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先人の知恵を味わうローカルガストロノミー~木曽のすんきを訪ねて~

木曽地域に伝わる発酵食「すんき」。厳しい冬を生き抜くために育まれた知恵の結晶であり、今もなお地域の食卓を支える存在だ。
仕込むのは冬のわずかな時期のみで、その味に出会えるのも限られた季節だけ。そんな“冬の風物詩”ともいえるすんきの魅力をたどっていく。

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伝統発酵食「すんき」を継ぐ、すんき名人をたずねて。

長野県には、地域の気候風土とともに育まれてきた多様な食文化が息づいている。冬の厳しい寒さや雪深さ、そして外との往来が限られる地理的要因の中で、先人たちは「寒さを利用して食材を長期保存する」という食の知恵を磨いてきた。

木曽地域に伝わる郷土食「すんき」もそのひとつ。
地域で採れた赤カブを塩を一切使わずに発酵させる漬物で、木曽の各家庭でつくられているほか、12月~3月のシーズンには地域の飲食店でもさまざまな料理で提供され、訪れる人がその味を楽しむことができる。

厳しい冬を生き抜くために受け継がれてきた保存食であり、地域の暮らしを象徴する食文化でもある「すんき」。その背景をたどりに、木曽地域へと足を運んだ。

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野口さんのお宅で出していただいた温かいお茶と今年漬けたすんき。かつおぶしをかけ、お好みで醤油をかけいただく

まずは、すんきの伝統を守り伝え、その普及に力を尽くす野口廣子さんのもとを訪ねた。
かつては「すんき研究会」に所属し、研究者とともにすんきの魅力を探り続けてきた人物だ。現在は、赤カブの栽培からすんきの製造までを手がける工房「夢人市(むじんいち)」で、地域の女性たちとともにすんきづくりに取り組んでいる。
この地域で野口さんの名を知らぬ者はいないと言われるほど、“すんき名人”として広く知られた存在でもある。

訪れたのは、二日前の雪がまだ残り、空気が頬を刺すように冷たい日だった。
「寒いところ、ご苦労さまです」と、ストーブに薪をくべながら温かく迎えてくれた。

温かいお茶とともに出してくれたのは、野口さんが今年漬けたすんき漬け。
長野県では、お茶請けに漬物を出す食文化が根づいており、その習慣が自然と野菜の摂取量を増やし、県の長寿を支える理由のひとつではないかといわれている。

すんきは、古くからこの地に根づいてきた発酵食。実は起源についてははっきりしていないという。
「300年前の文献に記述が残っているそうなので、少なくとも300年以上前から食べられていたのは確かなんですが…。それ以前のことはよくわからないんですよ」と野口さん。

江戸時代には松尾芭蕉の弟子・野沢凡兆(のざわぼんちょう)の句会で「酢茎(すぐき)」について詠んでおり、古くから地域に根づいた食材であったことがうかがえる。
すんきの名の由来については、「酢茎(すぐき)」がなまったという説もある。すぐきは京都の代表的な漬物で、塩を使って発酵させる点が特徴であり、塩を使わずに仕込むすんきとは発酵の成り立ちが大きく異なる。
「山深い地域だったので塩を入手するのが大変だったんでしょうね。それで塩を使わず、保存する方法が考えられたといわれています」

塩を用いず、発酵の力だけで植物性乳酸菌を生み出し、腐敗を防ぐ――。
科学でその仕組みを解き明かすよりはるか以前に、自然の力を読み取り、発酵という答えへとたどり着いた先人たちの知恵には、ただ驚かされるばかりだ。

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野口さんおすすめ「すんきの味噌汁」。ほどよい酸味が味噌とよく馴染んだ一杯。味噌汁にすんき漬けを入れるだけとお手軽なのもうれしい

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赤カブ農家、加工所「夢人市」代表・野口廣子さん。すんきづくり講師、すんき品評会の審査員もつとめている

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夢人市でつくるすんきは「道の駅 木曽福島」で購入できる

木曽の伝統野菜が育んだ乳酸菌発酵のチカラ

すんきの素材となるのはこの地域で採れる赤カブだ。「信州の伝統野菜」にも指定されている「開田カブ」「三岳黒瀬カブ」「王滝カブ」の3品種を栽培し、すんきづくりに用いている。

「すんきの研究をされている東京農大の名誉教授・岡田早苗先生が、木曽以外の地域で育った赤カブを使ってすんきを仕込んだことがあったんですが、味に微妙な違いが出たと聞きました。この地域の赤カブの葉にしかない菌が関係しているのか、あるいは土壌の力なのか……。調べれば調べるほど奥が深いそうで、すんきって本当に不思議ですよね」

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野口さんの畑で採れた開田カブの赤ちゃん

ここで、その作り方を紐解いてみたい。
まず赤カブを収穫し、葉を落とす。すんきになるのはこの葉の部分だ。実の部分は「赤カブ漬け」として別の漬物として生まれ変わる。

収穫した赤カブの葉をよく洗い、熱湯でさっと湯通しする。
「絶対に茹でてはいけないんです。この加減が難しいんですよ」と野口さん。
湯通しした葉に、前年に漬けたすんきを“種”として加え、こたつなどの温かい場所で発酵させる。この“種”に含まれる乳酸菌が新しいすんきへと受け継がれ、発酵が効率よく進むのだという。
長期間漬け込んで熟成させる一般的な漬物とは異なり、すんきは1~2日もあれば出来上がる。

「昔は各家庭で作り、家庭それぞれのすんきの味があったんです。すんきの時期になったら『どう、酸っぱくなったかい?』っていうのが挨拶みたいなもんでした」


人口減少や高齢化が進むなか、各家庭で作る人は少なくなってしまったものの、すんきへの関心が高まるにつれて加工所が増え、いまではスーパーなどで気軽に手に取れるようになった。

“生涯現役”――。そんな言葉が似合うほどバイタリティにあふれ、お肌もツヤツヤの野口さん。
味噌汁にひとさじのすんき――そんな一杯を、毎朝の習慣にしてみたい。

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カブの実を少し残し、細かく切った葉と一緒に漬け込んでいく(写真は「くるまや国道店のすんき」)

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すんきから出るこの“エキス”が重要。エキスに乳酸菌が豊富に含まれている。道の駅などではこのエキス単体で「すんきのつけ汁」として販売されている(写真は「くるまや国道店のすんき」)

木曽の風土が育てた“すんきそば”を求めて

宿場町が点在し、観光地としても賑わう木曽地域。
せっかく訪れるなら、やはりすんき料理も味わいたい。なかでも代表格といえば「すんきそば」。温かいそばにすんきをのせた、冬限定のメニューだ。
その味を確かめたくて、国道沿いに店を構える「くるまや国道店」を訪ねた。

1970年(昭和45年)、本店からのれん分けして開店した食堂で、開田高原産のそば粉を使ったそばや天ぷらが看板メニュー。店主の下條忠計さんは東京のそば店で修業を積んだのち、故郷である木曽町に戻り、先代の跡を継いだ。

木曽開田高原在来種の「開田早生」の玄そばを使用した同店のそば。夏場は夜中の3時頃から仕込みをはじめるのだという。
「それが私のこだわりなんです。少し置いた方がそばが馴染んで、風味が生きるんです」と下條さん。
ざるそばや、辛味大根を添えて味わうもりそばも評判だが、今日は「すんきそば」と決めていた。

そばが運ばれて来るまでのあいだ、自家製の「すんき漬け」を酒のつまみにいただきながら、ゆっくり「すんきそば」が出来上がるのを待つことにした。

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大きなそば釜に張られたたっぷりの湯でそばを茹でる

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冷たい井戸水でそばをしめる

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今年度に使用するすんき漬けの樽。これが終わったら今期の提供は終了

素材となる開田カブは毎年、開田高原で農家を営む知り合いが届けてくれる。もともとは店の従業員だった方で、すんきの作り方もその人から教わったという。
「一度、開田産が手に入らなくて伊那谷産を使ったことがあったんだけど、やっぱり味が違ってしまってね。開田産のカブじゃないとダメだって実感しました」

毎年、大きな漬物樽を7~8個仕込み、その年のシーズンですべてを使い切る。

店によっては冬以外の季節にも提供しているところもあるが、下條さんは首を振る。
「冷凍すれば出せるものではあるんだけど、うちはそれはやりません。その年のすんきを、一番おいしい旬の時期に味わってもらいたいので」


そうこうしているうちに、だしの良い香りとともに、すんきがたっぷりのった「すんきそば」が運ばれてきた。

「魚介でとったつゆに、すんきから出る旨味成分のコハク酸が合わさることで、奥深い味わいが生まれるんですよ。昔は『そばつゆにすんきを入れると、なんでこんなにうまくなるんだろう?』って不思議だったんですが、岡田先生がそのコハク酸の存在を見つけてくれて。それでようやく旨さの秘密が解明できたんです」

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「すんきそば」(1.000円)。そばつゆは、カツオ節、サバ節、どんこ、真昆布からとる。すんきの汁も入れるため、通常のそばつゆより少し濃い目に仕上げるのだという(かつお節はのせた状態で提供)

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冷たい「すんきそば」(1,000円)。他店ではお目にかかれない同店ならではのメニュー。さっぱりしているので「できたら夏に食べたい」とつい本音が。「夏になったらすんきの味が落ちるので、ぜひ冬に食べてください」と下條さん

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「すんき漬け」(550円)。はじめてすんきを食べる人はこちらからお試しを。そばはミニサイズもある

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くるまや国道店 住所:長野県木曽郡木曽町新開福4950 TEL:0264-22-3183 営業時間:11時~売り切れ次第終了 定休日:不定休(主に月曜、要問い合わせ)

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テーブル席のゆったりした店内。季節メニューはすんきが終わったら、わさびの茎、山菜などが登場予定

バリエーション多彩、広がるすんきの世界。

この時期、木曽町ではさまざまな場所で、すんきを使った料理を楽しむことができる。
親子連れで訪れるなら「ふるさと体験 木曽おもちゃ美術館」に立ち寄るのもおすすめだ。木曽町産の木材をふんだんに使った体験型施設で、子どもの好奇心をくすぐるおもちゃや体験が数多くそろっている。

こちらに併設されているカフェ「MuseumCafe四季」で味わえるのは「すんきとうじそば」。
とうじそばは、冷たいそばを柄杓状のとうじ籠に入れ、熱いつゆにさっとくぐらせて食べるのが特徴。鍋料理とそば文化が交わったような独特の食べ方で、寒さの厳しい木曽の冬に根づいた食文化として知られている。

木曽産の玄そばを石臼挽きし、毎朝手打ちで打つそばを、すんきがたっぷり入った温かい鍋にくぐらせいただく。まさに体験型ミュージアムにふさわしい一品だ。

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「すんきとうじそば」(1,500円)、11月中旬~3月末までの提供予定(すんきが終わり次第終了)

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MuseumCafe四季 住所:長野県木曽郡木曽町新開6959 ふるさと体験 木曽おもちゃ美術館内 TEL:0264-27-1011(木曽おもちゃ美術館) 営業時間:11時~14時(13時50分LO) 定休日:火・水曜(冬期はメンテナンス休館あり、詳細は公式サイト参照)

木曽町では、毎年12月中旬から2月末まで「すんきde元気フェア」というスタンプラリーを開催している。木曽町、王滝村の協賛店ですんき料理、すんき商品を購入し、スタンプを集めて応募すると抽選で買い物券や食事券が当たるというイベントだ。

偶然ポスターを目にし、立ち寄った先である「道の駅 三岳」で見つけたのは、すんきのおやき。ふっくらタイプの生地の中には甘じょっぱく炒めたすんきがたっぷり入っている。見た目は野沢菜に近いが、食べてみるとまったくの別物。すんき特有の酸味がしっかり残っており、野沢菜おやきを食べ慣れている身としては、脳が軽く混乱するかのような不思議でクセになる味わいだった。

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「すんきおやき」。ほかにも木曽町にある道の駅では、すんきを使ったクラフトビールやお菓子など、さまざまな商品が販売されている

木曽町で気づかされた、すんきの無限の可能性。20~50種類もの植物性乳酸菌を含み、さまざまな健康効果が期待されるすんき。食文化としての価値にとどまらず、体の調子を整える力を備え、長野県の長寿を陰で支えてきた存在でもある。冬の風物詩として受け継がれてきたその味を、木曽を訪れた際にはぜひ一度味わってほしい。


撮影/内山温那  取材・文/大塚真貴子

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