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特集『ナガノ自転車日和。』❶「自転車だからこそ気付ける、町の魅力と人の温もり」 自転車冒険家・小口良平さん

8年半をかけて世界157カ国を巡り、日本人最長記録となる地球一周の自転車旅を成し遂げた小口良平さん。現在は辰野町でサイクルステーション「grav bicycle station(グラバイステーション)」を営み、E-bikeなどのレンタサイクルやサイクルツーリズム、野外教育など、自転車をツールとしたさまざまな事業を展開している。世界の隅々まで旅してまわった自転車冒険家が、いま改めて感じる故郷・長野県の魅力とは? 自転車で町を巡る、サイクルツーリズムの楽しさについて聞く。

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自転車旅の思い出は、全身に刻まれる

小口さんの自転車旅のルーツを手繰っていくと、8歳の時に3つ上のお兄さんと諏訪湖を一周(当時の諏訪湖の外周は約20㎞)した思い出にたどり着く。両親には黙って出かけた秘密の大冒険。道に迷って不安な思いもしたけれど、あの時の景色や鳥の鳴き声、草花の匂い、頬を撫でた風、ハンドル越しに感じた大地の感触――全身で自然を感じた体験は、地球一周という偉業を果たした今も、大切な思い出として小口さんの胸に刻まれている。

「自転車の旅は体のすべてに記憶が留められていくので、思い出に残るんですよ。長野に帰ってもう何年も経ちますが、今でも、旅先で出会ったおばあちゃんの顔を鮮明に思い浮かべることができます。忘れられないスペシャルな出会いを果たせるのも、好きなタイミングで立ち停まれて、気軽に人と触れ合うことができる自転車旅ならではの特権です」

人との出会いや新しい発見を大切にする小口さんがこだわるのは、あくまでも町なかを走るオンロードのサイクルツーリズム。

「世界中を旅してみて、地元の人にとっては価値を感じない当たり前の景色も、外から来た人にとっては非日常の光景なのだということに気が付きました。この町は、コンテンツの宝庫ですよ。だって、縄文の時代から始まる歴史ロマンも、甲州街道や中山道の発展が生み出した宿場町の文化も、サイクリストたちが憧れる大自然も、旅の楽しみには欠かせない温泉もあるのですから。それも、1日でサイクリングすることが可能な半径30㎞以内の場所に凝縮して――」

自転車で世界一周を成し遂げた小口さん。自身の冒険を多くの子どもたちに伝えるべく活動の一環とし、毎夏サイクルサマーキャンプ「グラバイキャンプ(キッズ編9-13歳)(セミアダルト編12-15歳)」を6泊7日太平洋⇔日本海の自転車冒険旅を開催
世界157カ国を自転車で旅した小口さん。写真はサイクリスト三大聖地、ボリビアのウユニ塩湖 ©小口良平

自転車だから気付ける文化のコントラスト、町のグラデーション

長野県を自転車で走る魅力について聞くと、小口さんからは「峠を越えると、文化ががらりと変わるところ」という答えが返ってきた。

「チベットやメキシコの山岳地帯でも同じことが言えるのですが、地形が険しければ険しいエリアほど、人の往来が限られるため、その土地固有の文化が守られやすいんです。標高の高い山が多い長野県は、日本のほかの都道府県とくらべてもこの傾向が著しく、峠を1つ越えただけで方言も食文化もまるで変わる。地域の人とも触れ合いやすい自転車ならば、この文化のコントラストをより強く感じることができます」

では、小口さんのメインフィールドである諏訪地域の魅力はどうか。

「わかりやすく言えば、諏訪湖の風景感。このエリアは湖を中心にすり鉢状に町が成り立っているので、1、2㎞奥に入っただけでも標高が200mほど上がるんですよ。湖のほとりに町が広がり、その奥には美しい自然が広がる――。こうした町のグラデーションを楽しめるところが、この土地ならではの魅力ですね。サイクルツーリズムなら、少しずつ変わっていく町の表情を肌で感じることができます」

子ども連れや初心者におすすめは、諏訪湖をぐるりと1周する約1時間のサイクリングコース。湖のまわりにサイクリングロード(外周約16㎞)が整備されているので、フラットで安全、道に迷う心配もなく、何より、1周を走り遂げたという達成感が得られる。

「ちょっと冒険したいというファミリーは諏訪湖のまわりに点在する諏訪大社を訪ねる四社巡りコースがおすすめです。上諏訪駅からサイクリストの聖地・ヴィーナスラインを目指すコースはチャレンジコースで、素晴らしい絶景と車移動では得られない爽快感、開放感が味わえますよ」

「grav bicycle station」では、E-bikeなどのレンタサイクルのほか、これらのコースのガイドツアーも展開。見えないコンテンツにも色を付けて切り取り、ストーリーを添えて地域の魅力を発信している。

「みんなで励まし合えるのもツアーの魅力。ヴィーナスラインコースは、1000mもの高低差があるハードな道のりですが、脱落者が出たことは今まで一度もありません。ありがたいことに、利用者の8~9割はリピーターになってくださっています」

最初は1日20㎞ぐらいの優しいコースを走っていたのが、ちょっとずつおもしろくなり始めて、最終的にはヴィーナスラインに連れて行く、なんてこともしばしば。観光で楽しんでいたはずがマイバイクを買い、自転車が新しい趣味になったという人もいる。

なんておもしろい地域だろう、
なんて美しい自然だろう。
人と会話をするってなんて幸せなんだろう。

旅に感動や彩りを添えてくれるのが、サイクルツーリズムの魅力。自転車で町を巡れば、その旅は、もっと忘れられないものになる。

小口さんの著書を読んで感銘を受け、日本一周の旅に挑戦しているという青年が訪ねてきた。小口さんの夢が次の世代につながっていく
JR飯田線辰野駅から徒歩8分の場所にある「grav bicycle station」。クロスバイクやファットバイク、E-bikeなどさまざまなレンタサイクル(2日前までに要予約)を取りそろえている
宿泊型のサイクリングツアーにも対応できるよう、辰野町にゲストハウス「トビチ商店舎 KOTEN」をプレオープンさせた。今後はこの場所を活用し、自転車まちづくりガイドの養成にも力を入れていく
1Fは共用キッチン・リビングスペース。2Fはゲストハウスと移住者向けのシェアハウス

諏訪の魅力を凝縮させた2時間半のショートコース

「諏訪人探索ツアー」@立石公園 ©小口良平

自然と歴史、文化、温泉……諏訪の魅力を集約させた“いいとこどり”のサイクリングツアー。諏訪湖畔サイクリングロードを含む全長10~12㎞のコースで、銘酒・真澄の蔵元「宮坂醸造」や、知る人ぞ知る町なかの秘湯「大和温泉」のほか、高島城や間欠泉温泉センターといった諏訪の観光スポットをガイドと共に巡る。
途中、諏訪湖を一望する眺望抜群の立石公園では、キッチンカーが出動して美味しいランチを提供。最後は諏訪湖畔の足湯で和むなど、盛りだくさんの内容となっている。歴史や環境の話など、過去や未来の諏訪の話が聞けるのもガイドツアーならではの楽しみ。コンパクトに動くことができる自転車だからこそ、2時間半で諏訪の魅力を目いっぱい堪能できる。

温泉や日本酒、神社、城と、日本古来の文化が今なお息づく諏訪エリア。旅の楽しみが狭いエリアに凝縮されている。「諏訪人探索ツアー」(8,500円/2時間半 ※2日前までに要予約)

<プロフィール>
小口 良平(おぐち・りょうへい)
自転車冒険家、grav bicycle station代表。1980年生まれ、長野県岡谷市出身。2007年に1年かけて日本1周の自転車旅を達成後、2009年から約7年半をかけて世界を走破した。訪ねた国は157カ国、走行距離は約16万kmにも及ぶ。帰国後は、長野県辰野町に移住してgrav bicycle stationを起業。現役のツアーガイドとしてサイクルツーリズムの現場に立ち会う一方で、まちづくりサイクルアドバイザーとして、マップ作成や観光商品開発、環境整備にも取り組んでいる。


取材・文:松井 さおり 撮影:佐々木 健太 イラストマップ:佐藤 妃七子

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