【GO NATURE GO NAGANO】 海を渡る前に。宮田村、旅する蝶を待つ。

中央アルプスの山裾に、初秋のわずかな間だけ開く“旅の中継地”がある。淡い浅葱色の翅を光に透かし、フジバカマの花から花へ舞うアサギマダラ。北方や高地で夏を過ごした蝶たちは、やがて南へ、海の向こうへと旅立っていく。宮田村では、人々が花を育て、森を整え、その短い滞在を待ち続けてきた。一頭の蝶との出会いから、山麓の里山と、次の季節へ命をつなぐ営みをたどる。風に乗る小さな旅人を迎える場所には、人と自然の時間が静かに重なっている。

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TOP PHOTO:Ⓒ宮田村役場産業課

光を透かす浅葱色、海を越えて旅する蝶

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フジバカマの花の間を舞うアサギマダラ。浅葱色の斑紋は鱗粉が少なく、光を受けると透けるように見える。Ⓒ宮田村役場産業課

アサギマダラは、タテハチョウ科に属するやや大型の蝶だ。学名は Parantica sita。翅を広げるとおよそ8〜10センチになり、黒褐色の輪郭の内側に、淡い青緑色の斑紋が浮かぶ。その色が、日本の伝統色である「浅葱色」に見えることから名が付いた。浅葱色の部分には鱗粉がほとんどなく、光にかざすと薄い膜のように透けて見える。華やかな色彩というより、空や森の光をそのまま受け入れるような、静かな美しさを持つ蝶である。

その優雅な姿からは想像しにくいが、アサギマダラは季節に合わせて長距離を移動する。春から初夏にかけて南から北へ向かい、夏を山地や冷涼な地域で過ごした後、秋になると再び南へ。翅に日付や場所などを記して放すマーキング調査によって、南西諸島や台湾まで海を越えた個体や、2,000キロを超えて移動した例も確認されている。

ただし、すべての個体が同じ経路を移動しない。なぜ旅をするのか、風や気流をどのように使い、どこを目印に進むのかなど、その生態には今なお解明されていない部分が多い。分からないことが残されているからこそ、一頭の蝶がどこから来て、これからどこへ向かうのかを想像する余地が生まれる。

秋のアサギマダラと深く結び付いているのが、淡い紅紫色の花を咲かせるフジバカマだ。蜜が長い旅のエネルギーになるだけではない。とりわけ雄は、フジバカマなどに含まれるピロリジジンアルカロイドという成分を取り込み、雌を引き寄せる性フェロモンの材料にすると考えられている。

つまりフジバカマの花畑は、旅の途中に立ち寄る給油所であると同時に、アサギマダラが次の命をつなぐためにも重要な場所なのだ。花に降り立つ蝶の姿には、長距離移動という壮大な物語と、植物との緻密な関係が重なっている。

一株のフジバカマから、宮田村の“里”へ

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畑に隣接する森の入り口。木漏れ日の下、今回話を聞いた宮田村役場産業課商工観光係長の善波正太郎さん。担当を機に蝶の生態を知り、改めて宮田村の自然の奥深さに魅せられたという。「アサギマダラの里をきっかけに、村内にある中央アルプスの氷河湖・濃ヶ池にも目を向けてほしい」と話す。

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宮田村新田区に広がる「アサギマダラの里」。標高774m、敷地面積4,837㎡。2014年に、アサギマダラが好む吸蜜植物のフジバカマを移植し、現在は約4,000株が育つ。

宮田村でも、アサギマダラは以前から確認されていた。しかし夏は宮田高原など標高の高い場所に多く、秋に南へ向かう際も山沿いを通るため、人の暮らす里で目にする機会は限られていた。

そこで村は2014年頃から、「アサギマダラを宮田へ呼ぼう!」という取り組みを始める。蝶が蜜を求めて立ち寄れるよう村内にフジバカマを植え、翌2015年には、住民や村外の協力者が花畑を手入れする「フジバカマ里親制度」がスタートした。

里親は、それぞれに割り当てられた区画の草を取り、株を植え替え、食害や生育状況を見守る。花は一度植えれば終わりではない。夏のあいだ手入れを続け、秋に花を咲かせて初めて、旅の途中の蝶を迎えることができる。

取り組み開始から約10年。2023年末には67人の里親が活動し、2026年も新たな担い手を募集している。県外からも多くの人が訪れる場所へ育った背景には、蝶の飛来が見られない季節にも、土と花に向き合ってきた人々の時間がある。

「アサギマダラの里」という名は、蝶を囲い込んだ施設を意味するものではない。ここへ降り立つかどうかは、蝶とその年の気候次第だ。人にできるのは、花を育て、森を整え、いつ来てもよい場所を用意することだけである。

だからこそ、この場所に流れているのは、ただ蝶を見るための時間ではない。姿を見せるか分からない小さな旅人を、毎年変わらず迎えようとする時間だ。訪れる者もまた、その静かな待ち時間の一部になる。

花畑から清流の森へ、蝶の舞う道を歩く

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中央アルプス山麓の森に抱かれたルビーの里駒ヶ岳ガーデン。アサギマダラの里から、そのまま花と緑の散策へ歩みを延ばせる。

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現地に設置された「Butterfly Gardens」の散策マップ。アサギマダラの里、ルビーの里駒ヶ岳ガーデン、こもれ陽の径などを一体的に案内する。

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黒川に架かる木橋。清流を間近に感じながら、木立の中を歩く「こもれ陽の径」へと続く。

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木漏れ日が揺れる森の小径。足もとに寄り添う黒川の水音が、散策のリズムをつくる。

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中央アルプスから流れ下る森に包まれた清流が、「こもれ陽の径」に沿って続く。

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苔むした岩の間を白く流れる川。近づくほど、水の速さと森の緑の濃さが際立つ。

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ルビーの里駒ヶ岳ガーデン、黒川・こもれ陽の径、自然観察池へと導く木製の道標。

アサギマダラの里を訪れたなら、一つの花畑だけで散策を終えるのは惜しい。現地の案内板には、この一帯が「Butterfly Gardens」と記されている。

アサギマダラの里に隣接して、タカノ株式会社が手がける「ルビーの里駒ヶ岳ガーデン」があり、その先には黒川沿いの「こもれ陽の径」が続く。花畑、林、観察池、清流沿いの小径が連なり、中央アルプス山麓の自然を一つの風景として歩ける場所になっている。

「ルビーの里駒ヶ岳ガーデン」で秋に花を広げるのは、赤い花を咲かせるソバ「高嶺ルビー」。一般的な白いソバの花とは異なる、深い桃色から紅色の花畑が、周囲の森の緑に浮かび上がる。アサギマダラの里の淡いフジバカマと、高嶺ルビーの鮮やかな花。その二つを行き来することで、山麓の秋が一色ではないことに気付かされる。

そこから森へ入ると、風景の主役は花から水へと移る。「こもれ陽の径」は、中央アルプスを源とする黒川に沿って延びる全長約1.7キロの遊歩道だ。木々の間から差す光、清流の音、小鳥の声。蝶を探して上を向いていた視線が、沢の流れや林床、小さな生きものの気配へとゆっくり開かれていく。

おすすめは、アサギマダラの里からルビーの里駒ヶ岳ガーデンへ抜け、時間に余裕があれば、こもれ陽の径へ歩みを延ばすこと。蝶を一枚の写真に収めることだけを目的にせず、花と森と水辺をつなぐ環境そのものを歩いてみたい。

アサギマダラは、旅の途中で偶然この場所へ立ち寄る。私たちもまた、目的地を急ぐばかりでなく、その蝶に倣うように、山麓の森でしばらく足を止めてみる。

旅立ちの季節に開く、秋のフェスティバル

アサギマダラの飛来期に合わせ、2026年9月20日(日)には「第11回アサギマダラフェスティバル&アサギマダラこども広場」が開催される。時間は午前9時から午後3時まで。晴天時はアサギマダラの里とルビーの里駒ヶ岳ガーデンを会場とし、雨天時は宮田村文化会館を舞台として行われる予定だ。

当日は、蝶の生態を学ぶ講座や自然観察会、個体数調査、昆虫のすみかとなるインセクトハウスづくりなどを予定。こども広場では、アサギマダラの翅をモチーフにした工作、赤そばのブーケづくり、水引のワークショップ、飲食や物販のブースなども展開される。

蝶を「見る」だけでなく、その生態を知り、取り巻く森や昆虫にも目を向ける一日だ。子どものための催しを中心にしながら、大人にとっても、身近な花畑と地球規模の生きものの移動がつながっていることを知る機会になる。

もちろん、アサギマダラは野生の蝶である。飛来数は気温や風、天候によって日々変わり、フェスティバル当日に必ず多くの蝶と出会えるとは限らない。訪問前には宮田村が発信する最新の飛来情報を確認し、花畑の中へ入らず、蝶や植物に触れずに静かに見守りたい。

アサギマダラがこの地にとどまる時間は長くない。蜜を吸い、翅を休め、やがて再び風の中へ消えていく。

その姿を見送るとき、宮田村は一つの観光地ではなく、海の向こうまで続く長い旅の、ほんの短い一場面として見えてくる。

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アサギマダラの里

所在地:長野県上伊那郡宮田村新田区2049-2
主な飛来時期:例年9月〜10月上旬頃
※飛来時期・個体数は、その年の気温や天候によって変動する
見学:常時開放
※花畑や管理区画へ立ち入らず、現地の案内表示に従うこと
アクセス:中央自動車道・駒ヶ根ICから車で約5〜10分
駐車場:あり
※イベント当日は臨時駐車場と現地誘導を利用
問い合わせ:宮田村役場 産業課 商工観光係
TEL:0265-85-5864
受付:平日8:30〜17:15

〈第11回アサギマダラフェスティバル&アサギマダラこども広場〉

開催日:2026年9月20日(日)
時間:9:00〜15:00
晴天時会場:アサギマダラの里
ルビーの里駒ヶ岳ガーデン
雨天時会場:宮田村文化会館にて開催
主な内容:蝶の講座、自然観察会、個体数調査、インセクトハウスづくり、アサギマダラの翅製作体験、赤そばのブーケづくり、水引ワークショップ、飲食・物販ブースなど
イベント当日の臨時駐車場:株式会社LIXIL、タカノ株式会社南平工場
※最新の案内と現地誘導に従うこと

〈あわせて歩きたい場所:ルビーの里駒ヶ岳ガーデン〉
所在地:長野県上伊那郡宮田村新田区2055-7
運営:タカノ株式会社
見どころ:赤い花を咲かせるソバ「高嶺ルビー」、森の散策路、季節の植物など

〈あわせて歩きたい場所:黒川 こもれ陽の径〉
概要:中央アルプスから流れる黒川沿いに整備された、全長約1.7キロの遊歩道。清流と森林、小鳥の声を楽しみながら歩ける。

関連URL
アサギマダラフェスティバル&アサギマダラこども広場|宮田村公式サイト
アサギマダラの里|2026年飛来情報
アサギマダラ|信州みやだ観光ガイド
ルビーの里駒ヶ岳ガーデン|パンフレット・森とガーデンマップ
こもれ陽の径|信州みやだ観光ガイド

 

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