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特集・長野県は“宇宙県”『信州星空ツーリズム』 土地ならではの星空、そのすばらしさを解説するサイエンスコミュニケーター 茅野市八ヶ岳総合博物館・渡辺真由子さん

「茅野市八ヶ岳総合博物館」で学芸員として働く渡辺真由子さん。立ち上げの時から「長野県は宇宙県」の一員として活動されてきました。そんな渡辺さんの星空との出合いは小学生のときに訪れたプラネタリウム。そんな子どもの頃のエピソードから、長野県の星や宇宙に対する思いまでをお伺いしました。

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星空との出合いは、小学生のころに行ったプラネタリウムです

「昔から星空に興味があったかと聞かれると、子どもの頃はそれほど強く意識した記憶はないんです。ただ、子どもの頃は広島に住んでいたんですが、小学生のときに出かけたプラネタリウムで「50億年経ったら、地球は太陽に飲み込まれてしまうんだよ」という話を聞いたことは今でもよく覚えています。そういえば、しし座流星群を見に出かけたこともありましたし、卒業文集には「天文学者になりたい」とも書いてありましたので、やはり興味があったんですね」。

そんな出合いを経て、大学では地球惑星科学を専攻、卒業した後は大学院で研究を続ける道を選びました。大学では教職課程も取得しましたが「学校の先生というよりも、研究に関わり自分自身も学び続けたい」という思いから、博物館や科学館といった社会教育の場を目標に据えて学芸員資格を取得。地元の科学館でアルバイトも経験しました。

そして大学院に在籍しているときに飛び込んできたのが、東京で「日本科学未来館」がオープンするというニュース。
「『日本科学未来館』は、元宇宙飛行士の毛利衛さんが初代館⾧をつとめたことでも有名ですが、『日本科学未来館』を通じて最先端の科学を発信するのはもちろんですが、「科学を発信できる人材を育て、科学の文化を全国に広めたい」というミッションを掲げていました。私はその考えに共感し、大学院での研究に区切りをつけ、『日本科学未来館」』へ就職することに決めたんです」。

未来館では、生命科学、ロボット工学、環境科学など専門外の分野も経験しながらサイエンスコミュニケーションのスキルを身につけ、その後、福島、千葉でプラネタリウム施設に勤務。現在は「茅野市八ヶ岳総合博物館」で学芸員として自然分野を担当しています。

糸魚川・静岡構造線といった茅野市の地形をジオラマで解説する渡辺さん

茅野で働き始めてから2度“御柱”を経験したという渡辺さん。個人的にお気に入りの星空観賞スポットを聞いたところ。
「茅野から車山に続くビーナスライン沿いにある『富士見台展望台』です。ここでは「りゅうこつ座」の一等星「カノープス」が見られるんですよ」。

「カノープス」は、冬の大三角を構成しているシリウスに次いで全天で2番目に明るく見える星です。中国では “南極老人星”と呼ばれていて、この星を見ると寿命が延びるという言い伝えも。地平線すれすれに見えるため、見つけるのは簡単ではないということですが…。
「カノープスは、諏訪盆地だと南アルプスの山々に視界を遮られて見えないんです。最も見やすい2月に山に登れば見えるのですが、信州の2月といえば寒いし、山は雪だし。それで、雪の心配のない10月に見ようと作戦を立てて…。10月終わりから11月ごろ、『富士見台展望台』に早朝4時に行けば見えることがわかったんです。それから毎年、良く晴れた日には車山へ向かって車を走らせ観察に行っています」。

1月撮影。稜線のすれすれにあるのが「カノープス」 ©W.Mayuko 2020
「茅野市に住むようになってから登山をはじめました。山で見る星空は格別ですが、茅野は標高が高いので街中でなければ充分キレイな星空が眺められます」(渡辺さん)©W.Mayuko 2021

「『⾧野県は宇宙県』には、プラネタリウムがある博物館職員という立場で立ち上げ当初から関わっています。⾧野県の星や宇宙に関する魅力を、もっと大勢の人に広めたいという思いは、『⾧野県は宇宙県』もプラネタリウムも同じですから。でも実は、星が好きだったり、宇宙に興味があったりと、少しでも宇宙に興味があれば、だれでも“宇宙県”の一員なんです。『⾧野県は宇宙県』で活動すると、いろいろな仲間に出会えて楽しいです」。

そんななかで最近、「長野県はどうして宇宙県なんだろう?」と、活動自体のアイデンティティを考える機会があったという渡辺さん。
「私たちが⾧野県で宇宙を身近に感じられることには、何か特別な歴史的背景があるのではと。そこで、注目したのが『諏訪天文同好会』です。以前から気になっていた『諏訪天文同好会』について本格的に調べることになりました」。

『諏訪天文同好会』は、全国的にも知られていて、天文ファンからもリスペクトされている存在です。発足は1922年と、100年の歴史を誇り、日本で最も古い市民天文同好会です。その誕生のきっかけには、京都帝国大学教授、天文同好会(現在の東亜天文学会)の創設者でもある山本一清氏と、諏訪清陵高校の前身、旧制諏訪中学で地理を中心に教鞭をとっていた三澤勝衛氏が大きく関わっています。

「諏訪天文同好会発起人」©茅野市八ヶ岳総合博物館

「何よりも驚くのは、立ち上げメンバーのほとんどが、まだ幼い小学生たちだったことです。彼らは、三澤氏の教え子でした。三澤氏は、日本最初期の太陽黒点観測者としても知られ、最先端の天文学に貢献していました。子どもたちはその姿を間近で見て刺激を受けたのでしょうね」。
さらに、その当時、三澤氏に太陽観測を勧めた京都帝国大学の山本一清教授が全国各地で講演会を行い、天文同好会で活動することの魅力を発信していました。同好会があれば、いろいろな知識も得られるし、観測の仕方も教わることができるということで、諏訪でも講演会が開催され、天文同好会(現 東亜天文学会)支部が設置されることになりました。


「でもこの同好会は主に先生たちの集まりで年会費が必要でした。小学生には高額な年会費は払えませんよね。そこで会費を払うことができない子どもたちが集まってスタートしたのが『諏訪天文同好会』だったんです」。

「さらに、『諏訪天文同好会』のすごいところは、ただ天文が趣味というだけの集まりではなく、世界からも注目される観測を行ってきたことです」。
長年の観測資料は膨大な量ではあったのですが、とても丁寧に残されていたそうで「そんなところも信州人らしいですよね」と渡辺さん。

「地元の天文家に関する資料が、地域の方々から続々と提供されるようになりました。博物館の大事なコレクションです。」(渡辺さん)©茅野市八ヶ岳総合博物館

そして2022年、発足からちょうど100年という節目を迎え「茅野市八ヶ岳総合博物館」では企画展を開催。地域に根付く天文文化の歴史を紐解き、宇宙県のルーツに一歩迫ることができたのです。同時に、「諏訪天文同好会」から相談を受け、『星空に夢をプロジェクト』にも協力しました。
「県内各地にある使われなくなった望遠鏡を譲っていただき、希望する子どもたちにプレゼントしよう、というプロジェクトです。現在の「諏訪天文同好会」は高齢化して活動も慢性化しているけど、子どもたちから始まった原点に立ち戻ろう!という思いを現メンバーの方から直接お聞きし、胸が熱くなりました」。

実際、各家庭で眠っていた望遠鏡は多くあったようで、結果的に約40組の子どもたちに望遠鏡をプレゼントすることが叶いました。
「博物館主催の『星空観望会』に、その望遠鏡を持参して参加してくれる子どもたちもいるんですよ。とてもうれしく思うと同時に、次世代にバトンをつなぐお手伝いができたことをとても光栄に思っています。そしてこれからも、未来へ向かう子どもたちの夢をサポートしていきたいです」。

「『諏訪天文同好会』のことは、茅野市に赴任する前から知っていました。天文に携わる人にとってはそれくらい有名なんです」(渡辺さん)

茅野市に訪れたからこそ出合える星空や話題を届けたい

『茅野市八ヶ岳総合博物館』は、総合と名の付くとおり、自然、歴史、民俗など、茅野市に関する事柄を総合的に展示している博物館です。

自然に関する展示では、八ヶ岳の麓に位置する茅野市の自然の成り立ちを紹介。展示スペースには、八ヶ岳各峰の安山岩や産出する黒曜石などの岩石・鉱物のほか、八ヶ岳山麓に生息する動物のはく製や植物の標本などが展示されています。歴史に関する展示では、縄文土器、古墳からの出土品や、実際住んでいた民家などが展示され、旧石器時代から現代にいたるまでの茅野の人々の暮らしの様子や道具、寒天や氷餅といった特産品を紹介しています。

「当博物館の特徴のひとつが、『市民研究員』の存在です。八ヶ岳山麓や諏訪地域の主に自然分野についての調査・資料収集などに携わり、博物館活動を支えて下さる市民の皆さんです。職員は短い期間で入れ替わってしまうこともありますが、住み続ける地域の人たちが地域のことを自ら学び、調べられる仕組みとなっており、持続的な研究活動が行えます。『市民研究員』の皆様には地域博物館の重要な役割を担っていただいています」。


八ヶ岳の麓にあり、山登りをしたり、蓼科湖などのレイクリゾートに出かけたりと、レジャーや観光施設も多く揃う茅野市。
「その際は当博物館に立ち寄って、これから向かう場所がどんなところなのかをチェックしてから、観光スポットへ出かけていただけると、よりいっそう楽しみの幅が広がるのではないかと思います」。

八ヶ岳山麓の縄文文化の発展の一因でもある黒曜石をはじめとする岩石・鉱物やジオラマなどを展示
屋内展示のほか、屋外では西側の雑木林が自然観察路として開放 ©茅野市八ヶ岳総合博物館

渡辺さんはプラネタリウムの解説も担当。この施設で展開するのは「モバイルプラネタリウム」と呼ばれる直径5メートルの移動式プラネタリウム。
「空気を入れてドーム状に膨らますのですが、空気を抜けばリュックサックに入るほどの大きさになり、学校や保育園、公民館などへ伺って出張投影を行うことも可能です」。

『茅野市八ヶ岳総合博物館』での一般公開は、土・日曜、祝日に行い、入館料(大人310円、高校生210円、小・中学生150円)のみで鑑賞が可能です。ただし、定員は8名で、事前予約が必要です。

「⾧野県内にはプラネタリウムのある施設がほかにもたくさんありますが、当館では、その日に茅野市で見られる星空の解説、注目の天文現象、最新の宇宙関連ニュースなどを対話しながら楽しめます。皆さんの質問に答えたり、興味や関心にあわせて星座を見つけたり、今夜、ちょっと見てみようかな、と思っていただけるようなプログラムを心がけています」。

プラネタリウムの解説は渡辺さんが担当し、季節の星座や、宇宙の話題を、月ごとにテーマを変えて分かりやすく説明
星座早見盤には入っていない惑星の話題も、映像を使って紹介しています

また、プラネタリウムを鑑賞する前にぜひチェックしてほしいのが、2023年に完成した「信州星座早見盤」です。
「これ、何がすごいかというと、6 等星まで入っていること。理科の授業などで扱う小さな星座早見盤では、6 等星まで入れてしまう とゴチャゴチャして見づらくなってしまうため、4 等星位までしか入れられないんですよ。星空のキレイな場所なら6 等星は肉眼でも見ることができますので、名前の通り、信州の星空を丸ごと確認できる早見盤となっています」。

見方は、円盤を回してチェックしたい日付、時間を合わせるだけ。
「どの方角にどんな星座、星が見えるかをチェックしてみてください」。


「プラネタリウムを鑑賞した夜は、地元の方も、観光で訪れた方も、ぜひ本物の星空を眺めてください。茅野市は全体的に標高が高く、市街地以外は夜の灯りも少ないため、比較的どこからでも星空観察が楽しめます。特に標高1,000mを超えると美しい星空を眺めることができますので、登山が目的でない方も夜空を眺め、プラネタリウムで気になった星座や星を探してみて下さい」。

空気を入れ、ドーム型に膨らませて利用する『モバイルプラネタリウム』。スケジュールやテーマは公式サイトから確認できます。ほかにも「星空観望会」などのイベントも開催。詳細は公式サイト参照
「日付を自分の誕生日と観察したい時間に合わせると、誕生日の夜に鑑賞できる星空が分かります」(渡辺さん)

学芸員として地元住民の方々と触れ合い、地域の魅力を理解する中で
「諏訪の技術を結集してプラネタリウムをつくりたいという思いを抱くようになりました。諏訪地域と言えば、製糸業にはじまり、精密機械工業など、古くから培ってきたモノづくりの文化と歴史があります。その技術や、地域の方々との出会いを活かし、実現できる道を模索していきたいと考えています」。

そしてこれからも、施設を訪れた人たちに星空の魅力を伝えていきたいと渡辺さんは話します。

「満天の星が広がると、歓声があがって、みんな本当に幸せそうなんです。⾧野県の方だけでなく、観光で訪れた方にとっても、茅野市に訪れたからこそ出合える星空や、星空の話題をお届けできるように、地域の魅力をもっと掘り起こしていきたいと思います」。


〈茅野市八ヶ岳総合博物館〉
住所:長野県茅野市豊平6983
TEL:0266-73-0300
開館時間:9:00~16:30
休館日:毎週月曜(月曜が祝日または休日の場合、その翌日)、祝日または休日の翌日(その日が祝日または休日、土曜・日曜の場合、その翌日)、年末年始(12月29日から1月3日)
料金:大人310円、高校生210円、小・中学生150円
https://www.city.chino.lg.jp/site/y-hakubutsukan/
Google Maps

渡辺 真由子(Mayuko Watanabe)
広島県出身。大学では地球惑星科学を専攻。大学院に在学中に「日本科学未来館」がオープンすることを知り、就職。その後、福島や千葉の科学館・博物館での勤務を経て、2016年に「茅野市八ヶ岳総合博物館」へ移り、同年に発足した「長野県は宇宙県」の立ち上げメンバーとなる。「茅野市八ヶ岳総合博物館」では、土・日曜、祝日に博物館でプラネタリウム解説を行うほか、移動式プラネタリウムを使い、学校や保育園、公民館での出張投影も行っている。


取材・文:児玉 さつき  撮影:佐々木 健太

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