旅情誘う観光列車「ナイトビュー姨捨」で楽しむ
日本三大車窓の夜景とショートトリップ気分

今年、5月から9月の金曜日に運行するJR東日本の快速「ナイトビュー姨捨」。長野駅から姨捨駅まで約30分かけて進み、車窓やホームから「日本三大車窓」に数えられる姨捨の夜景と地元の人のおもてなしを楽しめる、とは聞いていたものの、乗り込んだその先には、想像を上回る魅力があった。

更新日:2021/07/21

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乗るだけで非日常体験が味わえる「ナイトビュー姨捨」

鉄道の旅はいい。ガタンゴトンと独特の揺れに身を任せれば、どこかに連れていかれるような旅情に誘われるし、バスとは違って線路を伝ってしか進めないところには、目的地が明確な安心感もある。渋滞に巻き込まれることもない。それが、観光列車となればさらに格別なものになる。
「ナイトビュー姨捨」は夜景鑑賞を目的として2012年に運行を開始した長野駅から姨捨駅間の快速列車。ハイブリッドシステムを搭載したリゾートトレイン「リゾートビューふるさと」の車両を使用し、全車指定席で運行期間中の金曜日1往復している。
長野駅発は18時48分。早めにホームへ向かうと、長野県PRキャラクター「アルクマ」のイラストと大きな窓が存在感を発揮する車両がすでに待機していた。周囲にはこのユニークな列車を撮影する人びとと「ようこそ信州へ」の横断幕を掲げるお見送りのJR職員。これだけで、すっかり非日常気分に。それに、実は以前、乗る予定の電車を間違えてこのホームに降りてしまったことがあり、「撮り鉄が集まるこの特殊な車両はなんだ?」と不思議に思っていたのだが、それこそまさに今回乗る予定の「ナイトビュー姨捨」だったのか! と妙に答え合わせができた心地で車内へ。ゆったりと配置された座席でさらに気持ちが高まり、全席指定であることにもちょっとした特別感を覚えた。
車内では、乗客が大きなアルクマのぬいぐるみと一緒に写真を撮ったり、運転室後方の展望室に備えられた椅子やソファに腰かけたりと、思い思いに楽しんでいる。私も2両編成の車内を探検気分で行ったり来たり。出発前から心躍らせていると、定刻通りに列車は動き出した。


「アルクマ」のラッピングが施された「ナイトビュー姨捨」とお見送り隊


今回は前方の風景も楽しめる先頭車両の1号車へ。夜景を眺めるなら進行方向左側の窓際「A席」がおすすめ


展望室では、腰掛けやソファ席で前方や側面の大型の窓からさらに広い眺望が楽しめる。一角には記念スタンプや乗務員手作りのガイドブックも


1号車に設置されたアルクマのぬいぐるみとは記念撮影もOK。リクライニングシートは座席の間隔が120cmと新幹線や特急グリーン車よりも広く、足を伸ばしてくつろげる

移動時間をさらに楽しくする車窓の景色とスイッチバック

夕暮れのなか、列車は街を抜け、田園風景をゆっくりと進む。見慣れた景色も大きな車窓から眺めると特別なものに見えてくるから不思議なもの。車内モニターに映し出される運転席からの風景やリゾートアテンダントによる観光放送と車内販売が、より旅気分をアップさせてくれる。移動時間もまた観光列車の旅の主役だ。
次第に線路は山道へ。姨捨名物・スイッチバックを経て前進していく。長い急勾配の途中にある姨捨駅は、かつて馬力が弱かった蒸気機関車が山間部を抜けるためのスイッチバック式停車場になっていて、今でもその名残を楽しめる全国でも数少ない駅のひとつなのだ。乗り慣れた地元客が多い普通列車と違い、乗客がワクワクとスイッチバックを待つ様子は新鮮で楽しい。特急列車や一部の快速はスイッチバック線に入らずに姨捨駅を通過してしまうため、スイッチバックを味わえるのも「ナイトビュー姨捨」ならでは。
こうして列車はトンネルを抜け、少しずつ車窓から善光寺平(長野盆地)の夜景が見えはじめると、19時23分、姨捨駅に到着した。


各車両には4台ずつ車内モニターが設置されており、運転席からの風景が楽しめる


車内には観光放送や沿線の案内、車内販売や記念撮影の手伝いなど旅をサポートする「リゾートアテンダント」が乗車


篠ノ井駅を経由し、冠着駅を過ぎると高度を上げて山の中腹に位置する姨捨駅をめざす。夕闇のなか、少しずつ善光寺平の風景が車窓に広がる


進行方向と逆向きに進むスイッチバック。姨捨駅に入る手前、「桑ノ原信号場」では単線で列車が行き違うためのスイッチバックも

暮れゆく夜景と地元の人たちとのふれあい

ホームを降りてすぐ、眼下には、少しずつ街の明かりが輝きを増しはじめる善光寺平の風景。全長約360kmにおよぶ千曲川の大河が流れ、見下ろす斜面には「日本の棚田百選」にも選ばれた1500枚もの棚田が連なる。「日本三大車窓」のなかでも姨捨駅は唯一、車窓だけでなくホームからも風景が楽しめるのだそうだ。ホームに設けられた展望デッキでは、到着に合わせ、地元のボランティアガイド団体「楽知会」のメンバーによる夜景の案内も。平安時代の『古今和歌集』『新古今和歌集』に登場するほど古来、月の名所として知られた姨捨は、江戸時代には俳人・松尾芭蕉が名編『更級紀行』で姨捨の観月の美しさを綴り、小林一茶がいくつも句を残したほか、浮世絵師・歌川広重が摩訶不思議な「田毎の月」の情景を描いたことなど、多くの文人墨客を魅了してきたことが紹介された。そして“姨捨”といえば、老人を山奥に捨てる慣習に伴う棄老伝説。「あくまで民話」との説明には地元愛も感じられた。
ところで気になったのが、大正モダニズムの風情漂う姨捨駅の駅舎の窓枠がすべて亀のかたちになっていること。「楽知会」の方に尋ねると、どうやら昭和9(1934)年に建てられたこの木造駅舎は、建物全体で折り鶴を表現し、窓枠に亀をデザインすることで、縁起のよい鶴と亀の意匠を取り入れたのだとか。往時の人びとの洒落っ気を垣間見た気持ちになって、なんだかうれしい。ちなみにこの「楽知会」の方が若かりし頃はまだ蒸気機関車が姨捨駅を走っていて、乗客は鼻の中まで真っ黒になるほど煤(すす)で汚れ、駅舎には乗務員用の風呂もあったのだとか。昔の話はどこまでも興味深い。
ホームでは尺八の演奏や味噌蔵の出張出店もあり、それぞれの乗客が復路出発までの約1時間を自由に楽しんでいた。


ホームの展望台で開催される「楽知会」の夜景案内。姨捨は、根室本線の狩勝峠(現在は廃止)と、肥薩線の矢岳越えとともに「日本三大車窓」といわれており、昼間のパノラマも見事


駅から見下ろす斜面に棚田が並び、その先に千曲川が流れる善光寺平が広がる。ホームからの夜景は日本夜景遺産(自然夜景遺産)にも認定され、姨捨駅がある千曲市は2020年に「月の都 千曲」として日本遺産にも登録された


ホーム全体に響き渡るのは、尺八の生演奏のおもてなし

改札近くでは地元の味噌蔵・高村商店によるこだわりの味噌や関連商品の販売も

明治33(1900)年開業の歴史ある姨捨駅。窓枠は亀のデザインで、建物全体が折り鶴のかたちになっている

昔の風情がそのまま残る待合室。当初は急勾配の峠越えのために蒸気機関車の石炭と水の補給駅だったが、次第にその役目もなくなり、現在は無人の観光駅に

忘れられない鉄道旅、二度目の乗車へ

復路の姨捨駅発は20時24分。乗客たちが満足げな表情で乗り込んでいく。車内では途中、夜景が楽しめる区間で消灯するサービスも。駅舎の明かりが灯るホームよりも、一層夜景の美しさが際立って幻想的だ。長野駅から30分の道のりでこんなに観光気分が味わえるなんて。しかも最近は、憧れのクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」の長野県内唯一の停車駅としても姨捨の名が知られるが、「ナイトビュー姨捨」なら乗車券に片道530円の指定席券を追加するだけで豪華列車と同じ車窓風景が楽しめると考えると、妙にお得な気分にもなる。とはいえ、2012年から運行していたのに今まで乗ったことがなかったと思うと、損していた気分にもなったり。
なお、姨捨といえば、長野県東北信地域の若者にとっては定番のデートスポット。ぜひ付き合いたてのカップルに、車内でのおしゃべりもゆったりと楽しめるこの気軽なショートトリップをおすすめしたい、と老婆心ながら(?)考えてしまった。
そして個人的には、鉄道旅といえば外せないのがお酒だ。ほろ酔い気分で揺られる列車って最高。ということで、どうしてもビール片手にこの「ナイトビュー姨捨」に乗りたい! と先日思い立ち、再び2時間のひとり鉄道旅を楽しんできた。ビールを購入して駅へ行くも、売店に財布を置き忘れて取りに戻っていたら危うく列車に乗り遅れそうになったり、姨捨駅では急な豪雨に見舞われたりとドタバタ劇なところもあったが、やはり車内で一杯を楽しむ鉄道旅は自分だけの特別な時間が味わえていいと再認識。さらに「楽知会」のガイドの内容も前回と少し違っていたり、尺八の演奏者が2名に増えていたりと、その時どきで変化がある楽しさも。金曜の仕事帰りに片道だけ乗車し、気軽な鉄道旅を楽しんでいる玄人風のサラリーマンや愛好家らしき人びとの姿もあった。「ナイトビュー姨捨」には、観光客や夜景好きはもちろんのこと、気軽な鉄道旅好きから、乗り鉄、撮り鉄、車両鉄、歴史鉄、そして呑み鉄…とさまざまな鉄道ファンの心をもつかむ魅力が詰まっていた。

姨捨駅は2010年に駅舎がリニューアルされ、2番線(上り)ホームに展望台が設置され、跨線橋も景色が楽しめるようガラス張りになった

ホームのベンチは線路側ではなく全て善光寺平側に向けて設置されている。視界をさえぎる電柱は短くされているそう。右手に見える小高い山が満月が昇ることで知られる鏡台山

駅名票はスイッチバックを表現したZ形のデザイン

姨捨駅に続き「ナイトビュー姨捨」も2015年に「日本夜景遺産(施設型夜景遺産)」に認定された。自然夜景遺産と施設型夜景遺産のふたつの組み合わせが認定されたのは全国初で、列車での認定は静岡県の「岳南電車(岳南鉄道)」に続き2例目

明るい車内はガラスが反射してしまうことから、夜景を眺めるために復路では車内照明を一時暗くする

撮影:内山温那 文:島田浩美

※写真は撮影時のみマスクを外しています。
※列車内での会話は周りのお客様にご配慮いただき控えめに、座席を回転せずご利用ください。

<著者プロフィール>
島田浩美
長野県飯綱町生まれ。信州大学卒業後、2年間の海外放浪生活を経て、長野市の出版社にて編集業とカフェ店長業を兼任。2011年、同僚デザイナーと独立し、同市内に編集兼デザイン事務所および「旅とアート」がテーマの書店「ch.books」をオープン。趣味は山登り、特技はトライアスロン。体力には自信あり。

☞『ナイトビュー姨捨』に関する詳細は『リゾートビューふるさと』をご参照ください。
☞あわせて読みたい『姨捨夜景ツアー』(信州千曲観光局)

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