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温故知新の善光寺門前宿泊施設探訪【体験編】

かつては僧侶や参拝者が泊まるための施設だった宿坊。近年は寺社文化に触れる非日常の体験を求めて訪れる観光客が増え、多様化しています。座禅や写経などの体験のほか、住職の特技や個性などにまつわる、一風変わった体験ができる宿坊も。宿坊での多彩な体験が、旅の目的として注目を集めています。

更新日:2022/05/16

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心と体を整えて仏教を知る体験型の宿坊【玉照院】

 

「体験宿坊」として10年ほど前からさまざまな仏教体験を実施している「玉照院」。写経体験やお数珠守りづくりなどスタンダードなもののほか、ウォーキング、ヨガ、近年はスキーなど、一見、仏教とは関係のないようにも思える体験コンテンツを用意しています。「そもそも仏教とは生きている間に人間の心が整うためのものであり、心を整えることで体も整い、体を整えることで心も整う、表裏一体のものです」と山ノ井大樹住職。スキーインストラクターやウォーキング指導員の資格を持ち、自ら体験案内を行っています。

いずれの体験にも関係するのが、体内で重要な役割を果たしている神経伝達物質の「セロトニン」。精神の安定や安心感、ストレスに対して効能がある脳内物質で、体を動かすことでセロトニンが分泌され、心が安らぐのだと山ノ井住職は話します。例えば、ウォーキングは正しい歩き方指導で呼吸が楽になり、心身ともに整います。そのフィールドを山に移したものがスキーで、技術的なレッスンはしつつも、基本的には自然のなかの広い環境でスキーを楽しむことを享受してもらうことで、セレトニンの分泌を促します。

運動だけでなく呼吸を整えることも重要です。椅子に腰かけて取り組む「マインドフルネス椅子座禅」は、息を整えることで心を整え、椅子の上でもできることから、企業研修などでの体験希望も増えているそう。「こうした体験メニューと法話を組み合わせることで仏教をわかりやすく伝え、誰もが仏教を身近に感じてほしい」というのが、山ノ井住職の思いです。 いずれの体験も電話予約制で一人から受け付けており、宿泊者以外も体験可能。近年は健康志向の30~40代の女性参加者も増えているそうです。

玉照院

全日本スキー連盟準指導員取得、ミズノ認定ウォーキング指導員、ミズノスポーツ・アクティブリーダーの資格を持つ山ノ井住職

玉照院

お数珠守りづくり(3,000円)は石の意味にこだわらずリラックスして選びながら願いを込める

玉照院

山ノ井住職はかつてはスキー場に勤務をしていた。現在は「寺SKI」として、戸隠スキー場で初心者から上級者までレベルに応じたスキー体験を通じて参加者のセロトニンの分泌を促している ©玉照院

玉照院

写経(1,000円)は書くことだけに集中することが心を整える手段になるという

玉照院

住職が特におすすめするのが、正しいフォームを身につける「寺ウォーキング」。善光寺の歴史や仏教の話をしつつ、境内をウォーキングしながら案内する ©玉照院

 

〈玉照院〉
長野県長野市元善町471 TEL 026-232-2546。宿泊12,000円、食事(精進料理)2,000円
https://www.tera-buddha.net/nagano-gyokushoin/
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世界も注目する“走るお坊さん”とランニングの話題を楽しむ【徳寿院】

 

“走るお坊さん”として名を馳せる「徳寿院」の清水雄介(ゆうかい)住職。NHK BS1の市民ランナー向け教養番組『ランスマ倶楽部』で取り上げられること3回。2020年にはNIKEの企画でスポーツを楽しむ世界中のアスリートにドキュメントするWebコンテンツに取り上げられ、ランナーとしての顔がさらに知られるようになりました。映像は今もNIKEのWebサイトで閲覧可能です。

清水さんが本格的に走りはじめたのは30代半ばだった平成21(2009)年。善光寺御開帳が行われた年で、体重増加がきっかけだったそう。もともとマウンテンバイクやスノーボードで山での活動や運動に親しんでいましたが、走ってみると自分と向き合えてスッキリする感覚が面白く「自分に合っている」と感じたといいます。次第にトレイルランニングも楽しむようになり、今では毎月250~300kmほど走っているそうです。「マラソンはゲームマネジメント。だから面白い」と清水住職。フルマラソンの自己ベストは3時間3分で、サブ3を目下の目標とし、将来的には100kmマラソンの出場もめざしています。

おすすめのシューズや善光寺周辺のランニングコース、大会情報など、話題豊富な清水さん。「もし宿泊者にランナーがいたら、こういう話ができたら面白いですね」と話します。宿坊としては写経や座禅体験などは行っておらず、善光寺公認案内人もいない分、お朝事などでは住職自ら境内の案内を行うそう。善光寺にまつわるさまざまな歴史や伝承を伝えつつ、家族のお弔いで訪れる宿泊者も多いことから、気持ちに寄り添った会話に努めています。「住職としては苦しんだり悩んでいる人を支える立場ですが、ランニングを通じて私が心豊かになることで誰かを照らすことができたら」。その思いが、日々のランニングにつながっています。

徳寿院

「NIKEの企画ではアメリカの本社から連絡が来て驚きました」と清水住職。グローバルチームと通訳を交えたリモート打ち合わせをするなど、本格的な撮影だったそう。善光寺案内では、かつては参詣者が本堂で宿泊した歴史や、仲見世通りの石畳の逸話など、さまざまな史実や伝承を伝える

徳寿院

NIKEの企画の撮影時の風景。日本で活躍する外国人スタッフの撮影チームに囲まれ「撮影中は一般の方から芸能人やプロのアスリートに間違えられて写真を撮られたのも笑い話です」と話す ©徳寿院

徳寿院

時間がないときはお朝事の出仕前の朝4時から走ることもあるそう。冬でも雪深い環境にめげず、トレーニングを続けている ©徳寿院

徳寿院

徳寿院の建物も特徴的。明治時代に再建された御堂の欄間は長野祇園祭で曳く屋台をつくる職人、小林弥八作。隣接する長養院の欄間も同氏作で、見比べるのも面白い

徳寿院

宿坊入口の瓦の上には、寝転ぶ猫瓦が。「猫が眠るくらい平和」「ネズミ一匹通さない」といった遊び心が感じられる

 

〈徳寿院〉
長野県長野市元善町494 TEL 026-232-2376。宿泊10,000円
https://www.zenkoji.jp/shukubo/list/tokujuin/
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故郷の原風景を描く住職の法話で心安らぐ【白蓮坊】

 

「白蓮坊」の若麻績敏隆住職は東京藝術大学出身の画家。東京の日本橋三越本店や大丸東京店、善光寺表参道のギャラリー・ガレリア表参道などで、これまでに多くのパステル画の個展を開催しています。いずれも長野の身近な自然や風景から着想を得て描かれた日本人の原風景のような作品で、多くの人の心に響いています。「20年ほど前に母親が亡くなったときに、母が逝った場所を思って描いた作品をデジタルプリントにしてお世話になった病院や施設などにお贈りしたところ、ある医師が『重篤な状態のときにこの場所に行ってきました』と語ってくれた患者さんのことを教えてくれました。つまり、死後の世界、極楽というのは人間の記憶の中にインプットされている原風景であり、そこに帰っていく感覚なのでしょう。そのような誰にでもわかりやすい身近な風景を描いています」と話します。

若麻績住職はもともと日本画専攻でしたが、より自分らしい表現を求めてパステル画に取り組むようになりました。次第に、自然と虚心坦懐に向き合い絵を描くことが、 “人は死んだらどこへいくのか”、“極楽は本当にあるのか”という本質的な問いへの思索の助けになると思い至り、人が抱える死生観の悩みや疑問を解消する役割を果たせるのではないかと考えるようになったといいます。そうした流れから、現在は仏教美術や死生観に関する幅広い解説や講義などを行いつつ、仏教の立場から、いのちに関わる諸問題を研究する日本仏教看護・ビハーラ学会の会長も兼務。「仏教の死生観や美術的知見を伝えることで、悩んでいる人の気持ちが少しでも和らげば」と話します。

地元の人から死についての考えや死後の世界、故人についての相談を受けることもあり、「日頃から死について聞くことができる寺の存在が必要」との考えで、「宿坊は安心を提供できる場でありたい」と話す若麻績住職。宿泊者からも求められれば、死生観や極楽、仏教美術の話も行っているそうです。
なお、若麻績住職の祖父は戦前に善光寺六地蔵前で盆踊りをはじめたそうで、近年、境内で復活した「善光寺お盆縁日 大盆踊り会」も若麻績住職が中心となって取り組みました。昔から多くの人々の心を癒やしてきた宿坊として、今も多くの人の心の拠り所になっています。

白蓮坊

ありのままの長野の風景を描く作品のキーワードは「心の故郷(ふるさと)」。パステル画は若い頃からスケッチの画材として親しんできたもので、住職の寺務との兼ね合いを考えると、日本画よりも気軽に取り組めることから本格的にはじめたという©️白蓮坊

白蓮坊

幅広い寺務をこなしつつ、作品制作も精力的に行う若麻績住職。白蓮坊の玄関に併設されているギャラリー「ギャルリ蓮」では、万華鏡や、トンボ玉と天然石を使った腕数珠などの制作体験もできる。繊細で美しいものをつくる体験は、極楽や曼荼羅(まんだら)世界の体験にもつながるという

白蓮坊

白蓮坊の目印でもある「むじな地蔵」は、同坊に伝わる「むじな灯籠」の伝説から、東京藝大大学院元教授の籔内佐斗司氏が制作した。お地蔵様と礼拝をするむじなの姿で表され、写真は宿坊内に祀られた木造彩色の像。参道脇には銅造の「むじな地蔵」が立つ

白蓮坊

大本願正面に位置する白蓮坊の建物。かつて善光寺では「善光寺講」とよばれる信仰の団体が集団で参拝に訪れていたが、その最大の講が、年間3万5000人をも動員したという白蓮坊の「智栄講」。特別列車で長野に訪れていたという

白蓮坊

ガレリア表参道(長野市)でのトークイベントの様子。作品はもちろん、若麻績住職の穏やかな人柄のファンも多い©️白蓮坊

 

〈白蓮坊〉
長野県長野市元善町465 TEL 026-232-0241。宿泊12,000円~、食事3,000円~
http://www16.plala.or.jp/syukubou/
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三線の音色に癒やされながら善光寺と地域の歴史を学ぶ旅【本覚院】

 

「善光寺の歴史について学びたい」と願う研修熱心な地域住民に対し、善光寺最寄りの城山公民館で開講される成人学校の講座「郷土史善光寺」の講師を務める「本覚院」の小林順彦住職。かつては善光寺宿坊・鏡善坊のご老僧が講師を担っていましたが、体調の悪化から直々に依頼され、十数年前から小林住職が担当しています。しかしながら、もともと学んでいたのは中国仏教や中国天台。現在も母校の大正大学で仏教学の非常勤講師を務めていますが、善光寺や長野の郷土史は門外漢だったといいます。それでも長野の郷土史研究家の文献なども参考にしつつ講義に励んできました。今では住職として善光寺の内部から見た郷土史を、善光寺の裏話も踏まえて教えています。

全国各地から訪れる宿泊者に対し、お朝事や境内の案内も自ら行うという小林住職。その際にかつての参拝者が遠路はるばる歩いたであろう善光寺まで街道を紹介すると、とても好評だといいます。例えば、「本覚院」境内には善光寺七池とされる「阿闍梨池(あじゃりいけ)」があり、静岡県の桜ヶ池や諏訪湖とつながっているとの伝説が残りますが、地図上でその3地点はほぼ一直線であり、その道中には阿闍梨にまつわる伝説や地名が残っていることなどを話すと喜んでもらえるそう。「史跡巡りはお金をかけなくても楽しめます。長野の地元でも知らない人がいるのはもったいない。多くの人に興味を持ってもらえたら」と話します。

そんな小林住職の趣味は三線。夕方に本覚院近くを通ると、三線のやさしい音色に癒やされます。学生時代に恩師の研究の関係で何度か沖縄での調査に同行し、琉球舞踊と三線に魅了されたのが、三線をはじめたきっかけ。一時は独学で挫折したものの、縁あって市内の沖縄料理屋の教室に通うことで上達しました。今でも週一回のレッスンを受けており、「長野三線の会 銀河(てぃんがーら)」にも所属して発表会も行っています。これまでに宿泊者から演奏の依頼を受けたことはないそうですが、今後、お披露目の機会があるかもしれません。

本覚院

善光寺七池の一つに数えられ、平安時代に比叡山で修行した皇円阿闍梨ゆかりの龍神伝説を今に伝える阿闍梨池。宿泊者以外も自由に参拝できる。宿泊者には皇円阿闍梨の功徳が届くよう、毎日龍神様にお供えする日本酒を使った精進料理を提供

本覚院

小御堂の畳替えの際に発見された、明治から昭和初期の御朱印の版木。現在、長野駅前にある如是姫が善光寺境内にあった明治41(1888)年~昭和11(1936)年の時代の鳥瞰図で、善光寺御開帳期間中は特別に刷った書き置き御朱印を枚数限定で頒布予定

本覚院

「阿闍梨池通り」と名付けられた本覚院前の通り。「善光寺には七池や七清水、七橋などさまざまな史跡があります。阿闍梨池も多くの人に興味を持ってもらえたら」と小林住職

本覚院

撮影用に特別に法衣で演奏をしてくれた小林住職。「長野三線の会 銀河」の発表会はコロナ禍でしばらく中止されているそうだが「状況が落ち着いたら、泡盛を飲みながら発表会ができたら」と話す

本覚院

住職夫妻のふたりだけで営む宿坊だからこそ、少人数に対してきちんと対応しているという。精進料理は季節の野菜を求めて近隣市町村まで出かけて手づくりにこだわるなど、細部にまで気を配ったもてなしに努めている

 

〈本覚院〉
長野県長野市元善町495 TEL 026-232-2724。宿泊12,100円、食事(精進料理)3,000円~(※現在はコロナ禍のため宿泊業務は休業中。状況が改善したら再開予定)
https://www.zenkoji.jp/shukubo/
list/hongakuin/#detail

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當麻曼荼羅の御堂で体感する文学博士の教え【尊勝院】

 

「尊勝院(そんじょういん)」の栁澤正志住職もまた、大学で教鞭をとる文学博士です。早稲田大学で東洋哲学(日本仏教思想)を学んで博士号を取得し、現在は上田女子短期大学で「宗教と人間」という授業を担当しています。仏教の教えからはじまり、キリスト教やイスラム教など、多様な宗教の本質について講義。そうした多彩な知識は、宿泊者にもお朝事後の御堂での法要で法話として話しますが、人生相談を受けて長く話を聞くこともあるといいます。ちなみに栁澤住職の父で先代の栁澤貫一住職はかつてNTT長野病院の外科部長を務めた医師で、長野県に内視鏡的外科手術を導入した先進的な医師団の一人だそう。現在も市内の上松病院で非常勤医師を務めていますが、住職との二足のわらじで業務をこなす姿勢が現住職にも引き継がれています。

古くから「曼陀羅堂」とも呼ばれ親しまれている「尊勝院」。鎌倉時代に公卿・九条道家公が善光寺に當麻(たいま)曼荼羅を寄進したことがそのルーツという歴史ある宿坊でもあります。當麻曼荼羅とは奈良県の當麻寺に奈良時代から伝来する4✕4mもの大きさの浄土曼荼羅の織物。これを九条道家公が10幅写し、その1幅が善光寺に奉納され「曼陀羅堂」が建立されました。その後、戦国時代の川中島合戦の頃に曼荼羅は行方不明になりましたが、江戸時代の境内復興に際して「曼荼羅堂」を再興。それが、現在の「尊勝院」です。

入口の特徴的な赤い門は、大勧進の建て替えの際に下されたものだそう。現住職の曽祖父にあたる3代前の栁澤智道(ちどう)住職が大勧進で小僧を務めていた縁で下されたと考えれています。この智道住職は華道や茶道の師範で、書家でもあり、善光寺の大香炉に描かれた文字や手水舎の「洗心」の文字、土産店「九九や旬粋」内に掲げられたかつての「福沢商店」の看板の文字などは、智道住職が手がけました。「尊勝院」では、宿泊、食事の利用者には、善光寺の境内や伽藍、内陣のほか、宝物殿などの参拝も無料で案内していますが、あわせて智道住職の足跡を辿るのも楽しいものです。

尊勝院

大学ではさまざまな宗教の文化を伝えつつ、マインドフルネス体験などにも取り組んでいる栁澤住職。「宗教との付き合い方を知れば、素晴らしい文化など豊かな経験ができる」と話す

尊勝院

ご本尊の當麻曼荼羅。極楽浄土を描いたもので室町時代の作品

尊勝院

現在の門は2代目にあたり、初代の門は現在、善光寺本堂北東に位置する天台宗の墓所の門になっている

尊勝院

明治時代と大正時代の建築が融合した庫裏。天井裏には明治の大火で焼け残った部材なども使われている

尊勝院

善光寺案内は主に小林執事が担当。同氏が尊勝院で勤めはじめた年に誕生した長男は、院名から一字を取って「尊」と命名したという。成長した現在はアメリカで有名なフードファイター「小林尊」として活躍しているというのも住職仲間にはよく知られた話

 

〈尊勝院〉
長野県長野市元善町477 TEL 026- 232-2865。宿泊11,000円、食事1,650円~
https://yuuyuupc.sakura.ne.jp/
sonsyouin/sonsyouintop.html

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撮影:清水隆史 取材・文:島田浩美

 

<著者プロフィール>
島田浩美(Hiromi Shimada〉
長野県飯綱町生まれ。信州大学卒業後、2年間の海外放浪生活を経て、長野市の出版社にて編集業とカフェ店長業を兼任。2011年、同僚デザイナーと独立し、同市内に編集兼デザイン事務所および「旅とアート」がテーマの書店「ch.books」をオープン。趣味は山登り、特技はトライアスロン。体力には自信あり。

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