長野県の自然を
愛し描き続けた画家、東山魁夷
の世界に浸るミュージアム

長野県とゆかりの深い日本画家、東山魁夷(ひがしやま かいい)が
自ら作品を寄贈し誕生した「東山魁夷館」がリニューアルオープン。
自然と真摯に向き合った彼の作品は、長野県の豊かな魅力を教えてくれます。

更新日:2020/10/11

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18歳で出会った
御嶽山の自然に魅せられて

連作「白い馬の見える風景」のひとつ《緑響く》1982年
茅野市の御射鹿池がモチーフ。一頭の白い馬が池畔に現れ、画面を右から左へと歩いて消え去った風景が心に浮かんだのだそう

日本画家、東山魁夷(1908-1999)。生涯一貫して自然の美しさと向き合い、情感に富んだ静謐な風景画の数々を描きだしました。そして皇居宮殿壁画や唐招提寺御影堂壁画などの大作を生み出し、戦後を代表する国民的画家とうたわれました。
横浜に生まれ神戸で育ちながら、長野県を「私の作品を育ててくれた故郷」と呼び、愛した東山魁夷。きっかけは東京美術学校1年生のとき、兄や友人とテントを背負って登った御嶽山の旅。初めて触れた山国の厳しい自然に魅せられて以来、何度も長野県に足を運び、奥穂高を描いた《夕静寂》や蓼科高原の御射鹿池(みしゃかいけ)を描いた《緑響く》など多くの作品を生み出します。長野県の美しい四季の変化、山や湖、川、渓谷と地形の変化に富んだ豊かな風景が感性を刺激し、独自の自然観の礎となったのです。

作品の故郷・長野に開館した
「東山魁夷館」が
リニューアル

2019年10月5日にリニューアルオープンした東山魁夷館の内観

長野県の自然と絆を深めてきた東山魁夷は、79歳のときに自家所有の作品を一括して長野県に寄贈することを決めます。これを受けて1990年、長野市の善光寺近くに建つ「長野県信濃美術館」に併設して「東山魁夷館」が開館しました。設計を手掛けたのは、「ニューヨーク近代美術館 新館」「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」など国内外の美術館建築に携わる建築家・谷口吉生。同じく建築家である父・谷口吉郎と東宮御所での仕事を介して交流があった東山魁夷が直接依頼し、実現したのだそう。
「作品の額縁になるような建築」をコンセプトに設計された直線的でシンプルな造形は作品を引き立て、周囲に広がる豊かな自然とも調和しています。公園内という立地から、池のある中庭をしつらえたり塀の高さを抑えて圧迫感を和らげたりと、誰もが気軽に立ち寄れる開放感を生み出しました。
竣工から約30年、老朽化のため改装に入っていた東山魁夷館が2019年10月5日にリニューアルオープンしました。バリアフリー設備や授乳室などのユニバーサル対応、エレベーター増設、照明システムなど展示環境の整備が行われ、より快適に作品を鑑賞できる空間へと生まれ変わっています。2021年には、建設中の信濃美術館本館もオープン予定。「ランドスケープ・ミュージアム」として公園と一体で利用できる計画が進んでおり、周辺はさらに魅力的なエリアとなりそうです。

リニューアルで拡張され、照明なども整備された展示空間。
静謐な空間で、作品とじっくり向き合えます

スケッチや習作を含む
貴重な収蔵作品

東山魁夷館の収蔵作品は約970点。東山作品の収蔵数としては世界最多です。特筆すべきは、制作過程で生まれたスケッチや習作、下図など、通常では見られない貴重な準備作品が豊富にあること。これらを通して、作品が生まれるまでの試行錯誤、そして本制作までときに数年をも費やし準備する東山魁夷の真面目で几帳面な姿勢をうかがい知ることができるのです。
たとえば代表作《道》(東京国立近代美術館所蔵)には、確認されているだけでもスケッチ5つ、小下図ひとつ、大下図ひとつと、計7つもの準備作があるそう。東山作品は人や動物がほとんど登場せず、それによって夢のなかのように幻想的な風景が表現されているのが特徴ですが、それらは空想から生まれたわけではなく、国内外で実際の風景を綿密に描きとったスケッチが根底にあり、さらに何点も制作される下図で検証することによって裏打ちされているのです。

《道 スケッチA》1950年
東山魁夷の代表作「道」のスケッチは何点も制作されており、
そのうちの1点

また、館内には文章にも秀でた彼が綴った言葉の数々や、愛用したイーゼルや絵具、愛聴したレコードなども展示され、東山芸術をさまざまな角度から味わえます。
約2カ月に一度のペースで展示が入れ替わる東山魁夷館。何度訪れても新しい作品に触れられる楽しさがあります。東山魁夷が愛した信州の自然のなかで、ぜひ味わってみてください。

詳しくはこちら

東山魁夷作品のモチーフとなったスポットをめぐる

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