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特集『ナガノのキャンプ時間』❹ ブッシュクラフト体験で、生きる力を呼び覚ます ライジング・フィールド軽井沢・森 和成さん

最小限のギアで、工夫を凝らしながら森での生活を楽しむ。そんな究極のキャンプスタイルが、“ブッシュクラフト”だ。国内でブッシュクラフトを体験できるキャンプ場はまだまだ少ないが、『ライジング・フィールド軽井沢』では、いち早く専用フィールドを展開し、新たな森の楽しみ方を提案してきた。代表の森 和成さんが語る、ブッシュクラフトの楽しさ、魅力とは――。

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あえてひと手間をかけて、自然の中での生活を楽しむ

今、上級キャンパーたちの間で、“ブッシュクラフト”と呼ばれるキャンプスタイルが注目を集めている。ブッシュクラフトとは、必要最低限の装備で山や森林に出向き、自然の中にあるものを駆使してアウトドアを楽しむ究極の野遊び。文明の利器に極力頼らないことで、一般的なキャンプよりも、自然と一体になる楽しさや達成感をより強く感じられるといわれている。

たとえば、薪や枯れ葉を自分で集めてマッチやライターを使わずに一から自分で火を起こしたり、拾った木々でスプーンや皿などのカトラリーを森の中で自作したり。中には、食料すらも現地で調達した物のみで賄う、さらなる猛者も存在する。

自然を身近に感じることができるブッシュクラフト。不便さをあえて楽しむ究極のアウトドアスタイルだ

これだけ聞くとハードコアなキャンプスタイルのようにも聞こえるが、ブッシュクラフト専用のフィールドをキャンプ場内に展開する『ライジング・フィールド軽井沢』の代表・森和成さん自身は、「楽しみ方は人それぞれ。一言でブッシュクラフトといっても、いろいろなあり方があっていい」と寛容に受け止めている。

「『ライターは使うけれどスプーンは自作したい』という人もいれば、『ギアは既製品でいいけれど食事に重きを置きたい』という人もいますし、思い思いのスタンスでトライすればいいんです。タープと寝袋だけを持って森の中に入っていく上級者だっていますしね。明確な線引きはありませんが、“あえてひと手間をかけて、自然の中での生活を楽しむ”というのがブッシュクラフトの醍醐味といえるでしょう」。

『ライジング・フィールド軽井沢』では、2020年からブッシュクラフト専用のフィールドを展開しているが、専用フィールドを持つキャンプ場は、日本中を見渡してもまだまだ少ないそうだ。日本におけるブッシュクラフトの第一人者・川口拓さんと縁あって知り合い、意気投合したことがきっかけで、専用フィールドを作ることになったという。

「アウトドアの未経験者がソロで山登りをしてテントで寝泊まりすることは到底できないけれど、心的安全性が確保されたキャンプ場内であれば、ソロキャンプのハードルも下がるでしょう? 家族で訪れて、子どもの自立を促すために、夜はソロテントでバラバラに寝るといったことを実践されているファミリーもいますよ。家で例えたら、昼間はリビング空間で一緒に過ごして、夜は自分の部屋で寝る、といったイメージですね」。

『ライジング・フィールド軽井沢』代表の森 和成さん。森の中で、拠点や火床の位置を決める際に見極めるべきポイントをレクチャーしてくれた

キャンプ場の奥に設けられたブッシュクラフトの専用フィールド。自然の地形がそのまま生かされている

『ライジング・フィールド軽井沢』では、火起こしやナイフワークなどが学べるブッシュクラフトの講座も定期的に行っている。時には、アウトドアブランドの協力のもと、用意されたギアセットを活用してブッシュクラフトに挑戦するレディース向けのソロキャンプデビュー講座や、経営幹部や次世代リーダーを対象にした法人向けのオーダーメイド研修を開催することも。体験プログラムや研修プログラムを積極的に展開している背景には、「ただのアウトドア施設ではなく“教育事業”としてキャンプ場を運営している」という確固たる思いがある。

もともと、組織開発や人材開発のコンサルタントとして活躍していた森さん。社会人教育に長年携わる中で、「言われないと動かない」「創造性が希薄化している」「答えを初めから当てにする」といった傾向が年々強まっていくことに危機感を感じ、「このままでは日本は大変なことになる。大人だけを相手にしていたのではダメだ」と、子どもの教育に関心を持ったことがキャンプ事業を始めたきっかけだったそうだ。「自然体験活動を通じて、子どもたちの生きる力を高める場作りを展開しようと立ち上げたのが『ライジング・フィールド軽井沢』。これまで得てきた知識や過去の経験だけに頼らず、今この瞬間に起きていることを見極めて意思決定できる“野生の力”を解き放ってほしいのです」。

その上で、「教育や学びの場で何よりも大切なことは、スモールサクセスを積み上げていくこと」と力強く話す。「だからここでは、どのプログラムも、どの空間も、すべて成長ステージを思い描いて作り込んでいます」。

アウトドア未経験者が、いきなりブッシュクラフトに挑むのはさすがにハードルが高すぎるが、「初めての方は、まずはピクニックやバーベキューから始めてみればいい」と森さんは提案する。「その上で、『自然の中で泊まってみたい』となったら、次はトイレやシャワー、ベッド、床暖房が付いたコンテナベースの完全独立型ユニットへどうぞ。その次は電源付きの大型常設テント、電源なしの常設テント、オートキャンプ、電源なしのフリーサイト、さらには自然の中に身を置くブッシュクラフトと、少しずつステージを上げていけばいいのです」。『ライジング・フィールド軽井沢』には、上記の体験が叶うさまざまなフィールドが用意されていて、キャンパーのレベルやキャンプスタイルに合わせて選択することができる。ブッシュクラフトのフィールドも、ステージのバリエーションの一つという位置づけだ。

「ゲームを始めた時に、いきなりファイナルステージのボスキャラが出てきて叩きのめされたのでは、次もトライしてみようとはなかなか思えないですよね。最初は弱い敵を倒していきながら、少しずつ経験値を溜めて。ファーストステージのボスキャラと戦って、なんとかセカンドステージに進む――。成功体験を積み重ねて少しずつステップアップを目指すという構図は、教育や学びの場だけでなく、キャンプという趣味の領域でも変わりません。『やれた』『できた』を積み重ねることで、人は自信や挑む力を育むことができるのです」。

『ライジング・フィールド軽井沢』では、軽井沢町の小中高生たちを招いて自然体験活動の機会を提供しているが、ブッシュクラフトを体験した子どもたちは、面構えが劇的に変わり、目に力が宿るという。

「ここでの体験によって人生におけるどんな生きる糧が得られたか、ということはすぐには分からないかもしれません。でも、『僕はできたんだ』『私はやれたんだ』という経験や自信は、情動記憶としてきっと心のどこかに刻まれることでしょう。何歳になった時かは分からないけれど、『そういえば、あの時の軽井沢のあの体験が、自分がブレイクスルーをするきっかけになった』と振り返ってもらえるような、喜怒哀楽や五感に紐づく情動記憶を残してあげたいのです。それがたとえ1泊2日の体験でも、記憶に残る原体験に十分なり得る」。

文科省のデータにも、3~12歳までにいろいろな自然体験活動を積んだ人の方が、30歳を過ぎた時にさまざまな場面で力を発揮できるという統計データが出ているのだとか。「社会性や自主性、コミュニケーション力は、まさにキャンプで養うことができる最たる力だと考えています」。

学校の体験学習や企業の研修プログラムの場としても使われているアドベンチャーフィールド

子どもだけやファミリーで参加できる、個人向けのアドベンチャープログラムも行われている

各所に成長ステージが散りばめられている『ライジング・フィールド軽井沢』

『ライジング・フィールド軽井沢』のブッシュクラフト専用フィールドは、敷地内の森の一角に設けられている。地面が平坦にならされているわけでもなく、利用区画があらかじめ決められているわけでもない。手入れこそされているものの、ほぼ自然のままの景色が広がっている。そこにキャンパーたちは思い思いの場所に拠点を作り、それぞれのスタイルでひと時のアウトドアライフを楽しむ。

このフィールドならではの体験といえば、今、国内のほとんどのキャンプ場で禁止されている“直火での焚き火”ができるということだろう。まっすぐに立ち上がる美しい炎を見ることができるのが、直火ならではの魅力。地面の上で直接火を起こすため焚き火台を使うよりも火を育てる難易度は上がるが、手間がかかる分、できあがった料理のおいしさも格別なものとなる。生粋のキャンパーなら誰もが憧れる、貴重なアウトドア体験だ。

「多くのキャンプ場で直火炊きが禁止されているのは、自然保護の観点や山火事の防止という理由が挙げられます。ただ火を起こしただけのつもりでも、地中の微生物が死滅して生態系が乱れたり、地面の下に張った根っこを伝って数メートル先の木が発火することがあるからです」。
『ライジング・フィールド軽井沢』の敷地内でも、直火で焚き火ができるのはこのエリアだけ。ここではきちんと根切りが行われているほか、フィールド利用者たちに火の取り扱いについての事前講習を受講させることで、安全な野遊びの場を提供している。

「とは言っても、食べ物やごみを散乱させていたら、フィールド内にもツキノワグマやカモシカ、シカ、キツネ、イノシシといった野生動物が出てきますよ」。自然の中に身を置くということは、一匹の動物として、自分の身は自分で守り、生き延びるということを意味している。

「家の中ではコンロで簡単に火が付くけれど、森の中では、まず火を起こす場所を自分の意思で決めなければいけません。風の向きや地形、雨水が流れる“水道(みずみち)”の位置も確かめておかなければ、雨が降った時にせっかく起こした火が消えてしまう。でも、今、この瞬間だけを見ているようではダメ。火床の場所を一つ決めるにしても、例えば雲の形状や厚さ、動き、風の状態や温度、鼓膜で感じる気圧の変化、ありとあらゆる状況から数時間先の未来のことにも想像をめぐらせて判断しなければいけないのです」。

火を起こす森さん。ブッシュクラフトの専用フィールドのみ、直火での焚き火が許可されている

自然の中で生きるとはどういうことなのかを動物的に感じ、学ぶことができるのがブッシュクラフト。五感を研ぎ澄ますことで、眠っていた思考力や判断力、決断力が目覚めていく。

「現代人は、視覚情報に頼り過ぎてしまっている。たとえば、頭の中にリンゴを思い浮かべてください。さあ、どんなリンゴを思い浮かべましたか。リンゴの香りは思い浮かびましたか。リンゴの味は思い浮かびましたか。ざらっとしたリンゴの皮の感触は思い浮かびましたか」。

こんなエピソードがあるという。
「ある日、双眼鏡を持って野鳥を探しにきた親子がいました。でも、『野鳥がたくさんいると聞いたのに全然いないじゃないか』とお父さんが怒っているんです。野鳥の図鑑を手にしたお子さんたちも残念そうな顔をしているので、私は『ちょっと目をつぶってみようか』と声をかけました。すると、どうでしょう。『鳥さんがいっぱいいる!』と、子どもたちが嬉しそうに言うではありませんか。野鳥のさえずりは、目を閉じる前からたくさん聞こえていたのです」。

『ライジング・フィールド軽井沢』には、森さんの想いを象徴する設備がもう1つある。キャンプ場内に設けられた特注のスカイアスレチック「アウル アドベンチャー」がそれ。1m、2m、4m、6m、8mと5階層の造りになっているため、自分のレベルや目標に合ったコースを選ぶことができる。

「最初から8mしかない、高いところしかないという施設も多いけれど、それだと、小さい子や気の弱い子たちは心をくじかれてしまう。でも、ちょっと頑張ればクリアできそうなものであれば、『ここならパパやママにも手が届くし、やってみようかな』と最初の一歩を踏み出すことができる。ゴールできたら『じゃあ、次は2m』、それができたら『4mに挑戦してみよう』と目標をどんどん高く設定することができるわけです」。

アウルアドベンチャーの最年少挑戦者は1歳10カ月、最年長挑戦者は82歳。

「私は、何歳以上、身長何cm以上という杓子定規な制限が大嫌いなんですよ。『2cm身長が足りないからジェットコースターに乗れません』なんて、子どものやる気をへし折るだけ。もちろん安全管理をしっかり行うというのは大前提ですが、本人のやる気があればいくらでも挑戦させてあげるというスタンスで、お客様を受け入れています」。

「上級キャンパー向けとされるブッシュクラフトの中にも、レベルの幅はあっていい」と話す森さん。最初からハードルを上げ過ぎずに、思い思いのスタイルで自然との共生を楽しめばいい。そう。少しずつ、自分の成長ステージを上げながら――。

みんなで協力しながらミッションに立ち向かうことで、相手を思いやる優しさやリーダーシップ、責任感などが培われていく

キャンパーのレベルや目的に合わせて、さまざまなフィールドが用意されている

シャワーやトイレ、ベッドが付いたサルベージロッジ。なんと床暖房まで付いている

常設のテントサイトも用意されているので、キャンプ初心者でも安心して経験を積むことができる

今後の展望については、「キャンプ事業を通じたアクティブラーニングのノウハウを全国に広めていきたい」と意気込む。自分の手で運営できる施設の数には限りがあるが、日本中に同志が増えれば、もっと多くの人たちに生きる力を養う教育の場を与えることができるからだ。同時に、こうした取り組みが、資金難にあえぐキャンプ場経営の新たなロールモデルにもなれたらとも考えている。

自然体験活動を通じて、子どもたちの生きる力を高める――。
森さんの想いは、いま全国のキャンプ場に広まり、各地で芽吹き始めている。もしかしたら、ブッシュクラフトができるフィールドも、これから少しずつ増えていくかもしれない。

組織開発、人材教育のプロである森さん。代表でありながら体験学習や研修プログラムの現場にも立ち、第一線で自然体験活動の指導に当たっている

〈ライジングフィールド軽井沢〉
住所|長野県北佐久郡軽井沢町長倉山国有林2129
電話|0267-41-6889
URL|https://www.rising-field.com/
料金|ブッシュクラフトフィールド:3,300円~ *通年営業(夏期以外は水・木定休、※詳細は公式サイトを参照)
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森 和也(Kazunari Mori)
株式会社ライジング・フィールド代表取締役。長野県キャンプ協会理事、軽井沢観光協会の副会長など、多くの肩書きを持つ。法人向けの組織開発・人材開発のコンサルタントとして20年以上のキャリアを誇り、これまで計200社以上の研修プログラムに携わってきた。関わった研修受講者数はのべ20万人以上。現在は、こうした経験を生かし、キャンプ場内で自然体験活動を通じたアクティブラーニングの場を提供している。


取材・文:松井 さおり 撮影:窪田 真一

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