囲炉裏(いろり)のある風景が教えてくれること。

いろりを中心に営まれてきた信州の暮らし。いろり文化のはじまりや歴史、その火を守り続ける宿を訪ね、土地に息づく生活文化と郷土の味をたどってみたい。

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いろりを囲み思い出す、あの日あの時の郷土の味。

いろりと聞いてまず何を思うだろう。
古民家で家族が火を囲み、湯気の立つ鍋をつつく光景を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。かつていろりは、暖をとり、食事をつくり、人が集う場として、暮らしの中心に据えられてきた。

時が流れ、人々の生活スタイルが変化するなかで住宅の構造も大きくかわっていき、いろりは戦後を境に急速に姿を消していってしまった。
しかし、そんないろりの火を絶やすまいと、今もなお昔ながらの暮らしを現代へ伝え続ける宿がある。

その宿を目指し、長野県長野市中条へと足を運んだ。

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暖をとる、調理をする、衣類を乾かす、明かりをとるなど、いろりには暮らしを支えるさまざまな役割があった。だからこそ、家の真ん中に置かれ、家族が自然と集まる“団らんの場”でもあった

長野市街地から中条方面へと向かう県道31号線を走り、中条トンネルを抜けた先にある「やきもち家」の看板を右折。山道を走ること約5km。「こんなに上るの!? 本当にあるの?」と少し不安になってきたころに、目指す「やきもち家」の立派な茅葺屋根が見えてくる。

明治初期に建てられた民家を平成元年に移築。現在は宿泊、日帰り温泉、食事処として、地域の人々や観光客に親しまれている施設だ。

建物のすぐ裏手には山が迫り、周囲を包み込むような地形がつくり出す独特の風景に圧倒される。真新しい茅葺屋根は、昨年末に葺き替えを終えたばかりだという。長い年月を経た建物をいまも変わらず手をかけて守り、生かし続けている──。その姿勢がこの宿の魅力をいっそう際立たせているようで、静かな感動を覚える。

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ぽつりぽつりとある集落の中から、さらに坂をのぼった先にあるやきもち家。右が宿泊棟、左が貸し切りで利用できる宴会棟になっている

明治から戦前にかけて養蚕がさかんに行われていた時代、茅葺き屋根の屋根裏部屋は蚕を育てる「蚕室(さんしつ)」として利用されていた。

やきもち家も例外ではない。
「現在は吹き抜けになっているでしょ。昔は2階があって、そこでお蚕さんを育てていたそうです」、そう教えてくれたのは支配人の小松さん。東京でレストランのシェフを務めていた頃から、中条の風景や人の温かさにひかれ、しばしば足を運んでは地元の人々と田植えやみそづくりを共にし、地域とのつながりを深めていったという。
そして2021年、中条へ移住。現在は「やきもち家」を通して、この土地の魅力を多くの人へ届けている。

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支配人・小松英樹さん。中条にひかれ、東京から移住。「東京から移住した私をみんなあたたかく受け入れてくれた。中条の人は本当にいい人が多いです」

やきもち家で味わえる郷土の味。そのひとつが「おぶっこ」だ。
「おぶっこ」とは、中条地区に伝わる郷土料理で、幅広に切った手打ちの麺と季節の野菜をたっぷり加え、信州みそ仕立ての汁で煮込んで味わう麺料理だ。

野菜と麺を鍋に“ぶっこむ”様子から「おぶっこ」と呼ばれ、いろり文化とともに、寒い地域の暮らしの知恵が息づく家庭料理として受け継がれてきた。
「地域の人に手伝ってもらい、畑で野菜も作っているんです」。みそは中条でとれる西山大豆を使った信州みそ。「将来的には西山大豆を使った自家製みそを多くのお客様に味わっていただければうれしいです」と小松さん。

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「おぶっこ」(980円)をはじめ、「おぶっこ定食」(灰焼きやき+小鉢付き、1,230円)、「カレーおぶっこ」(1,100円)もある

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青唐辛子をベースにした辛みそ付き。ピリリとした辛さで食欲がすすむ。「道の駅 中条」ではお土産用の瓶入りの辛みそを販売している

もうひとつの名物が「灰焼きおやき」。
いろりが当たり前にあった時代、家庭ではおやきを灰の中に直接入れて蒸し焼きにしていたという。
灰に包まれてじんわりと火が入り水分はほどよく抜けることで、冬が長く食材が限られていた地域で重宝される保存食となった。

灰焼きは原始的な調理法でありながら、理にかなった知恵の結晶。ここにも、暮らしの中で培われた先人たちの知恵が静かに息づいている。

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灰の手入れも実はとても手間がかかる。こまめに掃除をし、火床を整え続けなければならないのだそう

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厨房でおやきを包み焼いたものを、いろりの火で温める

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いろりの火は様子を見ながらゆっくり整えていく

皮が薄く、具がぎっしりと詰まった「灰焼きおやき」。一番人気の野沢菜、切干大根、野沢菜と切干大根をミックスして辛みそで味付けたピリ辛の3種類がそろう。

いろりで温めたばかりのおやきは、外側がパリっと香ばしく、なかの具はしっとりジューシー。お持ち帰りも受け付けているが、粉の風味と焼きたての食感をダイレクトに味わえる“できたての一瞬”こそが、ここでしか出会えない食体験だ。

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3種類の具のほか、季節限定のおやきも考案中

「おぶっこ」「灰焼きおやき」はランチとして楽しめることに加え、温泉への日帰り入浴も可能。源泉は裏山のふもとに湧く梅木鉱泉。内風呂のほか、露天風呂が2つそろい、男女入れ替え制となっている。

日帰りでお昼と温泉を楽しみに訪れるのもいいし、時間にゆとりがあるなら、ぜひ宿泊して風情ある宿をとことん味わってほしい。夕食にはいろりに大鍋をかけ、湯気を立てながら煮込んだおぶっこをお椀によそって提供してくれるという。冬は白菜、春夏はキャベツなど旬の素材をたっぷり入れじっくり煮込む。素朴ながらも滋味深く、体の奥までじんわり染みわたる味わいに、懐かしさもこみあげてくる。

郷土に置いてきてしまった懐かしく穏やかな時間──。いろりのある風景が、そのことをそっと思い出させてくれた。

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五角形の「伍角の湯」。日帰り入浴は11時~19時(最終18時30分)、大人520円、小学生310円、未就学児無料 ©eternal story

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ひょうたん型の「ひょうたんの湯」©eternal story

〈やきもち家〉

住所:長野県長野市中条日下野5286-1
https://xn--w8jxbxfg7046c.com/
Google Map:https://maps.app.goo.gl/q5GGLTkQ8G7pKKnD8
宿泊料金:大人2名1室 素泊まり1名9,000円~、2食付き15,380円~(シーズン、人数変動あり)

日本の原風景をたどる旅――いろりが息づく2軒の宿へ。

かつて日本の家庭で、家族が火を囲み、語らい、食卓をともにした時間——そんな日本人の原風景ともいえるひとときを旅の中で取り戻す。
長野県には今もいろりを守り続ける宿が多数点在している。いろり文化を丁寧に受け継ぎ、さまざまな宿泊体験や伝統体験ができる2軒を紹介したい。


心ほどける大人の隠れ家

「燕と土と」@飯田市

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いろりと薪ストーブのゆらぎに包まれ、日本の原風景に立ち戻るひととき ©燕と土と

長野県飯田市、南アルプスをのぞむ伊那谷の自然豊かな地に建つ1日1組限定の古民家宿。いろりや五右衛門風呂など、昔ながらの趣を残しつつ、快適さと心地よい刺激が同居する空間が、訪れる人をあたたかく迎え入れてくれる。

築130年の古民家をリノベーション。中島さん夫妻が営むこの宿は、都会で忙しく働いていた自身の経験から「訪れる人にゆっくりと過ぎていく田舎時間を感じてもらいたい」という思いで生まれた。都会育ちの人にも映画やドラマで見てきたような懐かしい風景を実際に体験してほしい──そんな夫妻の願いが各所に息づいている。

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食材は持ち込み制。今後は創作イタリアンのフルコースもオプションにて提供予定。最新情報はインスタグラムでチェックしておきたい ©燕と土と

いろりを囲み味わう食事は、ここならではの格別な体験だ。農業体験で自ら収穫した野菜を溶岩プレートで焼いたり、鍋をみんなでつついたり──そんなひとときが、食事を超えた豊かな時間になる。

食事の後は、いろりを囲みながら旅の仲間や家族と語らうひとときが待っている。テレビも時計も気にならない。火のゆらぎに身を委ねれば、夜は静かに、ゆっくりと更けていく。
大自然に抱かれた静かな古民家で、いろりとともに過ごす一夜は、きっと忘れがたい旅の記憶になるだろう。

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「火を見ながらいろりを囲むと本音が出やすいそうです。仲間や家族と普段なかなかできないような深い話などを、時間を気にせずゆっくりしていただきたいですね」と中島さん ©燕と土と

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築130年の歴史を感じる五右衛門風呂。オプションでテントサウナの導入も検討している ©燕と土と

〈燕と土と〉

住所:長野県飯田市龍江3775
https://tsubame-to-tsuchi-to.arishihi.jp/
Google Map:https://maps.app.goo.gl/j9dJ9jScswrsmHir9
宿泊料金:1棟1組(8名まで)素泊まり1名 施設利用料21,000円~+サービス料9,000円 (シーズン変動あり)


先人たちが築いてきた日本の暮らしを体験する

伝統文化体験の宿 つたや @佐久市

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いろりを囲み、川魚を焼いたり、ジビエ肉の食べ比べ、コーヒー豆の焙煎など、さまざまな体験が叶う ©伝統文化体験の宿 つたや

長野県佐久市にたたずむ「伝統文化体験の宿 つたや」は、日本の伝統と文化をじっくりと体感できる、まさに唯一無二の宿だ。その取り組みが高く評価され、先日発表された国内最大級の観光アワード「ジャパントラベルアワード2026」において、「2026年に訪れるべき日本の感動地」10選に選出。さらに「文化体験部門」での受賞も果たした、注目の一軒である。

宿主の岩崎さんは、江戸時代から続く老舗呉服問屋の七代目。佐久市に受け継がれてきた民俗文化を、地域の人々はもちろん県外の人にももっと知ってほしい、という思いから宿を開業。築100年を越える館内には、先人たちが築いた日本の伝統美が随所に息づいており、訪れるだけで非日常の世界へと誘われる雰囲気が漂っている。

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明治~昭和の機織り機を修復し、裂き織りを「佐久織」として現代へつないでいる。宿泊者は無料 ©伝統文化体験の宿 つたや

この宿の最大の魅力は、宿泊しながら日本の伝統文化を「体験」できることだ。藍染体験をはじめ、陶芸や書道、茶道など、日本が誇る多彩な伝統文化のプログラムが用意されており、初心者から経験者まで楽しめるプランが充実している。

いろりを囲んで鹿・猪・熊肉の食べ比べをはじめ、火吹きだけで焚いていただく岩魚の焼き枯らし、かまどご飯や杵と臼を使った昔ながらの餅つきなど、さまざまな体験が叶う。
「炭火で焙煎して石臼でひいていただくコーヒー、そして小川の清流で流す藍染めや機織り、猟師のたいちゃん(宿主)と歩いて学ぶ里山の動物の助け合い、らんぶの揺らぎなど、さまざまな体験をご用意しています」と岩崎さん。

地域に息づく暮らしや手仕事など、日本の伝統に触れられ、訪れる人々が“わくわくできる体験“が叶う宿。帰路についたあとも、そこで感じた文化の奥行きがふと心に浮かび、旅の余韻として静かに寄り添ってくれるだろう。

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まきをくべて炊くかまど体験。炊き上がったお釜のふたを開けた瞬間の香りは、思わず笑みがこぼれるほど。夕食にジビエ鍋と一緒に味わえる(宿泊料金込み)©伝統文化体験の宿 つたや

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藍汁に布を浸す時間、回数、場所などによって、色の濃さや模様の出方が変わってくるという。藍染め体験は宿の隣の小川で発色させる。宿泊者は無料 ©伝統文化体験の宿 つたや

〈伝統文化体験の宿 つたや〉

住所:長野県佐久市内山148-1
https://uchiyamatsutaya.com/
Google Map:https://maps.app.goo.gl/8z1BtPQ7ghAUtK7fA
宿泊料金:利用は土・日曜のみ、1組(6名まで)1泊2食・体験付き1名32,000円~(シーズン、人数変動あり)


撮影/宮崎純一 取材・文/大塚真貴子

 

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