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愛する長野県でリスタート、食のプロたちに会いに行く。

それぞれの理由で長野県を目指した3人の料理人たち。ローカルな地だからこそ、さまざまなチャレンジができ、新しいアイデアが生まれ、エフェクトを引き起こす。ただ料理がおいしいだけじゃなく、遠くから人を呼び寄せる魅力の根源を探りに3人の食のプロたちに会いに行ってきた。

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何料理でもない、味わえるのは“あゆみ食堂料理”

前職は長野県のローカル雑誌の編集者だったので、県内全域、たくさんの飲食店に取材をさせてもらってきた。そんな中でも企画に合わなかったり、都合が合わなかったりで、行きたくても行けなかったお店がある。
それがここ「あゆみ食堂」。長野県諏訪市にて2019年秋にオープン。料理人の大塩あゆ美さんがオーナーの飲食店だ。

各所に出張し料理を作るほか、雑誌等の連載、レシピ本の出版など、東京を拠点に料理家として多岐に渡って活動していた大塩さん。縁もゆかりもない諏訪市で自身のお店をオープンするきかっけは、諏訪市にある人気の古道具店「ReBuilding Center JAPAN(通称・リビセン)」のイベントで料理をふるまったことだった。
「本当に失礼な話なんですが、それまでは長野県に全然興味がなかったというか(笑)。諏訪市ってどこ?という印象しかなかったんです」

たまたま友だちだったリビセンのイベントに誘われ、何の期待もなく諏訪を訪れてみたら…
「すごくいいところだなと思いました。いつかは自分のお店を持てたらという思いはありましたが、その時はまだ諏訪にお店を出そうという発想はなかったんですよね」
友人たちに勧められるうちに、だんだん「諏訪でお店を出すならば…」と、自然とシミュレーションをするように。

大塩さんの出身地は静岡県河津町という伊豆の方。生まれ育った実家方面でお店を出すより、東京からのアクセスが良い諏訪でお店を出した方が、たくさんの人に来てもらえるのではと考え、そこで決意が固まった。
「そこからは早かったですね。物件が決まり、内装はリビセンにお願いして。でもお金もないので、友だちに手伝ってもらったり、できることは自分たちでやりました」

そして2019年9月にオープンしたあゆみ食堂。最初は大塩さんのことを知っている人や噂を聞きつけた人、食への意識が高い人などという客層だった。 「そこでコロナになったんです。大変ではありましたが、新しいことに挑戦できたり、 お弁当をはじめて近所の方にもたくさん知ってもらえるきっかけにもなったので、ある意味吹っ切れたというか、自由になれたのはよかったですね」


オープンから5年目を迎える今、元々大塩さんが目指していた「小さな子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで誰でも気負いなく気軽に寄ってもらえる“食堂”」が具現化され、老若男女問わず幅広い客層の人が訪れる人気店になった。
「先入観なく来られた方に「おいしいね」って言ってもらえるのがすごくうれしいですね」

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「あゆみ食堂」店主・大塩あゆ美さん。料理家たかはしよしこさんのアシスタントを経て独立。お店をオープンする前は「あゆみ食堂」という名前で出張料理を行っていた

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カウンター席と小あがり席がある

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カウンターキッチンになっているので大塩さんの調理風景がよく見える。ディスプレイされた調理器具含め、参考になる部分多し

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イラストロゴは静岡県出身なので富士山をモチーフに友だちが作ってくれた

週替わりのランチプレートはおかずやごはんでだいたい5~6品が一皿にのる。
「何料理ですか?ってよく聞かれるんですが、何料理でもないので“あゆみ食堂料理です”と答えています」

「ちょっと前に韓国へ行ってきたので」と言い、ランチプレートにのせてくれたのは「白菜のチヂミ」なるメニュー。
韓国で食べたらおいしくて、作っていたお母さんに作り方を聞き、日本へ戻りさっそく再現してみた。
「韓国産の小麦粉と日本産では全然違うので、同じ味は出せないかもなぁと思っていたんですが作ってみたくて。信州産の小麦粉に北海道産を混ぜてみるなどいろいろ試してみたら少しずつクオリティが近づいてきたかなと。でも、もうちょっと作ってみたいので、来週のプレートにも入れることにしました」
自身のことを「興味があることはとりあえずやってみる性格」という大塩さん。この好奇心とフットワークの軽さが大塩さんの持ち味ともいえる。

2018年に韓国へ行ってから、韓国の食べ合わせのおもしろさが自身の作る料理と共通していることに気づいたという。
「なんでもありというおおらかさが私の作りたい料理と共通しているなと思って、ますます韓国料理の魅力にハマりましたね。こないだはオンラインのキムチ講座に申し込んで、発酵や素材のことなどを学びました」

常に学び続け、進化を続けているので、大塩さんのメニューには完成形がないようだ。
「メニューは前もってあんまり考えないですね。今回みたいに旅行でインスピレーションを得たものや、素材ありきで考えることが多いです。来週は寒くなりそうだから温かいものがいいかなとか、そんな感じ。私が作りたいと思ったものや自分たちが食べたいものを作っています」。


大塩さんが大事にしていることは “次の日も同じものを食べたいと思ってもらえる料理を作ること”。
「意識して素材は選んでいますね。おいしいものが手に入らないと、どんなにがんばって料理しても完成度が高いものは作れないので。でも、この店は100%素材ありきという形式の店でもないので、おいしい基準を保てる素材を意識して仕入れています」

できるだけ地元のものや有機野菜を使い、おいしい素材をよりおいしく提供するための料理。
「食べることって幸せですよね。食べたときに生まれる幸せな気持ちを感じてほしいです。いろいろ考えずに、お腹を減らして来ていただき、食べておいしかったと満足していただければ。それだけでいいんです」


この5年間はお店を続けることに注力してきた。
「今、スタッフを募集しているんですが、人手が確保できたら、またイベントや出張などにも挑戦してみたいですね。でもあんまり先のことは考えてない、今が忙しいので考えられないんです。今あることを精一杯やっていれば、自然と良い方向に向かっていく気がします」

料理はもちろんだが、大塩さんが自然と放つ“陽のパワー”にあやかり元気をもらいたい、そう思って訪れる人もきっと多いのだろうなと感じた。

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「今週のプレート」(1,350円)。国籍もなく、何風でもなく「食べ終わっておいしかったな」と思えるワンプレートランチ

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「季節のイートンメス」(900円)。焼いたメレンゲとフレッシュフルーツ(この日はイチゴ)とカモミールのスイーツ。食感、甘さのバランスなど絶妙だった

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プレートランチやデザートは主に週替わり。メニューは大塩さんの手描き。夜は完全おまかせのコースを受付(4,000円~、要予約)

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JR上諏訪駅から徒歩約15分。お昼の予約は必須ではないが、人気店なので予約がおすすめ

〈あゆみ食堂〉

住所:長野県諏訪市元町5-12
TEL:0266-75-2720
https://www.instagram.com/ayumishokudo/
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辺境で“信州うどん”を堪能できる日本料理店

長野県信濃町。長野県の北端に位置、山に囲まれた野尻湖という大きな湖がある自然豊かな場所だ。 次に目指す場所は、野尻湖から車で10分もかからない場所にある「温石(おんじゃく)」という、うどんと日本料理の店。前日の晴天とうってかわり、この日は朝から雨模様。肌寒いこんな日は、温かいうどんが恋しくなる。


東京・青山、麻布などの和食の名店で修行した店主の須藤さんが自身のお店を開いたのが約20年前。場所は長野県の松本だった。
「なんとなく、信州がいいかなと。強い思い入れもなく、温泉があるところでゆっくり過ごしていただくお店をやりたいなと、最初はそんな感じでした」
北信エリアから南下し、いろいろな土地を見てまわり、いろいろな方との縁もうまれた。そしてめぐりあったのが松本の地。温泉街からほど近い古い一軒家を改装して完全予約の日本料理店としてオープンした。

松本で15年。
「松本での暮らしも充実はしていたのですが自分の思い描く、より良い環境を求め、常に次の場所を探していました。暖かくて海の近くもいいなと」
新たな土地を探す一方、大きな地震が起こり、社会情勢がかわる中で、須藤さんの心境も変化していく。
「ちょうどその頃、森に土地を見つけこれからそこに自分で家を建てるという友人から、一度遊びに来ないかと誘われ10年程前に訪れたのが信濃町でした。一晩その森で夜を明かし、翌朝歩いた近くの小道の景色や空気感がとても気持ち良くて。その後季節を変えて冬にまた訪れたのです」
その時に見た、見渡す限り広がる真っ白な情景に心打たれた。


「日本料理にとって大切な日本の四季。四季のうつろいによって食材がかわり料理がかわる。四季がはっきりしているこの信濃町の景色を見て」この地に移住することを決めた。


そして2020年信濃町にて温石オープン。
「より多くの方に日本食のお出汁を味わって頂きたくて、この店は気軽に食べてもらえるうどん屋にしました」と須藤さん。いろいろ葛藤はあったようだが、お店からも程近い「Vrac Market」で、より気軽に温石のうどんを食べてもらえるスタイルが叶ったこともあり、2月からは、少しゆっくり食事の時間を楽しんでもらえるようにと、予約制にし、うどんを含め3品の軽いコースの提供に。
「実はこの店が最終形態ではないんです。8年程前に信濃町の山の中に土地を得て、少しづつ準備を進めているんですよ」ゆくゆくは自然しかない山の中でゆっくり料理を味わってもらえる店を作るのが目標だという。
「でも電気も水道も通ってないので。まずはライフラインを通すことからはじめないと(笑)」

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「温石」店主・須藤剛さん。群馬県出身。「青山えさき」で修行した後、独立し長野県へ

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茶室を感じる和空間。席は8つのカウンター席のみ

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2階は雑貨&ギャラリースペース「そのうへ」。ずっと長く使い続けることができる器や道具などが並んでいる

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夫婦ふたりで切り盛り。奥様の真理子さんは絵を描く人でもある

お待ちかね、須藤さんの作る料理が運ばれてきた。まず出てきたのは「野のものの料理」。この日は越冬じゃがいもを使った料理。蒸したジャガイモを裏ごししお出汁の餡をかけ、上にはジャガイモを揚げたものをのせた。
「一番に素材を味わってもらいたいんです。この越冬ジャガイモは7~8月に収穫したもので、およそ半年、寒い所に保管することでこの時期とても甘くなるんです。このジャガイモのおいしさを生かすために、どう調理しようかとメニューを考えています」
採れたてが一番おいしいのかと思いきや…「野菜それぞれの食べ時は違うので…」野菜に合わせ一番の食べ時を見極める。

「信濃町で採れる野菜は本当においしいんです。素材に近い地域だからこそ、その土地で採れたものを一番おいしい形でお出ししたいと思っています」


そして次に運ばれてきたのは「おうどん」。おすまし、粕味噌、カレーの3種のお出汁からお好みを選ぶスタイルだ。
この日は、いりこ、昆布、サバ節、イワシ節からとったお出汁に淡口醤油で味付けた「おすまし」をいただいた。
お店の雰囲気によく合う上品で繊細なお出汁の味を堪能できる「おすまし」。それゆえ、選べる3種の中にカレーがあったのには驚いた。
「カレー、やっぱり食べたいじゃないですか(笑)。いわゆるドロドロしたカレーじゃなくて、スパイスが効いているんですが、さらりとしたマイルドなお出汁のカレーです」と須藤さん。今度はぜひカレーを試してみようと思った。


この日の「甘味」、紅玉のシャーベットとサツマイモのスープをほうじ茶とともにいただき、お昼のコースは終了。
野菜や山菜をはじめ、ジビエや魚介などを使った季節の日本料理を提供する夜の部も気になるところ。落ち着く空間で須藤さんの四季の味をゆっくり味わう贅沢な時間。次なる楽しみが、またひとつ増えた。

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長野県産の小麦をブレンドしたオジリナルの麺を使用。「季節野菜」「お揚げ」「薄切り豚肉さっと煮」

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「越冬じゃが芋の蒸し物」。お昼は2,500円~

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自然の恵みは余すことなく使い切る。お出汁に使ったいりこを捨てずに再利用。調味料とあわせふりかけに。お土産用も販売している

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昼は前日まで、夜は2日前までに要予約。持ち帰り用のうどんは信濃町の「Vrac Market(バラックマーケット)でも購入可。併設の食堂では週末限定で温かいうどんの提供も

〈温石〉

住所:長野県上水内郡信濃町柏原423−1
TEL:026-217-2422
https://onjaku-tadokorogaro.com/
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安曇野にある人気スープカレー店の新たな目論見

3軒目にご紹介するのは、個人的にも大好きなスープカレーのお店。安曇野にある「スープカレー ハンジロー」。
札幌発祥、2000年代初頭には一大スープカレーブームが起こり、全国に普及。長野県でも何件かのスープカレー屋がオープンした。
ブームが去ると同時に続々と閉店していくなか、開店当初からの人気が衰えることなく、今なお行列ができる人気継続中なのが「スープカレー ハンジロー」だ。


ハンジローの人気を不動のものにした店主の藤井さん。スープカレーとの出合いは、横浜でのサラリーマン時代。札幌に本店がある『らっきょ』のスープカレーをはじめて食べたときだった。
「衝撃でしたね。生まれてはじめて食べたスープカレーの味に。3年間くらい通っているうちに、自分でも作りたい、これを仕事にしてみたいと思ったんです」
そして会社を辞め、常連だったスープカレー店の門を叩いた。
「でも断られてしまったんです。小さい店なので今、人手は足りているからって」
しかしすでに会社を退職してしまった藤井さん。後にはひけない状況で「もう本店に行くしかないなと、札幌へ行きました」。
幸いにも本店で雇ってもらえることになり、藤井さんのスープカレー修行がスタート。スープカレーをゼロから学び、スパイスなどの知識を深めながらの日々。仕事を終えてから毎日試作に励み、自身が作るスープカレーの味を高めていった。

札幌で3年間修行し、2006年に横浜の綱島で「スープカレー ハンジロー」を開業。
「駅から徒歩4分くらい、坂を少しあがった所にある店だったんです。この店を目指し、少しゆっくり歩いて来てもらえるのにちょうどいい場所でした」


そして2013年、安曇野に移転。
横浜では連日行列を作る人気店だったハンジロー。長野県民にも受け入れてもらえるのかという不安はなかったのだろうか?
「もちろんありました。まだまだ長野県では「スープカレーって何?」という方も多かったので」
今までやってきたことを同じようにやり、とにかくおいしいスープカレーを作るだけ。そんな藤井さんの真摯な姿勢が伝わり、安曇野店も瞬く間に人気店となった。

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「スープカレー ハンジロー」店主・藤井拓也さん。長野県出身。広告代理店勤務の後、札幌「らっきょ」で修行し独立

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周りには湧水が流れる一軒家。カウンター席とテーブル席が揃う

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ひと皿ひと皿、提供する直前に煮詰めて味を仕上げる。見極めや勘が必要な作業のため藤井さんのみが行う

開店から10年。スープカレー店はほかにもあれど、横浜時代の常連もわざわざ食べに来る唯一無二の味。
「うちのスープカレーの決め手はおいしいブイヨンスープを作ること。カレーだとスパイスが重要ですが、スープカレーは“スープ”が重要なんです」

牛筋肉、牛骨、豚骨と大量のタマネギ、香味野菜でとるブイヨンスープ。それとは別に鶏ガラのみでとったスープも用意。これを合わせたWスープがハンジローの味の要となる。
「何の味なのかわからないのがいいでしょ。和なのか洋なのかわからない、それがうちの特徴です」

そうして作ったベースのスープをあえて完成していない状態で置いておき、オーダーが入り次第、煮詰めて仕上げる。
「普通、塩味を出したければ調味料を加えればよいと考えますが、うちでは煮詰めることで旨味や塩味を一番良い状態まで引き出しているんです。だからどうしても時間がかかってしまって、お客様をお待たせしてしまうんですよね」

人気店なので週末などは店へ入るまで待つこともしばしば。テーブルに着いてからも提供まで少々時間を要するため、お客さんから「カレーなんてできているものをご飯に盛るだけだろう、手際が悪いんじゃないか」と怒られることもあるという。
「それでも待っていただいているお客様には感謝しかないですよね」


そうやってがむしゃらに走り続けてきた藤井さん、そろそろ次なる展開を考える時期にきたのだという。
「安曇野店をオープンしてちょうど10年。コロナがなければずっとここでカレーを作っていたと思うんですが、コロナを機に新たなチャレンジに身を置きたくなったというか(笑)。実は僕、10年タームで次のフェーズに移っているんですが、考えてみたら2023年で丸10年だったんですよ」

藤井さんの次なるステージ。2024年夏頃までに安曇野店を閉め、新たな地・松本にて、ひとりで切り盛りするカウンター席のみの店をオープンする予定だ。
「松本は僕の生まれ故郷。いつかは松本で店をやりたいという思いもずっとあったんです。もちろんハンジローのカレーは出します。それ以外にも軽食みたいなものも出したいし。今、いろいろ考えているんですよ」

新しい店の名前は『ハンジロー One Style』。藤井さんのチャレンジはまだまだ終わらない。

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「野菜たっぷり12品目のスープカレー」(1,995円)、「骨付きチキンと彩り野菜のスープカレー」(2,180円)、ごはんは五穀米

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2日間かけてブイヨンをとる。一口飲んだ後の深みや余韻を感じてもらいたいため作業には一切手を抜かない

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3年以上の試作期間を経て商品化されたレトルトカレー

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移転後も自然豊かなこの場所は残し活用していく予定

〈スープカレー ハンジロー〉

住所:長野県安曇野市穂高4857-1
TEL:0263-82-0688
https://hanjiro.jp/
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取材・文:大塚真貴子  撮影:平松マキ、円山なみ

<著者プロフィール>
大塚 真貴子(Ohtsuka Makiko)
長野県出身。東京で情報誌を中心とした雑誌、書籍などの編集・ライターを経て、2008年に地元である長野市にUターン。地域に根差した出版社において情報誌の編集に17年間携わり、フリーランスのローカルエディター・ライターとして独立。趣味は飼い猫(ねこみやくん)を愛でること。

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