと考えられているそうだ。厳しい自然の中で生きる仲間と、互いに資源を分け合いながら協力して暮らす。そんな平穏な人たちの時代だったからこそ、縄文は1万年も続いたのだろう。

星くそ館を出て、縄文時代へのタイムスリップから戻ってきた時、目の前に広がる青空を見ながら、私たちの住む現代について、自ずと考えさせられた。豊かさとは、なんだろうか?私たちの未来へのヒントが、この森にはあるような気がした。

黒曜石がつなぐ“時”と“人”

黒曜石一筋の大竹さん、彼女を取り上げたドキュメンタリー映画「掘る女」が今夏公開される

今回の旅の締めくくりに、軽快な語り口ながら学術的な知識も分かりやすく案内してくださった大竹さんの物語を紹介したい。彼女は茨城出身。暮らしていた場所が遺跡のほど近くだったということもあり、小さいころからすでに土器を発見していた。そんな折に見つけた黒曜石の産地が、長野県にあることを知り、なぜこんなに遠くまで黒曜石が運ばれたのか、興味を持った。これが、彼女と黒曜石の最初の出会いである。その後、考古学の道に進み、運命的な巡り合わせで彼女の黒曜石体験のルーツとも言える、長和町にやってきた。そこで長く発掘調査を行なっている、黒曜石一筋の人なのだ。

ふとした軽い世間話から、そんなエピソードを教えていただき、興奮で身震いしそうになった。彼女の黒曜石と共に歩いた人生と、その成果を目の前にして、もしかしたらその黒曜石は彼女に見つけてもらうために、そこにあったのかもしれない、とすら思った。そして彼女と、キラキラと散らばる黒曜石に囲まれたこの森で話していることに、なんだか不思議な気持ちになった。

星糞峠の黒曜石は旧石器時代や縄文時代と現代の私たちをつなぐ。各地に散らばったことで、その場所ごとの人もつなぐ。“時”と“人”をつなぐ、黒曜石。その神秘的で美しい輝きを、ぜひともその目で見ながら、縄文の風を感じてほしい。目を閉じると、そこにはきっと、縄文人を感じることができるはずだ。

〈星くずの里 黒耀石体験ミュージアム〉の詳細は
http://www.hoshikuso.jp


取材・撮影・文:櫻井麻美

<著者プロフィール>
櫻井麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に 移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ご す。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/

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