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特集『信州歩く観光』❶ 米子瀑布群の水を辿る四阿カルデラ・トレッキングと「根子岳山荘」準備中!

2023年5月、米子大瀑布までの道が開通しました。2019年秋の台風で林道が埋まり、コロナ禍で復旧が遅れましたから、実に3年半ぶりの待望の再オープンです。待ち望んでいたファンがたくさんいたのでしょう。初夏の平日に訪れてみると、米子大瀑布駐車場には予想よりも車が停めてあり人気ぶりが窺えました。夏には涼を、秋には紅葉をもとめて、これからもますます賑わうであろう米子大瀑布。秋には根子岳山荘(旧滝山館)オープンの予定がされているとのこと。評判の訳を探しに、山を登り、キーパーソンの話を伺いに行ってきました。

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根子岳山荘オープンに向けて、マウンテンワークス三笘育さんのお話しを伺いました

株式会社マウンテンワークス・三笘育さん
マウンテンワークスで修復した不動滝への参道も歩きやすくなりました
「猫に見えませんか?」三笘さんに教えてもらった参道沿いの倶利伽羅剣の柄部分
オープン予定の“根子岳山荘”のロゴ。前述の倶利伽羅剣がモチーフ
改修中の“根子岳山荘”。かつては“滝山館”として行者さんの宿泊施設でした
現在でも白装束の行者さんによって滝行が行われる不動滝をバックに
(※滝への通路部分に亀裂が入り、落石の恐れがあるため一部通行止め)

昨秋、取材で訪れた時に比べて、だいぶ明るい雰囲気になりましたね。
三笘さん:「紅葉シーズンに向けてカフェのオープンを目指していますから、日々改修が進み変わってきています」

元々は滝山館という宿泊施設だったと聞きました。こちらの事業はいつ頃スタートしたのですか?
三笘さん:「5年前です。その後の2019年台風で道路が通れなくなり、翌年からコロナ禍になりました。その間、道路の修復が遅れたこともあり、今に至ります。本来はもっと早いオープンを目指していましたが、改めて考えると、焦らずじっくり取り組める時間を持てたことが良かったと思っています。それに、世間の目が以前よりアウトドアに価値を置くようになり、いい流れができていると感じています」

誰も来ない4年間があったのですね。いったん自然に返った場所に手を入れて戻すのは大変ですね
三笘さん:「その時間のおかげで、ここの魅力を新たに知ることもできました。時間が止まっているようにも感じられたその状況は面白くもありました。野生に返り誰も来ないと、雰囲気がまるで違います。もともと神聖な場所ですが、畏怖の念を自然に感じられました。訪れたお客さんにも、ゆったりした時間を楽しむ他に、山や滝を崇める、という日本人の本来持っている気持ちを大事にしてもらえれば嬉しいです。海外から来る方にも、日本の文化や宗教観を理解してもらえるよいきっかけとしてわかりやすい場所だと思っています」

近くに鉱山跡もあり、古くから人が関わってきた歴史も面白い地域ですね
三笘さん:「ここの水が流れていく須坂市は、肥沃な扇状地だったので縄文の頃から人が住んでいました。交通の要所で人が集まったこともあり、シルクで栄えた時代もあります。今ではシャインマスカットの生産量が多かったり、美味しいワインを作っているワイナリーもあるんですよ。産業が多いわりに実はあまり知られていない穴場ですね。」

改修で大変なところを教えてください
三笘さん:「飲める水の確保が難しいです。不動滝、権現滝は硬水で、きつくて飲めないのです。滝行する方にとってはありがたい水ですが、普通に飲むとのどが渇きますし、煮沸すると鉄がでてきます。今は浦倉山方面の沢から引いてきていますが、その水もそのままでは飲めないので、どうやって使うか考え中です。」

水が豊富な場所ですが、そんなご苦労があるのですね。何年も続けて関わってきた三笘さんが感じる米子大瀑布の魅力はどんなところですか?
三笘さん:「いくつかありますが、まずは景観ですね。一度来て見ていただければわかりますが、米子大瀑布の横に広がりをもった眺望は見事です。遊歩道を歩いてくると、途中の森の美しさや、見上げた滝の爽快さもありますし、開けた鉱山跡からの景色の違いには圧倒されると思いますよ。その割に知らない人がまだまだ多いので、混雑していないのもいいですね。それからアクセスがよく訪れやすいところもあげられます」

駐車場から徒歩30分でこの景色が見ることができるのには驚きました。カフェがオープンしたら、どんな風に利用してもらいですか?
三笘さん:「気楽に何度も来たくなるような場所にしていきたいです。ウッドデッキでコーヒーを飲みながら読書といった感じで、ちょっと遠い公園のカフェと思って足を運んでもらえたら嬉しいです。アクセスがよいと言っても、車で乗りつけられるわけではなく、普通の人からすればちょっとだけ大変で、そういったところも僕がここを気に入っている理由です。自分の足で歩いてくると価値を感じて印象深くなりますし、着いたそこにはリラックスできる場所がある。標高1,400mの水辺で涼みながらひと休みしてもらいたいです」

カフェでは飲みもの以外の軽食などの用意もありますか?
三笘さん:「地元のものも出したい、と考えています。例えば、須坂には“ひんのべ”と言うすいとんに近い料理があるのですが、そういったものを地元の方々に協力してもらえればいいですね。それから、マウンテンワークスが営業しているクライミングジムにカフェを併設していて、こだわりのあるスタッフもいるので美味しいコーヒーとお菓子も楽しんでもらえると思います」

紅葉時期のオープンが楽しみです。オープン後はどんな場所にしていきたいですか?
三笘さん:「ただ単純に開発すればいいわけではなく、その後もちゃんと関わっていくことが大事だと思っています。あまり知られていないけれど、とても魅力的なエリアなので、須坂と米子を合わせて知って訪れてもらえるような窓口の一つに、この場所もなればいいなと思っています」

米子大瀑布から、小根子岳に登り、峰ノ原高原を目指しました

米子大瀑布駐車場からしばらく平坦な遊歩道。急坂からのスタートでないのはうれしい
歩き出しすぐの熊野神社(左)で足をとめて、一礼。今日も一日楽しく無事に歩けますよう
森の屋根を見上げる。虫に食われた葉に光が透けて繊細なレース模様に
道中の“雨宿岩”で、雨宿りできるか確認をする。山では何があるかわかりませんから
あたたかい岩に腰かけて不動滝を見上げる。ここから見ると2段になっていた

初夏の爽やかな森の中、米子川沿いの遊歩道を歩きはじめます。新緑の屋根を見上げると、隙間から降ってくる光で緑のシャワーを浴びているようです。広く平坦な道をしばらく歩いていると、先行する小さな女の子とお父さんの会話が途切れ途切れに聞こえてきます。娘に自然を楽しんでもらいたい! という父親の気持ちが溢れていて微笑ましく感じました。奥万橋(吊り橋)を渡ると、滝を下から見上げるスポットがあります。河原の大岩に腰をおろすと、落差88.96.m(※)の不動滝が滝頭から下部まで一望できます。まるで、1体の水龍が岩壁を這っているようです。流れだしの水煙の中に斜めに差し込む光が浮かびあがり神々しさを放っています。落ちた水は下部で霧状になり、ここに夏至の朝日が照らすと虹が現れると聞きました。見てみたいですね。この日は、たくさんのアマツバメが滝の周りを賑やかに飛び交っていました。
米子瀑布群とは、不動滝と隣の権現滝、それから、水量が多くなると現れる幻の滝、全部で17条の滝の総称です(米子大瀑布とは不動滝・権現滝の二条の滝をいう)。これだけ大きな滝が、幅1㎞、高さ100m程の断崖絶壁に並ぶ姿は圧巻です。登り始めの森の中からは、まだその様子は見えませんが、葉の間から見える青空に期待が上がりました。以前、米子大瀑布を見た時に、この流れる水はどこから来るのか見てみたい! と思ったことが今日に繋がり、胸が高鳴ります。
(※出典:「国名勝 米子瀑布群保存活用計画」須坂市教育委員会発行)

祠、遺跡、神社。かつての信仰や暮らしの跡がそこかしこに

ヤグルマソウ(写真)やカラマツソウの白い花が涼やかに咲いていました
米子瀧山不動尊奥之院。江戸時代から現在まで修験道場として利用されている
愛らしい“ひょんぐり”の滝(奥)。周辺の河川は酸性水のため、魚や水生生物は少ない
鉱山跡へ上がる道。森の中から飛びだして、開けた景色への変化が楽しい
鉱山跡の説明看板と現在の景色を見比べる。右奥の小屋はトイレ
ほんのり黄色い硫黄の匂いのする握りこぶし大の石があちこちに転がっていた

不動沢を渡り、狭く傾斜のある登山道を少し登ると、米子瀧山不動尊奥之院に到着します。ここから更に5分程登ると、不動滝へ最接近することができます。立ち入りを指定する(落石のため)柵の手前まで行くと、下から見上げた不動滝を中腹から眺める事ができました。先ほどの印象は美しさでしたが、ここでは冷たい空気と水音が荒々しく、もっと躍動的に五感に迫ってきます。滝の周辺には、中世から近世まで連綿と信仰されてきた数々の石仏や遺物があります。これだけの人の願いを集めてきたのかと、その長い時間が降ってくるような迫力を感じました。
奥之院から鉱山跡方向へ進んでいくと、権現沢にかかる大黒橋の上から、ひょんぐりの滝が見えます。「ひょんぐり」とは流れの形状のことで、滝口から落ちた水が岩にぶつかり、角度を変えて跳ね返っていることを言います。滝を前にして「ひょんぐり」と口に出してみると、その可愛らしい語感と、重力に逆らって飛び出してくる様子がピッタリで楽しくなりました。現在は“ひょんぐっ”ている滝ですが、落水のぶつかる岩が年月によって削れたり位置が変われば、いつかは見ることができなくなるかもしれません。長い時間の中で姿を変えていく滝は生き物のようでもあり、魅力を感じます。
ジリジリと焼けつくような紫外線をうけながら、鉱山跡へ上がります。ここで、大瀑布と呼ばれる所以であるパノラマが広がりました。横幅1㎞の大岩壁がまるで屏風のように開いています。以前訪れた際は紅葉シーズンで、華やかな錦絵の中にいるようでした。新緑の今は、青空と黒い壁に2本の白い滝筋が活き活きと力強く見えます。その季節と対面する心の持ちようで印象が変わるのは滝見の面白さですね。鉱山跡台地の縁にはベンチが一つ置かれており、大瀑布を前に腰をおろすと、今朝むすんだなんでもないおにぎりが格別の味になります。不動滝を下から、近くから、遠くから、と美味しい眺めを3度もいただけたことが心に残りました。
腹ごしらえをしたら、鉱山跡からいよいよ山道へ入ります。歩きはじめると、足元に転がる石が珍しい色をしていました。拾い上げてみると、蛍光がかった淡い黄色の筋が岩に入っています。鼻を近づけると、子どものころ阿蘇山で買ってもらった硫黄の塊と同じ火山の匂いがしました。江戸時代の米子鉱山からは「鷹の目」と名のつくほど見事な硫黄が幕府に献上されたのだそうです。私の歩いている道の足元から過去へも続いているように感じてきます。かつてここで生きた人たちとその生活を支えた硫黄の歴史は、私たちのどこかに繋がっているのですね。

一足ごとに、自然の恵みが浸みだしてくるような深い森と渓へ

いくつもの橋を渡る。苔や地衣類に覆われた木の欄干が美しい橋
唯一?“猫岳”と書かれた看板!
ロープが張られた(左下)急な場所が数カ所あります。フラットフッティングで慌てずに
単管で組まれた橋を渡る。あまりに複雑でしばし見とれてしまう
そろそろ稜線にのりあげそう。こんな時は期待感に足が軽くなる

さてここで突然ですが、今日の登山のテーマは「水の流れを辿り、その地形から米子大瀑布をもっと知りたい」です。実際に滝の前に立つと、なぜこんなに壮大な景色ができたのか、興味が湧きます。大岩壁の上部は平らで、そこから落ちてくる水はどこから来ているのでしょうか。地形図を見ると、南側の四阿山(あづまやさん、2,354m)や根子岳(ねこだけ、2,207m)を中心に馬蹄形に四阿カルデラが広がっています。その北西側の低く開けた所に米子大瀑布は位置しています。冬季の四阿山や根子岳へ登った時に、樹氷と真っ白い椀状のカルデラがそれはきれいに見えました。降った雪がゆっくりと山に浸みこみ山麓へ養分を運び、豊かな土壌が広がるのだろうな、と思ったことを記憶しています。その時は、米子瀑布群を知らなかったので、今こうして、点で訪れた場所が面で連なり少し近づけた気がしました。
いくつかの沢を渡って進みます。渡渉はなく、単管で複雑に組まれた新しい橋や、地衣類に覆われ景色に溶け込んだ橋など、個性ある橋が次々に現れ、小さな冒険気分です。沢沿いでは水の流れが変化した痕跡や倒木が見られ、いったん水が出ると厳しい場所であることが感じられました。沢を渡り終えると、緩やかな傾斜の森に入ります。広葉樹の明るい葉や、鈴なりに咲いたウラジロヨウラクの花に元気をもらいます。小根子岳の北肩(ザレ岩)への登りは、ルート全体の中でも傾斜がきついので、急がずじわじわ登りました。徐々に空の面積が増えてくると、樹冠が開きカルデラ地形が見えてきました。思わず感嘆の声がでます。青空と緑の稜線の境はカルデラの縁であり、直径3㎞程の椀状の凹みは火山があった証拠です。この辺りから夏の花が迎えてくれました。小さな山の花々は青空に向かってにっこり笑っているようです。一つ一つ覗きこんで見ていると進む足がどんどん遅くなっていきます。朝の歩き始めから振り返ると、植生の違いも面白さの一つです。米子川の遊歩道沿いはウダイカンバの森からスタートしました。徐々に標高を上げるとミズナラやブナ、コメツガ、ダケカンバ、オオシラビソと亜高山帯になり、それによりつくられる景色も変化していきます。

四阿カルデラを一望、米子大瀑布とつながる瞬間

やっほーい! 四阿カルデラが一望です。真ん中奥が四阿山
ハクサンチドリ(写真)やベニバナイチヤクソウなど稜線付近は花の種類が多い
小根子岳の北側の肩(ザレ岩)付近からダイナミックな夏雲を鑑賞
小根子岳へ向けて伸びやかな尾根をもうひと登り。背の高い笹に覆われ熱かった
小根子岳山頂は360度の展望。西側には善光寺平が広がる
峰ノ原高原の放牧地から根子岳と子根子岳を振り返る。のんびり草を食む牛にほっこり

小根子岳の北肩(ザレ岩)で360度の展望を楽しんだ後は、時間や天気に余裕があったので寄り道をすることにしました。そこから峰ノ原へ直接下りることもできますが、小根子岳の山頂を目指します。時に背丈以上の笹原に埋もれながら稜線を進みました。風がなくジットリと暑い空気を掻き分けるように登ります。時折、振り返ると展望のよいところがあり、背中を一押ししてくれました。
今日は米子大瀑布から、水の流れを遡るように登ってきました。知っていることであっても、現実の風景の中に佇み、その大きな地形を体感すると本当に理解できた様に感じて嬉しくなります。カルデラ内に集まった雪や水は、大瀑布を飛び出し米子川へと注いでいきます。米子川は須坂市の扇状地に入ると、百々川(どどがわ)といったん名前を変え、千曲川へ合流し日本海へ向かいます。小根子岳山頂からは四阿カルデラと善光寺平のどちらも見ることができ、その間を流れる水の一部を遡る形で一緒に旅をしました。80万年前の噴火で形つくられたカルデラは気の遠くなる時間の中にあります。比べて、一瞬に感じる人の1日という短い時間の中で、米子大瀑布の悠久の重みを背中にじんわり感じながら下山します。ゆっくり歩くと見えてくるものがたくさんありました。


撮影:杉村 航、文:渡辺 佐智、取材協力:(株)マウンテンワークス、(一社)仁礼会

<著者プロフィール>
渡辺 佐智(Sachi Watanabe)
日本山岳ガイド協会認定登山ガイド、雪崩業務従事者レベル2、“THE NORTH FACE”サポート、“LA SPORTIVA JAPAN”サポート。バックカントリーのアシスタントガイドとしてスタートし、一年を通して日本の山を歩いています。季節の中で一番好きなのは雪山。登山初心者から中級者を中心に、安全に長く山登りを楽しめるようなサポート、ガイディングを心がけています。コロナ禍の影響で仕事の幅が広がり、自然の中で感じたことを文章で伝えることにも挑戦中です。

 

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