TOP PHOTO:アルプスの峰々を背景に飛翔するハクチョウ(撮影=塩島満)
毎年10月~3月に見られるハクチョウの群れ
安曇野市にある「犀川白鳥湖」と「御宝田遊水池」は、冬になるとハクチョウが飛来する越冬地として知られています。毎年10月~翌年3月にかけて、たくさんのハクチョウが集まり、冬を過ごすそうです。
安曇野市の市街地のほどちかく、国道19号の脇を流れる犀川のほとりにある「犀川白鳥湖」。その湖畔の「白鳥観察館」で、「アルプス白鳥の会」代表の会田仁さんにお会いし、お話をお伺いしました。
「犀川白鳥湖に初めてハクチョウが飛来したのは、昭和59(1984)年12月31日のことです。今年で42シーズン目の飛来となりますね」と会田さん。
「アルプス白鳥の会」代表の会田仁さん
トラックの荷台を利用した「白鳥観察館」。冬の間のみ設置している
アルプス白鳥の会では、ハクチョウが飛来すると、毎日、湖に来て数を数えるそうです。これまでの飛来数の最多記録は、平成17年10月12日の2398羽。
「この年は、北の方で大雪が降ったので、多くのハクチョウが信州に飛来したんですよ」
会田さんによると、ハクチョウの飛来数は、北海道や東北の雪の量が影響している可能性が高いそうです。湖や地面が凍ってしまったり、積雪が多くなったりすると、エサが取れなくなってしまうため、雪の少ない南へ南へと移動していくそうです。また、ハクチョウの脚の長さが23センチくらいのため、雪がそのくらいの深さまで積もると身動きができなくなってしまうからという理由もあるようです。
なお、犀川白鳥湖に飛来するのは「コハクチョウ」という種類が圧倒的に多いそうです。取材時(2025年11月中旬)は、まだ時期が早かったからか、飛来数は20~30羽ほどでした。なお、コハクチョウよりも一回り大きな「オオハクチョウ」が1羽来ているそうで(取材時は主に御宝田遊水池に滞在)、オオハクチョウの飛来は実に6年ぶりだということです。
シベリアから4000キロ!生後3ヶ月で飛び立つ幼鳥
ハクチョウが飛んでくる場所は、日本から4000㎞も離れたシベリアです。南下したハクチョウのなかには、韓国や中国で越冬をするグループもいるそうです。
日本では、まず北海道や東北地方に降り立ちます。そこで冬を越すものもいますが、雪が深くなると、新潟県や長野県へと移動するものが多くなります。
3月中旬から下旬ごろまで長野県で過ごした後は、再び北海道を経由して5月中旬頃までにはシベリアへと旅立ちます。
シベリアを営巣地とするハクチョウたちは、6月から7月に卵を産み、8月に卵からヒナがかえります。そして、10月には日本に向けて旅立つのです。
つまり、この年に生まれた幼鳥は、生後たった3ヶ月ほどで4000㎞もの飛行に挑むのです。生きていくためとは言え、そんな過酷な運命をハクチョウたちは受け入れているのだということに、私は心を強く揺さぶられました。
ハクチョウについてもっと知りたい!
白鳥観察館でお話を伺っていると、ハクチョウが飛んできました。羽を広げた白鳥は、大きく迫力があります。その雄大な姿に思わず見とれてしまいました。
「白鳥観察館」の内部には、ハクチョウについて学べる展示が掲示されています。
ハクチョウの大きな翼や、空気抵抗が少ない流線的な体は、何千キロもの長距離を飛ぶのに適しているそうです。飛ぶ速さは、時速60~70㎞くらいで、追い風では時速80㎞、上空の気流に乗ると時速100㎞くらいのスピードが出るとか。さまざまな生態を知ると、さらにハクチョウに興味がわいてきます。
田んぼで落ち穂拾い(撮影=塩島満)
田んぼでどろんこになってエサを採る幼鳥(撮影=塩島満)
ハクチョウたちが長野県に飛来する目的は「エサを得ること」です。犀川白鳥湖では、ヨシの新芽や根っこ、草の実や種、コケ類などを食べているそうです。往復8000㎞もの旅をするハクチョウたちは、体力を蓄えるために、たくさんのエネルギーが必要なのです。
刈り取りの終わった田んぼまで飛んでいき、落ち穂拾いをすることもあるそうです。
「稲や麦などのイネ科の植物も、よく食べますね。時々パンを与えてしまう人がいるのですが、それはダメです。防腐剤などの添加物が入っているので、ハクチョウが体を壊してしまいます」
ハクチョウの保護活動も行う「アルプス白鳥の会」
会田さんたち「アルプス白鳥の会」の活動は、ハクチョウの飛来調査だけではありません。ハクチョウの保護活動や、湖畔の掃除など環境整備も行なっています。
ケガをして飛べなくなったハクチョウは、シベリアへ帰ることができません。過去には、高圧電線に引っかかり、片方の翼が取れてしまったハクチョウもいたそうです。
また、放置された釣り針やルアーなどに興味を示して、食べてしまうハクチョウもいるといいます。
白鳥観察館の内部。ハクチョウの生態についてのパネルを展示
鉛弾を禁止する運動についての新聞記事を掲示
「いちばん記憶に残っているのは、鉛弾の禁止運動です。私が本格的にハクチョウの活動に携わるようになったきっかけです」
1990年ごろ、ハクチョウなど水鳥の鉛中毒症状が増えていることが、全国的に問題となりました。水鳥は、食べたエサを砕くため「砂のう」と呼ばれる胃の一部に小石を貯める習性があります。しかし、石と間違えて鉛製の散弾を飲み込んでしまい、中毒症状を起こし、なかには大量死するケースもありました。
そこで、鉛弾の使用を禁止しようと、会田さんらアルプス白鳥の会は署名運動を展開しました。1997年に約2万人の署名を添えて、当時の環境庁に鉛規制を要請したのです。
その努力が実を結び、2002年に鳥獣保護法の改正案が国会を通り、水辺域など区域を限定した上で、鉛製散弾の使用禁止が法制化しました。 「このときは本当に嬉しかったです」と会田さんは当時を振り返ります。
1月~2月が最盛期!真っ白な雪景色が似合うハクチョウ
常念岳とハクチョウ(撮影=塩島満)
寒い朝、湖面から霧が立ち昇る(撮影=塩島満)
湖で集うハクチョウたちを見ていると、湖畔の草をついばんだり、湖面に首を突っ込んで何かを食べたりしています。仲間を追いかけたり、寄り添ったりと、微笑ましいシーンも見られました。
ハクチョウ飛来のピークは、1~2月の厳冬期。これからもっとたくさんのハクチョウのドラマが見られることでしょう。
会田さんのおすすめは、雪が降ったときだそうです。
「真っ白な雪景色のなかのハクチョウはいいですよ。やっぱりハクチョウには雪が似合います」
家族でじゃれ合ったり、懸命にエサを採るハクチョウたちの姿を見れば、寒い冬の朝でも、ほっこりと温かな気持ちになれそうです。
ハクチョウたちが彩る、アルプスの冬景色。今年の冬は、そんなプレミアムな光景を見に行ってはいかがでしょうか。
◆「アルプス白鳥の会」公式facebook
https://www.facebook.com/profile.php?id=100069092568576
取材・文=横尾絢子
<著者プロフィール>
横尾 絢子(Ayako Yokoo)
編集者・ライター。気象予報士。高校時代より登山に親しむ。気象会社、新聞社の子会社を経て、出版社の山と溪谷社で月刊誌『山と溪谷』の編集に携わる。2020年、東京都から長野県佐久市に移住したのを機に独立。六花編集室代表。現在はフリーランスとして、主にアウトドア系の雑誌や書籍の編集・執筆活動を行なう。プライベートではテレマークスキーやSKIMO(山岳スキー競技)を中心に、季節を問わず山を楽しんでいる。日本山岳・スポーツクライミング協会SKIMO委員。
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