馬の飼育体験ができるパカパカ塾
「3日通えば、馬は怖くない」―小学校1年生から学ぶ

伊那路エリア

伊那谷の箕輪町にあるパカパカ塾は、通常の乗馬教室とは異なり、飼育をメインとした体験学習の場です。塾生たちは自分の身体よりも大きい馬たちと対話をしながら世話をします。大人でも、馬に噛まれそうになると怖いと感じますが、子どもたちは馬と向き合い、自分自身も成長していきます。晴れた冬の日、子どもたちに混じり、新人の塾生として馬の世話の体験に参加してきました。

experience

乗馬ではなく飼育がメイン。元小学校教諭が作った体験学習の場

アルプスの山肌が見える箕輪町の住宅街から車で約10分。突然ひらけた土地に、馬やポニーの姿が見えます。ここは、パカパカ塾と呼ばれるポニー飼育を中心とした体験学習ができる場所。前代表の春日 幸雄さんが38年間の小学校教師を定年退職された後、2001年に設立したNPO団体です。春日さんは、教師時代から小学校のクラスでもヤギや馬を飼い、子どもたちに動物の世話を通じた、総合的学習の場を作られていました。現在パカパカ塾の代表は、春日さんの小学校の最後の教え子である、御子柴 貴大(みこしば たかひろ)さんが務められています。

代表の御子柴 貴大さん

パカパカ塾の行う活動のひとつ「ポニースクール」は、毎週日曜日の朝8時半から開始します。対象は小学1年生から中学3年生までの子どもたちで、現在は17人ほどの塾生たちが通っています。平日には、大人も引き馬や馬の世話、乗馬などが体験できますが、今回は日曜日にお伺いして特別に塾生たちと一緒に体験をさせていただきました。体験当日、パカパカ塾に向かうと、元気いっぱいな子どもたちがアルプスの山々を背景に、自然の中を走り周っています。馬の世話が始まるまで、子どもたちは自由に遊びます。初対面の私もすぐに仲間に入れてくれた子どもたち。鬼ごっこやフリスビーなど、汗ばむほど一緒に走り回りました。

 

パカパカ塾の日曜日のスケジュールは、9時頃から馬小屋の掃除や水やり、午後は乗馬、夕方頃にブラッシングやヒヅメの掃除をして馬を小屋にしまい、最後帰る前にその日の振り返りをみんなで行います。乗馬教室のように馬に乗ることだけではなく、馬の世話を最初から最後までする体験がメインです。それらを通して塾生たちは、一頭一頭性格の異なる馬を理解する忍耐強さや勇気を養い、馬との対話から自分ではない馬(他者)の思いや心の動きを想像する力を身に付けます。代表の御子柴さんは、「本当の指導者は馬です。僕は子どもたちの中に入り込み、馬と子どもたちが精一杯活動できるような場所づくりをしています。」と話すほど、馬は人にたくさんのことを教えてくれるようです。

馬にも表情がある。それを読み取って心で対話する。

はじめに子どもたちが行うこと、それは馬小屋を掃除するために、馬を外に連れ出すことです。新人塾生の私は、いきなり難易度が高い体験がやってきたので動揺します。なぜならば私は馬が少し怖いから。以前、可愛い!と思って気軽に撫でようとしたら、馬に噛まれそうになった経験があるのです。ドキドキしている私の横で、少年少女たちは、「さあ、行くよ」と手際よく馬に引き綱をつけて外に出します。

 

子どもたちに「怖くないの?」と聞くと、「最初は怖くて(ポニースクールを)休んじゃう時もあった。でも今は怖くないよ」と明るく話してくれます。耳が後ろに倒れているのは、馬が怖がっているサイン。よく馬を観察して、手際よく世話をしていきます。どうやら馬には人間の心が読めるようです。人の感情が伝わって、興奮したりすることもあります。「馬に接する時は、クールなふりをしても、内心のばくばくが伝わるんです」と代表の御子柴さんは笑います。私は子どもたちを見習い、馬に触るときは普段持っている雑念を捨て「怖くないよ、あなたが好きだよ」というテレパシーを送るよう努めていました。

 

次は馬小屋の掃除です。この日は10歳の女の子に、馬のフンの掃除の仕方から水やりの仕方までを教えてもらいました。たくさんのフンを片付ける作業は、意外と重労働。そんな中でも子どもたちは、黙々と掃除をします。一番小さい子は小学校1年生ですが、ここではみんなが平等に馬の世話をするので、小さくても精一杯動いて掃除をします。パカパカ塾の塾生たちは、入学のタイミングも学年もバラバラですが、入ったばかりでもペアになった先輩がやり方を教えてくれるので安心です。作業をしながら聞いた話の中で印象的だったのは「ここでは、男女関係なくみんなが仲良く遊んでくれる。それが嬉しい」という言葉。ここは年齢や性別、立場にとらわれず、子どもたちが一人の人として居て良い場所になっているのだと、塾生たちの振る舞いを見て実感しました。

 

実はその環境づくりには、馬が大きく貢献しているようです。代表の御子柴さんは、馬が人の関係性をフラットにしてくれると言います。「子どもたちの人間関係にも、ヒエラルキー(階層・階級)が生まれてしまうことがあります。ですが、馬からしてみると、例えば足が早くても、学校の勉強ができても、子どもでも、大人でも、目の前にいる人間の一人。嫌なことをされれば噛みつこうとするし、嬉しかったらそれを表現する。」馬と人は言葉では会話できないので心で対話します。だからこそ、自分本位では馬には伝わりません」。一見、ポーカーフェイスに見える馬の表情を読み解き、対話している子どもたちの姿をみて、御子柴さんが繰り返し「見えないものを大切にする」と言っていた意味を少しだけ理解できた気がしました。

無目的でもいい。在りのままで受け入れてくれる場所。

取材に伺った日、偶然にも中学時代の3年間、パカパカ塾に通っていた卒業生に出会い、話を聞くことができました。快活に見える彼女はもともと人見知りで、最初は人前に立つことが苦手だったそう。しかしパカパカ塾では、帰る前に毎回振り返りを行い、自分の意見を伝える経験を重ねてきました。そのため、今は意見を人に伝えることが怖くないと話します。高校も農業系の学校に進んだと教えてくれました。「馬の世話は、毎日同じことをするけれど、馬の状態や地面のコンディションなど違うことが起きるのが面白いんです」。そう話す彼女の横顔は自信に満ちていました。パカパカ塾での3年間の経験は彼女の性格や進路に、大きく影響を与えてくれたようです。

 

彼女の話を聞いて、私も子どもの時にパカパカ塾生たちのような経験をしていたら、人生変わっていたかもしれないなあ。もっと早く出会っていれば…ちょっとした悔しささえも感じながら、子どもたちと馬を遠くから眺めていました。パカパカ塾での経験は、子どもたちに勇気、忍耐強さ、優しさなどを教えてくれます。「すごい教育ですよね」。そう代表の御子柴さんに伝えると、「パカパカ塾では色々なことをやるけれども、目的を持ってこなくても良い。まずは馬を見てリラックスしたいとか、感覚的に心を休めて、自分自身の心の整理の場所として使ってもらえたら」と話されました。このパカパカ塾の居心地の良さは、代表の御子柴さんの肩肘張らず、等身大で受け入れてくれる人柄も大きく影響していそうです。

この体験を通じて、子どもの頃にパカパカ塾のような体験ができればよかったなぁと少し残念に思うと同時に、忙しくて少し疲れているときや、何もしたくないときに、馬や塾生そして御子柴さんに、「ただ会いにきたいな」と思いました。
パカパカ塾では、子どもも大人も在りのままの自分を受け入れてくれる土壌があります。私も半日体験だけの予定が、取材という名目で3回も通ってしまいました。皆さんも、ぜひ伊那谷にいらした際にはパカパカ塾まで足を伸ばしてみてください。きっと、自分らしく居られる時間が持てるはずです。

 

 

撮影・文=長野伊那谷観光局ライター:山下実紗

更新日:2021/11/04

パカパカ塾

開催時期 塾生は基本的には毎週日曜日(都合により変更や追加もあります)、一般のお客さんは随時(要予約)
時間 パカパカ塾は、大人も30分から世話の体験ができます。(事前要予約)
予約 〒399-4601
箕輪町大字中箕輪14315-2
料金 料 金:引き馬500円~(未就学児~中学生くらい)、30分体験 3,000円

 

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