「ちょっと私、感極まっているので気を紛らわしに来ました」。
議論を交わす参加者の輪から抜けてきた主催者が感動していたのは、メディアも輪に入るほど盛り上がったワークショップ会場の臨場感。
〈千曲市ワーケーション〉で3回開催してきたアイデアソン。今回は学びに繋がるコンテンツが充実していたからか、会場はいつも以上に熱気で包まれていました。
参加者は信州周遊、農体験、観光列車をカフェ利用する〈ろくもん駅カフェ〉など自由に体験。
交流やアクティビティを通したフィールドワークを体験した結果、まちづくりにつながるポテンシャルを秘めたアイデアが次々と生まれました。 筆者も参加した7日間の〈学び深まる秋の温泉ワーケーション〉。様々な価値観や体験が混ざりあう〈ごった煮的〉フィールドワークを通じて得た学びを共有していきます。
一風変わった〈千曲市ワーケーション〉とは
配車システム〈温泉MaaS〉、ジビエと地元農作物を生かした〈ジ・ビーガン弁当(ジビエ+ビーガン)〉など、参加者の出会いを通じて新たな取り組みを生んできた〈千曲市ワーケーション〉。 〈千曲市ワーケーション〉は、長野県千曲市で「快適な働き方の実践」、「温泉・絶景など地域資源を活かすこと」を目的に2019年10月から始まりました。
「遊休資源の活用」と「移動課題の解決」を参加者同士で実現し、「グローバル課題」を共に学ぶ、一風変わったワーケーションには延べ約300人もの人々が全国から参加をしています。
「今回は、参加者と一緒に楽しみながら学べるコンテンツをつくりたいんです」。
主催者の『株式会社ふろしきや』代表の田村英彦氏は、長野県を堪能しながら学びを深めるコンテンツを提供したいと、2021年11月14日から7日間〈学び深まる秋の温泉ワーケーション〉を開催しました。
フィールドワークの学びを深める仕組み
〈学び深まる秋の温泉ワーケーション〉は、しなの鉄道一日乗車券、配車システム〈温泉MaaS〉を使って地域の魅力、課題を体感できるよう設計しています。
「できる」・「やるべき」だけではなく、「やれたら楽しい」・「喜んでもらえる」・「笑顔が広がる」を”ソーシャルグッド”と定義づけ、非日常体験から自由な発想でフィールドワークを楽しんでもらうことを目指しました。
参加者は、各専門家からガイダンスを受けたあと「ワークスタイル」・「モビリティ」・「フード」からテーマを選択し、「ゼロ・カーボン」「ダイバーシティ&インクルージョン」をかけ合わせたアイデアをチーム発表します。
・各分野の専門家
ワークスタイル……一般社団法人日本ワーケーション協会特別顧問 箕浦 龍一氏
フード……信州地域デザインセンター 倉根 明徳氏
モビリティ……日本マイクロソフト株式会社 清水 宏之氏
ゼロ・カーボン……EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 早瀬 慶氏
ダイバーシティ&インクルージョン……国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 主任研究員小林 奈穂氏
「”ワーケーション”はWork+vacationの造語、その”Work”がさすものはデスクワークではなく”価値創造”である」。今回のフィールドワークの根本的価値観が『一般社団法人日本ワーケーション協会』特別顧問箕浦 龍一氏からインプットされ、モビリティ、フードに関しても産官学民の先進事例や課題が共有されました。
「新しいモビリティばかりに目を向けていたが、ダイヤの整理や見直しによって公共交通である市バスの可能性に気付きました」。
「ゼロ・カーボンと聞くと、インパクトが大きい取り組みが必要と思い込んでいたのですが、私のように料理人であれば、地元食材を使うと配送ルート短縮でCO2削減に貢献するなど、できる行動が沢山あると思いました」。
「ワーケーションを通してこの場に集まった状況こそ、ダイバーシティ&インクルージョンの体現なのではないか」。
ハッとする気付きを共有してくれた参加者たち。インプットした情報を元にアンテナを張り、日常生活やワーケーション体験から学びや気付きを得ていきます。
長野の魅力が凝縮されたフィールドワーク体験
フィールドワーク中に多くの参加者が体験したのが、シェアサイクルに乗って姨捨棚田を登るアクティビティ。棚田へのヒルクライムは電動自転車を使っても体力が消費され、降りて自転車を押すとかなり重たい。日本棚田100選にも選ばれる絶景スポットを楽しむ余裕はありません。
一転して帰りの下り坂は爽快そのもの、参加者は歓声をあげながらゴール。一部充電切れの自転車があり辛い状況を共有し、協力し合った結果、絆が生まれご飯もより美味しく感じました。
〈千曲市ワーケーション〉参加者にとって交流の場所となっている『姨捨ゲストハウスなからや』では、名産であるたまねぎの苗植えを体験。お昼ご飯は郷土料理を伝えようと信州で活動をする城本清子氏の手料理、「おとうじ」をいただきました。初めて食べる料理ですが、どこか懐かしさを感じる味でした。冗談まじりの人間味あるやりとりと、緑広がる絶景で食べる家庭の味に、神経が和らぐ感覚をおぼえました。
この日、印象深かったのは〈ペットボタル〉。棚田が使われていない時期(休耕田)にも足を運んでもらおうと、棚田を保全する地元の方々と小中学生が携わるプロジェクトです。夜になると順番に灯る4色の光が棚田を縁取るように色づき、眼下に広がる夜景と共に暗闇を照らします。「地域に貢献する活動」を小中学生の子どもたちが実践していると思うと、より感動する景色として映ります。
〈千曲市ワーケーション〉で初めて導入した「しなの鉄道一日乗車券」を利用して小諸、長野、飯綱、上田を訪れました。廃校を利用したコミュニティ施設『いいづなコネクトEAST』は、コワーキングスペースを提供したり、企業がテナント利用している教室があったりと見どころ満載。カフェスペースやシードル販売所もあり、
「元々職員室だった場所でシードルを醸造、元校長室で販売、元1年生の教室で飲めるんですよ」。
話も楽しみながら遊休資源の活用事例を目にしました。
お昼ご飯は小諸で立ち食い蕎麦。蕎麦の聖地、小諸ともなるとコストパフォーマンスが最高。コシがあり蕎麦の香りを感じる麺は食べ応え抜群。目的地に行くまでの乗り換えに1時間以上空き時間ができるのも、周遊旅には丁度よく、雰囲気のよいカフェや新しくできたブルワリーにお邪魔するなど完全に満喫した1日を過ごしました。
「これもワークだよな……”ワークは価値創造”という考え方はなんだか豊かな気持ちになる気がするぞ」
そう思いながら宿に戻りました。
地元大学生との交流も印象的でした。信州千曲観光局が地元大学とおこなったワークショップにお邪魔した時のこと。何より驚いたのはアイデアが出てくるスピード。瞬く間に埋まった付箋紙をカテゴリごとにまとめる姿に、ただただ感心させられました。
学生たちが千曲を周遊した気付きの一つに、「道が開けていて歩きやすい」という意見が複数ありました。観光局職員は「正直、道には課題感を持っていたんですよ、もう少しガードレールをおくとか整備が必要かなって」。
大人と大学生の視点の違いに、生の声を聞く大切さを改めて実感しました。
開催4回目となる観光列車ろくもんを利用した〈トレインワーケーション〉。今回は特別に屋代、戸倉、田中駅で2時間程の停車時間を設け〈ろくもん駅カフェ〉として開放しました。停車駅では自由に乗り降りできるため、参加者はそれぞれ行動をしていました。同時に配られた周遊きっぷで軽井沢に行く人、長野市に向かいジビエレストランで猟師から話を聞く人、なんとも贅沢な時間の使い方です。
「意外に集中できるんですね!いや、本当に最高です」
〈トレインワーケーション〉初参加の方が目を輝かせながら声をかけてくれたときは高揚感が伝わってきて心を動かされました。
フィールドワークに参加した方々は、プログラムの進行に比例して顔色が変わっているように思えましたが、何より変化したのは自分自身でした。日常タスクに追われスケジュールを埋めている日々で、自分を追い詰め不安に支配されかけていたと気付き、前向きで真剣な参加者や地元住民の方々とのふれあいで呪縛がとけたような解放感がありました。
千曲に来ると肩書や役割ではなく、一人の人間になれる。今回は多くの体験を積極的に取り入れ体験し、より一層晴れやかな気持ちになりました。
学びが凝縮された、まちづくりに繋がるアイデア
フィールドワークの集大成、ついに発表当日を迎えました。各チームに分かれてプレゼン資料をまとめます。
①[ちくMaaS]
不動産利用や行政を巻き込む、まち単位で車利用を減らしてMaaSをメインに使うアイデア
②[ざんねんな千曲市図鑑]
頑張る過程に垣間見る残念な事柄を、魅力に変えて観光地として伝える図鑑(マップ)
③[バーチャル地元民誕生]
地元住民から集めた信頼できる情報をパーソナライズ化、生きた情報を習得できるAIツール
④[伊豆大島ゼロカーボンアイランド計画 地球にイイコトSHI‐MaaS]
島だからゼロ・カーボンの実現可能性が高まる、〈千曲市ワーケーション〉の学びを生かした伊豆諸島でのワーケーションイベント計画
⑤[おむすび]
地域に特化した「スキルシェアのプラットフォーム」交流を促すコミュニティ形成に貢献
⑥[信州miraiキッチンプロジェクト]
農村被害の原因となるジビエや出荷できない果物を活用し、カレーを中心とした物産に反映するフードロスを軽減するための企画
地域の方との関わり、交通利用など、直接体験すると地域の課題や魅力を発見できる。アイデアはどれも個性的だが実現可能性が高いものばかり。どのアイデアも専門家やフィールドワークでのインプットがふんだんに織り込まれていました。
アイデアで終わらない、繋がりが広がるワーケーション
〈千曲市ワーケーション〉アイデアソンの特長は、アイデアを「出して終わり」ではなく、「実現してきた」こと。配車アプリ〈温泉MaaS〉もアイデアソンから生まれています。模造紙からプロダクトが生まれ、活用される、今回も実装できそうなアイデアに溢れていました。
参加者には和歌山から視察に来ている方もいらっしゃり、参加者同士で「次は皆で和歌山ワーケーションだ」と盛り上がってみたり。どんどんと繋がりが広がっているように感じます。
参加者のアイデアにあった、「困っている人と解決できる人を繋げるコミュニティづくり」は、まさに主催の田村氏が実現している活動そのもの。交流が盛んであたたかい空気が醸成されている〈千曲市ワーケーション〉の根源だと言えます。
「やれたら楽しい」・「喜んでもらえる」・「笑顔が広がる」を共有しながら進めたい。
田村氏の願いは、本人が思う以上に実現されたようで、みな晴れやかな表情で各々の暮らしに戻っていきました。
旅するように楽しむからこそ、発見がある、アイデアが生まれる、絆が生まれる、まちへの貢献につながる。
〈千曲市ワーケーション〉で味わった多様な価値観、経験はまさに〈ごった煮的〉。そこから生まれる新たな取り組みが今後も楽しみです。
取材・文:坂下彩花
<著者プロフィール>
『合同会社KOUYO』
『株式会社ふろしきや』
坂下彩花
スタートアップ企業で約10年営業、人事、広報を経験し、2020年『合同会社KOUYO』を設立。建築会社やSaaS企業の支援を行っている。2021年よりワーケーション事業の企画・運営・広報として〈千曲市ワーケーション〉事業に参画中。
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