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新しいジブン発見旅ー櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日)第4話「ローカル列車の旅 小海線に乗ってレトロな街歩きに出かけよう」

ローカル線に揺られて、ふらりと降り立った街をのんびり散策する。レトロな風情を味わいながら、街の景色を楽しもう。

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生きている街の一部になる、街歩き

目的もなく歩いていると、あっという間に時間が過ぎている。細い路地をさまよいながら、まだ見ぬ場所を見つけた時には、心の中では小躍りしたいくらいだ。街を眺めながら窓際の席でぼんやりするのも、良い。横断歩道をそれぞれの方向に足早に通り過ぎていく人たちは、どこへ向かっていくんだろう。そんなことを考えていると、時空を超えて街が迫ってくるようだ。
街が街であるためには、人が欠かせない。人は常に変わりゆく。だから、街だって同じようにあちこちが生まれて、少しずつ死んでいく。以前は栄えていたところでも、寂れた廃墟になっていたり、誰も通らない、忘れ去られた道もあったりする。私たちよりも長い時間軸ではあるが、街は確かに生きている。道を歩いていると、自分も街の一部になったような気がする。
懐かしい風景には、特別な何かがある。“懐かしさ”とは、意図的に作ろうと思っても作れないものだからだろう。そこにいた人、その人たちが眺めてきた景色、その重みが質となって表れている。そんな風景を見ると、一気に心が引き込まれるのだ。新しいものや今を否定するわけではない。反して、今、自分が存在しているこの瞬間を支える過去に気づく体験は、より今を強固にしてくれるような気がする。
電車に揺られ景色が変わりゆく様を眺めながら、降り立った駅からふらふらと街へ繰り出す。懐かしい風景に出会うローカル線の旅に出かけよう。

いざ出発 小海線に乗ろう

 

向かい合わせの席から外を眺めよう

ローカル線ならではの景色だ

観光案内もかわいらしい

ローカル線の旅に出る前には、時刻表を確認しよう。首都圏の電車と違い、1時間に1本しかないというケースはざらなので、目的や行先に応じてチェックしておく。ちなみに私はこの、計画を立てている時がたまらなく好きだ。何時間でも頭の中で旅の妄想ができる。
今回利用する小海線は非電化路線だ。電車のシルエットとして特徴的なパンタグラフと電線がないので、走る姿には空をはばたく鳥のようだ。ディーゼルエンジンで走るためエンジン音がホームに響き渡るので、ホームでのおしゃべりは声を張り上げなければならない。その匂いも含め、電車とは全く違う体験だ。たまに聞こえる警笛も旅情をくすぐる。車体には気動車を表す「キハ」と書かれているのも要チェックだ。
北陸新幹線が通る佐久平駅が東京からの玄関口。ここからはsuicaやpasmoは使えない。キャッシュレスという言葉はいったん忘れ、現金を用意して列車に乗り込もう。

 

モダンな洋風建築が立ち並ぶ小諸・荒町

 

駅前一等地にそびえたつレトロな『小諸ロイヤルホテル』

『山崎屋長兵衛商店』は大正モダンで、シンメトリーなデザインがとても美しい

昭和初期の社交場だった『旧銀座会館(ミルクホール)』。扉の先はどんな世界が広がっていたのだろう

浅間国際フォトフェスティバルの会場となっていた『旧吉池歯科』内部(通常時は非公開)

昔懐かしい食品サンプル。ずっと眺めていたい

始発駅でもある小諸が今回の旅の出発地、9時半に集合(といっても1人なのだが)。11月の長野は寒いので、外歩きのために防寒具をたくさん仕込んできたが、日差しは既にぽかぽかと暖かくお散歩日和である。小諸といえば、人力車が似合う街並みが城下町有名だが、今回はもう少し最近の近代建築を探しながら歩いてみよう。

駅舎から出ていきなり、『小諸ロイヤルホテル』と大きく掲げられた建物がそびえ立っている。晴れ渡った空のまぶしさに目を細めながらも、その看板を見上げる。何がそう見せるのか、懐かしいフォント。入り口から宿泊客が出てきた。まだまだ現役のようである。紅葉真っ盛りのこの時期、観光客らしき人たちはみな小諸城址の懐古園へ吸い込まれていくが、人の波に逆らって足早に脇道に進む。しばらく歩くと、遠くから見ても明らかにオーラの違う、とんがった屋根の緑に囲まれた妖艶な建物が表れる。この『小諸病院』のある荒町周辺には、ノスタルジックな近代建築がまだいくつか残っているのだ。大正や昭和初期の建築を次々に眺めながらじっと立ち尽くす。当時の華やかな街の様子が心に浮かぶ。人々が集い、笑い合う声。今は車が過ぎ去る音しかしない。でも、ここは確かに過去と現在がつながっている。ふわふわした感覚のまま歩き出す。

 

昔ながらの児童遊園地で童心に帰る

 

遊園地といえば、メリーゴーランド。大人でもわくわくする

おもちゃ箱のような色とりどりの遊具

小規模だが眺望がよく解放的な園内

出迎えてくれる入り口の看板

懐古園横にあるこの看板を目印に進もう

細道をふらりふらりしながら駅の方へ戻り、線路を越え、真っ赤に燃え上がる紅葉が溢れる懐古園方面へ。列ができているが、今日はここには入らない。その横の通路へ誘う看板に従い、『小諸児童遊園地』へ向かおう。坂道を下った先の遊園地の眺望は最高だ。遠くには山が連なり、小規模だが開放感がある。入り口の階段手前には「まってたょ たのしくあそぼー」と書いてある手書きの看板。この辺りからBGMも聞こえてくる。「どんどんひゃらら、どんひゃらら」と子どもたちの声で歌う村祭りの軽快な音楽と共に遊園地へ踏み入れる。昼も近づき、街歩きでだいぶ体も温まっている。高くまで連れて行ってくれるバイキングに挑戦だ。
券売機で1枚200円のチケットを買おう。係員のおじさんに声をかけ、バイキングに乗り込む。調子に乗って、一番端に(最高到達地点であり遠心力が一番かかるポジションだ)。ちなみに園内には今、私しかいない。私だけの為に遊園地が動いている。平日の午前にソロ遊園地、大人ならではの贅沢だ。バイキングがゆっくりと動き出す。高さもどんどん高くなる。子ども向けだと高を括っていたが、周りの景色を見る余裕はない。安全バーだけが頼りだ。ふわっと浮く感覚が、たびたび押し寄せる。だがその都度、心が高揚していく。隣に誰かいたら叫び出したいところだが、ここは我慢だ。大人なのだから。
園内はおもちゃ箱のような色であふれていて、いるだけで楽しい気持ちになる。おじさん曰く、休日は子ども達が沢山訪れるそうだ。少し回転速度が速いメリーゴーランドに乗った後に時計を見れば、電車の時間が近づいている。束の間の楽園を後にして、小諸駅まで戻ろう。

 

岩村田でタイムトラベル

 

定番商品が沢山店頭に並ぶ昔ながらの靴屋

所々にある細道につい吸い込まれてしまう

メイン通りに対して細道の先はひっそりとしている

クリスマスオーナメントが飾り付けられた玩具店

11時1分小諸発の列車に20分ほど乗って岩村田まで。車窓から見える景色に、段々と建物が増えていく。窓から射す日差しがまぶしい。でもカーテンを閉めるのはもったいない気がして、日光浴を続ける。車内は暖かい、着こんできた防寒具を次々に外す。停車駅を告げるアナウンスにはそれぞれの乗務員の個性があるのが良い。子どもの頃は、癖が強すぎて聞き取れないアナウンスもよくあったなあ、と思い出が蘇る。

岩村田駅に着いたら商店街まで少し歩こう。旅先でよく見かけるタイプのアーケード商店街、たまに店と店の間が空いていて、奥へと続く路地がある。その先に何があるのか、どうしても知りたくなって、ついつい寄り道してしまう。メイン通りに昔ながらの街のおもちゃ屋さんを見つけた。店内は薄暗いが、営業はしているようだ。窓ガラスをのぞき込むと積み重なった箱が見える。恐る恐る扉を開け、店内へ足を踏み入れると、外の軽やかな空気とは違う、重厚感のある空気に変わる。「すみません」と2回ほど声をかけると、奥から店主が出てきた。「見てもいいですか?」と聞くと、心よく「どうぞご覧ください」と答えてくれた。20年前位にはやっていたアニメ作品のグッズが置いてある。その懐かしさに悶えながら、シャボン玉と万国旗が飛び出すクラッカーを買った。通り沿いのウィンドウには、クリスマスのオーナメントが飾り付けてあり、かわいらしい。

商店街に何軒かある靴屋さんの店頭には、茶色いスリッパがワゴンにたくさん並んでいる。昔からお馴染みのこの商品、需要が絶えない事が伺える。私もいつか、これを履きこなせる日が来るのだろうか。

 

ジャズが流れる純喫茶『花星』

 

喫茶店のたらこスパゲッティ。サラダがセットになっているのがうれしい

ゆったりとした時間が流れる店内。まさに純喫茶といった雰囲気

飴色の椅子と花柄の絨毯。完璧だ

裏路地にある地域の憩いの場。店内にいたマダムが持ってきたであろう箒の刺さったカートに注目してほしい

メイン通りから少し入ったところにも、店が点在している。今回は『花星』にお邪魔した。こちらは創業42年の純喫茶、「年寄りの朝は早いから」という理由で8時半からオープンしている地域の憩いの場だ。店のドアを開けるとカランコロンと音がして、マスターがいるカウンターが目に入る。「お好きなところにどうぞ」と案内され、窓際の席へ。控えめな花柄が散りばめられた絨毯のふかふかした踏み心地、いぶし銀のようなツヤを放つ椅子の手触り。古い店ながら、隅々まで丁寧に手入れをしている様子が見て取れる。ジャズが流れる店内は時の流れがゆったりとして、座ったとたん心も緩む。はきはきとしながらもにこやかなママに、“たらこスパゲッティ”を注文して水を飲む。気づかないうちに喉が渇いていたようだ。
ランチ時だったので、次々と来店がある。おしゃべりに花を咲かせるマダムたちもいれば、1人カウンターで静かに過ごす常連らしき客もいる。それぞれのやり方でここでくつろいでいる様子がまた、この店が愛されている証拠だ。スパゲッティを頬張っていると、方々から少し方言交じりの会話が耳に入る。レースカーテン越しの太陽がテーブルに置かれたグラスの影を映し出すのを見ながら、ぼんやりと聞き流す。
帰り際、ママとひとしきり話し終わったタイミングで、カウンターでコーヒーを入れるマスターが、「またいつでも来てくださいね」と一言。この店が長く愛される理由が分かったような気がした。
駅へ向かう足取りが弾む。ひっそりと佇む素晴らしい店に出会えるのもまた、街歩きの醍醐味である。

 

中込で新旧の遺産を見上げる

 

どこから見ても美しいシルエット

滑津駅から歩いて5分程、案内も出ている

廊下に射す陽の光が美しい

ステンドグラスがアクセントだ

当時の子どもたちも肩を並べて学んでいたのだろう

グリーンモールの地図がいい味を出している

ヴィンテージな景観は唯一無二の存在感だ

新しい世代による社会実験の最中だったようで、中央広場にはソファが置かれてくつろげるスペースも

13時16分岩村田発の列車で2駅先の滑津駅で下車。少し歩くと『旧中込小学校』が見えてくる。国内の学校建築でも最古級の洋風建築、重要文化財に指定されているだけあって風格が漂っている。入り口近くの小屋で受付を済ませると、柱時計が1回鳴った。遠くからでも目立つ、緑色の八角塔を見上げながら、少し頼りないドアノブに手をかけ、木造の扉を開ける。風が強くなってきて、窓にはめられたガラスがガタガタと音を立てている。廊下の正面にはステンドグラスがあり、床を色とりどりに照らすコントラストが美しい。年季の入ったオルガンや机が、ここにいた子どもたちの存在を思い出させる。きっと賑やかな教室だったんだろう。歩みを進めると、静かな廊下に足音が響き渡る。ここに通っていたわけではないのに、懐かしさを感じる。不思議な感覚が終始付きまとう。

『旧中込小学校』を後にして、『グリーンモール』へ歩こう。中込駅から伸びた商店が連なる区域で、独特のレンガ調やアイアンの柵が昭和を思わせる、ヴィンテージ感たっぷりの景観である。ここにも所々で緑色の塔があり、つい上を見上げながら歩いてしまう。スナックからカラオケの音が漏れている。ここは昼から営業しているようだ。
段々と日が傾き、風が冷たくなってきた。シャッターの閉まった店舗の前に落ち葉がカサカサと吹かれているのを見かけると、もの悲しい気持ちになるが、新しい世代による様々な活動の舞台にもなっているようだ。どうか長くこの景色が残ってほしい、と勝手な希望を抱くであった。

 

優雅な気持ちで過ごす 『明生堂』

 

シャンデリアが馴染む店内はまるでパーティー会場の様だ

店内にいるだけで華やかな気持ちになれる

ショーケース内で出番を待つケーキ達

このまま部屋に飾っておきたくなるようなパフェ

外観は旧中込小を思わせる太鼓楼が目印だ

駅の方へ戻ると、旧中込小を思わせる外観の『明正堂』が現れる。扉を開ければエプロンの似合う上品なマダムが出迎えてくれる。クラシックが流れ、シャンデリアが店内を照らし、年代物のピアノが置いてある店内は、普段着で入るのがはばかられるような雰囲気だが、大丈夫、先客達は普段着だ。ショーケースにはまるで絵に描いたような色とりどりのケーキが並び、頼まれるのを今か今かと待っている。歩き疲れた体が甘いものを欲している。“イチゴパフェ”を頼み、旅の締めくくりだ。シャランという音と共に後から入ってきた常連らしきムッシュ(ついそう呼びたくなるような店の雰囲気なのだ)は、慣れた手つきで入り口の新聞を手に取りコーヒーを注文する。店の奥からはシャカシャカとホイップを泡立てる音が響き、他のテーブルの話し声もなんだか心地よい。それぞれのテーブルやピアノの上には花が生けられており、とても華やかな気持ちになる。
運ばれてきたパフェはなんともかわいらしく、ずっとこのままで留めておきたいと思ったが、一瞬で平らげてしまった(食欲には逆らえない)。丁寧に畳まれたカーテンと窓の向こうを眺めれば、肩をすくめながら皆足早に通り過ぎる。15時を過ぎると、気温がぐっと下がる。そろそろ旅も終わりだ。
帰りがけに頼んだ持ち帰り用ケーキを待っていると、レジの後ろにティーカップがたくさん並べられた棚があることに気づいた。お店の人曰く、その時々で出す物を変えているそうだ。その棚の前でマダムが私のケーキにホイップと果物をしつらえてくれている。その後ろ姿を見ながら、こんな風に優美に年を重ねたい、などと考えるのであった。(きっと天性のものだから、私にはおよそ無理であろう)

 

帰りの電車に揺られながら旅を振り返る

 

中込駅から帰ろう。タクシー乗り場もあるので、万が一電車に間に合わなくても大丈夫

駅のホームにはヘッドマークがずらりと並び、見ているだけでも楽しい

帰りは15時25分中込発の小諸行きの列車に乗る。寒さが厳しい土地は、駅の待合室がとても暖かくホッとする。駅の券売機横には、小海線のジオラマが置いてあり、季節ごとの表情が全く違って面白い。真っ白に雪が積もった小海線もまた、長野らしい風景だ。アナウンスが流れ、皆ホームの方へと出ていく。帰りの電車に揺られながら、今日を振り返る。

街を歩いていると、最初はぼんやりしていた街の輪郭が段々とくっきりしてくる感じがして、それがなんともうれしい。好きな人の新しい一面を知った時のような、ウキウキする気持ちだ(学生時代の淡い恋心を思い出して欲しい)。車での移動が多い長野では、目的地に直行するため、街を歩くことが少ない。列車に乗り気ままに街を歩くと、いつも通る道だったとしても、車の速度では見えないものが見えてくる。生きている街、そこで日常を過ごす人々。自分自身も街の一部となりながら、変化し続けていく街を眺める。そこには、予想しなかった出会いも待っている。

時間がある日は、列車に揺られてのんびりと散歩してみよう。きっと旅の醍醐味を味わうことができるはずだ。

 

【今回の旅のしおり】 
※時刻表は事前に必ずご確認ください

〇スケジュール
9時30分『小諸駅』出発
(荒町周辺まで徒歩10分程)近代建築を探す街歩き⇒(荒町周辺から徒歩15分程)小諸児童遊園地
11時1分『小諸駅』発―11時21分『岩村田駅』着
(駅から徒歩10分程)岩村田商店街散策⇒喫茶店『花星』
13時16分『岩村田駅』発―13時22分『滑津駅』着
 (駅から徒歩10分程)旧中込小学校⇒(徒歩15分程)グリーンモール探訪⇒喫茶店『明正堂』
15時25分『中込駅』発―15時52分『小諸駅』帰着

〇持ち物
防寒具、歩きなれた靴、飲み物、道に迷わないための地図アプリ、カメラ、街歩きを楽しむゆとりある心

 

撮影・文:櫻井麻美(Asami Sakurai)

 

<著者プロフィール>
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/

 

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